600文字の十一話 裸の魔王様
「っはぁ……」
ため息が出た。魔王城の自室で吐いたため息とは違う、幸福のため息。
大きい岩が並べられた浴槽からは湯気が立ち昇り、その湯気は夜空に吸い込まれるように消えていく。
温泉に入れば、周りからの視界を遮る為に植えられた木々が夜空に溶け込み、暗い夜空と露天に設置された足元を照らす暖かい光が情緒を落ち着かせ、火照った体とその心までもを洗ってくれる。
「温泉ってやっぱりいいものねぇ……」
「えぇ、それはもう。我々の国にはないものですからね……」
温泉に浸かる魔王の後ろに控え、魔王の漏らした言葉に応えるメーイド。
彼女は側仕えとして温泉に浸かる魔王の背後に控えていた。ハァハァと鼻息を荒くし、魔王の艶めかしく粉雪のような柔肌の首筋を眺めながら。
「私たちの国でもこのような温泉にいつでも入れたら民の暮らしも少しは良くなるのだけれど……」
「それは、難しい話ですね。我々の国であるデンモ―ンは北方の地。大地は広大でも火山などはないので、温泉を探すのは困難かと」
ちゃぷんと音を立てながら、その細い腕に温泉を塗るように手を動かし、物思いに自国民の事を考える魔王。
メーイドは、心優しい魔王の動作の一挙手一投足を自身の脳内に一コマたりとも逃さずに記憶する、鼻息を荒くして。でも、返す言葉は常に落ち着いた声音で。
メーイドは側仕えとしての常にプロの姿勢を貫く女である。




