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「くっ、抜けない……」
さすが葛木さん。全くといっていいほど隙が無い。喰らいついてはいるんだけど、一歩及ばない。
「なかなかやるね」
そう言いながらも、きっちりブロックしてる師匠。そろそろ、バッテリーが心配になる頃。いくら23Tモーターとはいえ、パワーダウンはやってくる。 その時期がいつ来るかで、勝負の行方が変わってくる。しかし、燃費の心配をする以前に、抜きに行けない……。
「余裕がありますね?手ェ抜いてません?」
皮肉たっぷりに聞いてみる。
「そう聞いてくるということは、だいぶ焦ってるみたいだね」
うわ、見抜かれてる……心理作戦失敗!このまましがみ付いてるのも私らしくないし、どこかで仕掛ける?どこで?どういう風に?
とりあえず、一周後ろについて様子を見よう。予選と走りが違うのか、いつもとどこか違うところがあるのか……?
「ん、様子見かい?時間はあまり無いよ?」
「…………」
葛木さんが何か言っていたが、悪いけど無視。
「……本気の友美ちゃんのお出ましだな。僕はこれを待っていた」
余裕が無くて、一杯一杯なだけなんですけどね……ってそんなこと気にしている場合じゃない!
高速セクション、S字、ヘアピン、低速セクション……。
ん?ちょっと違和感。まさかとは思うけど……。
『残り時間が、15秒を切ったァ!そして、いまトップ二台がコントロールラインを通過!この周回がおそらくラストラップになります!』
もう一度、第一コーナーを様子見する。そして、違和感が確信に変わる。
私と葛木さんと、立ち上がりのアクセルオンのポイントが違う?
タイヤがグリップしてない?もしかして、私よりもアンダーなセット?
……これはもしかして、ヘアピンでチャンスが来るかも?しかし、師匠の腕前からして、フェイクという可能性も捨てがたい。
よし、次のコーナーが短いストレートの入口。ちょっと攻め込んでみよう。
『さて、ストレート手前のコーナー……あっ、篠田選手がインを窺がっている!ノーズを葛木選手の内側に入れようとしているッ!』
「ここで来たかッ!」
師匠がブロックに来るッ!……これは、読み通り。ここは無理せず、前車のテールにくっつくのみ。
そして立ち上がり、いつもよりワンテンポ早くアクセルON!
『ストレートの立ち上がり、ほぼ同時だが……葛木選手が前なのは変わらず……な、なんと!篠田選手が並びかけの状態でイン側についたぁ!』
いょっし!これで次のコーナー、ブレーキで前に出られる!
母さんのセットで、立ち上がりは絶対にスピンしないから、今みたいなタイミングでアクセルを開ければ……いけるッ!
「おぉ!篠田選手、ブレーキ勝負で前に出るッ!葛木選手、インに入られては引かざるをえない!これで篠田選手がトップに立ちました~ッ!!」
「…………」
師匠、反応なし。まさか、この展開を読んでいた?
……いやいや、さっき少し動揺してたみたいだし、この無言がちょっとブキミかも。