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「おめでと、ゆうちゃん」
ピットに帰ると、母さんが笑顔で迎えてくれた。
「今日は何?凄い走らせやすかったよ。何か裏技でも仕掛けた?」
「そんなことはしません。お父さんに怒られてしまうわ」
「はは……そういうのを一番嫌う人だもんねぇ。失言でした。」
「分かればいいのよ。今回は、アブソーバーの力点とロールの関係を……」
また難しいことを説明しだした。
何でも母さんは、大学時代から力学やら何やら難しいことを研究していて、その延長線上で父さんと知り合ったらしい。詳しい話は、本人たちが恥ずかしがってあまり話をしてくれないのだから、よく分からない。
ただ言えるのは、母さんにとってRCは研究材料のひとつなんだそうだ。だから、シャーシの調整については、母さんに全て任せているの。私は、こうしてほしいとニュアンスを伝えるだけ。
ただ、電気系統は母さんはからっきしなので、そっちは私が担当。その流れから、葛木さんから色々教えてもらっている。ある意味葛木さんは、師匠的存在でもある。
それ以外にも、色んな人から色んなことを教わった。それが、今日花開いたと思う。
レースに出る、と言って一番反対したのが母さんだったけど、今は色々サポートしてくれている。感謝してるんですよ、母さん?
「……で、駆動効率を上げるために……って、聞いてるの、ゆうちゃん?」
「はいはい、聞いてますとも、母上?」
「……あとで、お仕置きですわね」
あ、あれ?急にダークモードに突入?
「え?なんで?」
「気づいていて?あなたは、話を聞いていないときは必ず私のことを『母上』と言ってるんですよ?」
……し、知らなかった。私にそんな癖があったとは。
まずい、このモードに入ると、元に戻るまで時間が掛かるのよねぇ。
「機嫌直してよぉ、かあさん~」
「別に怒っていませんよ。ただ、決勝で負けたらどうなるか……分かってますわね?」
めっちゃ怒ってる~っ!
おおっ、母さんの全身からもの凄ーい威圧感が……決勝レースのプレッシャーよりたちが悪いよ~。
「ははは、伊織さん。その位で勘弁してあげたら?友美ちゃん、萎縮してますよ?」
あ、店長!めずらしくコースに来てるよ。
この人は、皆川勲さん。RCショップ「ミナガワ」の店長さん&このコース「MINAGAWA RACE WAY」のオーナーなのですよ。
ちなみに、母さんのフルネームは篠田伊織。いまさらか。
「あら勲クン、めずらしいじゃない。お店は?」
「友美ちゃんの初レースでしょ?気になって仕方がないから、妻に押し付けてきましたよ」
……おいおい、どこぞのダメ親父ですか?あんた。つーか私、あなたの娘じゃないんですけど?
「私の不甲斐ない所がそんなに見たかったんですか?」
観戦理由が気に入らない私は、反論を試みる。
「つれないことを言わないでよ。友美ちゃんの腕前は、僕も知ってるんだから。今までレースに興味を持たなかった君が、急にレースに出るって言うんだから。気になって当然だろう?」
「……そ、それは、まぁ。ごめんなさい」
ちょっと、言葉が悪かったかな?
「まあまあ勲くん。この娘なりの考えがあって、今日という日を迎えたんだから。察してあげて?」
「いや良いんですよ、純粋に気になったのは確かですから。……で、結果は?」
「ふふふ、ポールが取れちゃいましたっ!」
数瞬、間が空く。
「ええ~~~~~っ!葛木に勝ったのっ?す、すげ~っ。ふ~ん、そうか……」
ん?だんだんテンションが下がってるのは気のせい?
しかも、反応に間があったし……。
はっ!ま、まさか……?
「あの~、つかぬ事をお聞きしますけど……店長さん?」
「ななな、何でもありませんYO?何も賭けてませんYO?……はっ?」
まだ何も言ってないのに……つーか、賭けてたんかいっ!
しかも、私が負けるほうに……めっさ動揺してますね、店長。声が裏返ってますよ?
「私の腕を知ってるのに、私が負けると思っていたんですねっ!悲しいですぅ……ウルウル」
「わ~~~~っ、悪かった、おじさんが悪かったっ!お詫びに何でも奢るからぁ、泣かないで……」
……掛かった!
「うん、わかった。じゃ、モディファイドモーターで手を打ってあげる」
ちょっと、無理難題を言ってみる。
「え……そ、そんな殺生なぁ」
「文句あります?ありませんよねぇ、ヒトを賭けのだしにしておいて……」
「あぅあぅ……し、仕方ないですね」
お、陥落した。店長が白旗を揚げましたよ。当然の報いです。
これでGT500用のモーターをゲットしたことになる。泣き落とし作戦、成功!
「あらあら、私も女の武器で何かおねだりしようかしら?最新鋭キットとか♪」
……あなたの方が容赦ないです、母さん。店長、顔面蒼白ですよ。