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さて、莫迦なことをしてないで決勝に向けて、準備をしないと。
「母さん、もう少し立ち上がりでリアが粘れるようにセッティングを変えてくれない?」
「え?ポールが取れたのにセットを変えるの?」
ドライバーの予想外の依頼に、驚くメカニック。
まぁ、普通はしないよね。
「うん。決勝の展開を考えて、ESCの低速域の設定を変えてみる。そうすると、おそらくリアの滑り出しが早まるはず。結構ギリギリだったから、予選」
予選時のマシンの状態に文句はないけど、もう一押し何かが欲しい。決勝を盤石のものにするために。
「なるほど……バトルを見据えて、マージンが欲しいのね?」
「練習以上の競り合いになるから、多分」
「わかりました。じゃ、マシンを貸して。アレを試してみようかしら?」
アレとはなんぞや、アレとは。
母さんにマシンを渡し、私はB5サイズのノートPCを開き、ESCの設定画面を呼び出す。
『PCでESCの出力特性を変えられるんだから、今のRCはおもちゃとは呼べない、立派なモータースポーツなんだよ』……って、父さんが言ってたっけ。
まさか、自分がこんなことをしているとは想像もしなかったわ。ホント、RCは奥が深い。突き詰めていくと、ハイテクの塊だよね。
「さて、こんな感じかしら?」
母さんの方が終わったみたい。
「じゃ、こっちに貸して。インストールしちゃうから」
ESCとPCをケーブルで繋いで、データを転送する。
「どういう風に変えたのかしら?」
「立ち上がりのドライブ周波数を少し下げて、もう少しトルクが掛かるようにしてみた。高速の伸びは良かったから、敢えていじってないわ」
「ふ~ん……そうですか」
絶対理解して無いでしょ、母さん。
電気系は分からないのに、聞きたがりなんだからぁ……。
「ま、それはさておいて」
おいとくんですか。
「お昼にしましょ。今のうちに」
逃げたね。
でも、時間的には頃合いかな。GT500クラス予選も半ばくらいみたいだし。
「そうね。何かお腹に入れておかないと、決勝で胃がキリキリしそう」
「サンドウィッチでいい?普通のお弁当じゃ重いとおもって、これにしたんだけど……」
手早くピットテーブル上を整理し、食事の準備をする母さん。
実を言うと、緊張感からかあまり食欲が無い。でも、サンドウィッチなら簡単に食事が出来るし、重さで胃がもたれることもない。GJですよ。
「いただきます」
バスケットから、手近なサンドウィッチを取り出す。何の変哲も無い、レタスたっぷりのサンドウィッチだった。
「……どうかしら?」
「うん、申し分ない量で食べやすい。おいすぃ~~~でっす!」
「毎回毎回、変な感想ねぇ……」
「冗談抜きに美味しいよ?料理に関しては、母さんが師匠なんだから。早いとこ、母さんのレヴェルに追いつかないと……ね?」
忙しい母さんだが、時間があるときは必ず食事を作ってくれる。そういう時は、自分も一緒に手伝ったりするようにしている。そして、母さんが忙しいときは逆に食事を作ってあげるの。
レヴェル的にはまだまだだけど、がんばって母さんを少しでも楽させるんだ。
「そう簡単には追いつかせないわよ。……期待してるわね」
しばらく、母さんとマッタリ食事をする。
「……繰り返します。GT300クラス決勝進出者は、本部前に集合してください。ドライバーズミーティングを行います。引き続き、業務連絡。各スタッフは……」
あ、呼び出しがかかった。いよいよ本番だ。
「気負いせずに頑張ってらっしゃい。……負けは許しませんよ?」
まぁだあのことを根に持ってるのぉ?シクシク……。