憧れは永遠に
ソファーで寝るのは、目覚めが悪くなる。紅蓮はお玉で殴られて、目が覚めた。
「朝なんだけど」
桜花が呆れたように腰に手を当てた。
「蜂蜜さんたちは仕事。カレー作ったけど食べる?」
「いいね。母さんの甘口カレーは食べ飽きた」
紅蓮にとっては遅い朝食を用意していると、チャイムが鳴った。ドアを開けると、スーツ姿の男が1人いた。
「どちら様で?」
「唐辛子と呼んでくれ。とある娘さんの婚約者だった者だ。ここにいるはず」
桜花がエプロンで手を拭きながら、玄関に現れた。
「紅蓮、誰だった…クソが来た」
「桜花、何て言葉遣いだ」
紅蓮は間に割って入った。
「カレーは好きですか」
沈黙のまま3人で辛口カレーを食べた。
「いい家だ。少しだけ狭いが、美味いカレーもある」
「どうも」
桜花がスプーンで皿を叩いた。唐辛子が片眉を吊り上げ、食事の手を止めた。
「どうして逃げたんだ」
「元々逃げるつもりだった。予定が早まっただけ。予期しない方向に」
桜花はカレーを平らげると、席を立った。
「帰って。これから先、何度私の居場所がなくなったとしても、あなたの所に行くことはない」
桜花は台所に消えていった。唐辛子はため息をつくと、最後の1口のカレーを食べた。
「カレー、ごちそうさま。私はこれで失礼するよ」
「バイクでよければ送りますが」
駅に着くと、ヘルメットを渡そうとする手を押しとどめた。
「彼女が好きなんですか」
「大事にするつもりだった。だが、もうそれは私の役目ではないようだ。だから、急ぎたまえ」
ヘルメットを渡し、唐辛子は駅へと向かった。最後の一言は余計だったかなと思った。敵に塩を送るなど。同時に大人げない自分に笑った。
紅蓮はバイクを飛ばせるだけ飛ばした。家の一番近いバス停に、桜花はいた。クラクションを鳴らすと、決意を決めた顔を上げた。
「止める気はない。だけど、出て行く前に少しだけ走らないか」
着いたのは、アパートだった。部屋の鍵を開け、まだ何もない部屋に入った。
「1人暮らしするの?」
「前から計画していた。ソファーで寝るのは身体が痛くなるから、予定を早めた」
紅蓮はいたずらっぽく笑うと、桜花に鍵を渡した。
「たまには遊びに来いよ」
「たまにで合鍵は要らないはず」
桜花の肩に手を乗せた。
「誰だって休みたくなるだろ。だけど、これだけは忘れるな。俺はお前の味方だ」
そっと目を閉じ、唇を重ねた。これが最初で最後かもしれない。もっと早くしておけば良かった。名残惜しいが、そっと放した。
「お前の行きたい所はどこだ?」
鉄の白馬に乗り、恋人たちは走り出した。