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次の日の午前中の式典は各国の来賓がいるため、表面上はつつがなく行われた。
冬という季節のため、風邪の予防にと市庁舎ではミントの飴やミントのお茶がふるまわれ、式典会場の隅には消臭剤というか、ルームフレグランスというのかミントの香りのアロマが焚かれて市庁舎中や周りはやたらミント臭い。
その原因は昨晩ホテルで事件の報告を受けてミントやバジルの香りは虫よけになると何かで読んだと言ってしまった私の責任でもある。
すぐに手に入るバジルのものは調味料くらいしかなかったので、そのあと閉まっている薬局や食料品店や花屋を叩き起こすようにして市庁舎の職員がミント製品を買い集めたらしい。
清涼感のある香りはいくら暖かい地方とはいえ、冬場には香りで体感気温が下がる気がする。
市庁舎の式典はハイト様が予定よりスピーチの文章を短くして時間を繰り上げ、来賓を王都へ送る電車が午前中出発のものに決まった。
来賓の中にはラオン滞在を希望する人が何人かいたようだが、昨晩あれから不手際があったと王子とヴィヴィ様が謝罪して王都に戻っていただくようになったらしい。
帰りの電車には王都までヴィヴィ様と市長が送り、ヴィヴィ様と市長がエリスフレールの王宮に今回の事件の現状報告をしてまたラオンに戻ってくることになっている。
とりあえずラオンに残ると決めた私とジュリアンは、他の来賓の目に触れないようにホテルに戻り、着替えた後で私の部屋のリビングでルームサービスのコーヒーを飲んで窓から見える川沿いの街を窓越しに眺めていた。
昨夜は気が付かなかったが、どうやらこのご近所は市庁舎や役所、繁華街の中かと思いきや、川の向こうは住宅街のようだ。
また、背の高い赤茶色の大聖堂の尖塔見えているので歩いて行けそうだ。
「大聖堂は一度行かなきゃなあ。
ねえ、ジュリアン。大聖堂と蝿は関係あると思う?」
「わからん。とりあえず、出歩くときは虫よけがいるな。
ミントだけで効くか?」
「正直わからない。あんな写真を見たら怖いよね。
マギー、帰らなくてよかった?」
「大丈夫です。レナが残るのに私だけが帰ったらレックス様に叱られます。
式典に出ていらっしゃる間にレナ様がおっしゃっていた内容のままレックス様に電報は打ちました。
写真は怖くて見られませんが、もし私で何かお手伝いできることがあれば調べ物でも買い出しでもします。それに足の速さには自信があるので、街で蝿を見かけたらすぐに走って避難します」
昨日部屋に戻ってから事のあらましを聞いたマギーは、意外にも虫は平気らしく、被害者の写真を見ることには抵抗があったが、蝿に関しては「大群で来られたら蝿たたきは役に立ちませんね、どうしましょう」と戦う気満々な言葉を発し、一瞬私が固まった。
彼女はウィンバー王国の大きな問屋の娘なのだが、彼女の両親は子供のころは郊外の広大な田畑を持つ農家の人間だったので、彼女が小さい頃は親に連れられて祖父母の家に行くとそこの子供たちと虫や魚を取って遊んでいたらしい。
「ありがとう。
とりあえず、敵? 蝿? を知るにはまず情報を集めなくてはならないんだけど、ウィンバーから来たばかりでは何もわからないしね。
どうしようかな。
こういう時こそ街歩きがしたいけど、そんなことをしたらハイト様に怒られるかな」
「いつどこで襲ってくるかわからないからな。
かといってここでじっとしているのも時間が無駄な気がするし。
外はいつも通り普通に皆歩いているだろ?
人通りが多い大聖堂なら近いし、行ってみるか?
大通りなら店も多いし、何かあったら店の中に逃げ込めばいいし、手袋はめて大判のマフラー持っていけば、顔や頭はマフラーで守れる」
「でしたらレナ様は万が一を考えて動きやすい格好がいいですね。
スカートですと、走るには不便ですからね。
いつものお忍び用の服を何持ってきて正解でしたね」
「え? マギー、止めないの?
こういう時は待機したほうがいいって言うと思った」
他国に滞在中だし、正体がつかめない危険な存在だし、安全を考えてホテルで待機か帰国を提案すると思ったら、この二人は意外に意見が一致して、ジュリアンはマギーがホテルのフロントで貰ってきていた街の地図を見て何やらメモを書き始めた。
「では、レナ様、隣で着替えましょう」
とりあえず街歩きに出るのはいいとして、正体が不透明だからか、相手が虫だからか、いつもと違って気が乗らないまま着替えて街に出ることにした。
「大聖堂からこの街の図書館に向かわれるコースですね。
ハイト様が視聴者からこちらにいらっしゃいましたらこのメモを必ずお渡ししますね」
市庁舎から戻らないハイト様への伝言役をマギーに頼み、ジュリアンと二人でホテルを出た。
「そういえば、ジュリアンの従者はどうしてるの?
数年見てないけど?」
「連れてきてない。遊学でほとんど自分のことは自分でできるようになったからな。
荷物はポーターが運んでくれるし、かえって気を使うだろう?
けど、たいていいつも親父がこっそり護衛は送ってきてるとは思う。
お前にはレックスが何人か護衛つけてるだろ?
お互い様だよ」
「それは確かに。でも、この蝿騒動からは守れるのかな
「ああ、それは俺も不安。人と違うもんな。
あ、あれが大聖堂だな」
ホテルを出て大通りを歩いていると赤褐色の石造りの大きな塔が見えた。
この大通りは石造りの建物がほとんどで、歩道は石畳だが、馬車が走る道路は赤土だ。
通りに面した建物の一階は殆どが小売店かカフェなどで、昼時の今は割と飲食店が混んでいたので、帰り道にカフェで昼ご飯を食べようと決めて大聖堂へ急いだ。
「ウィンバーにもありそうな普通の郊外の街だよな。
最悪を考えて、ヤツらが飛んで来た時に被れるように大判のマフラーしたのはいいけどさ、普通蝿って暑い時期に飛ぶイメージじゃね?」
ジュリアンのマフラーは群青色、私のマフラーは萌黄色で、二人とも黒のロングコートを着ているし、私は髪を後ろで一つに結ってマフラーの中に隠してしまったので、色違いのペアルック兄弟にも見えなくもない。
「確かに私もそう思う。
あ、大聖堂の入り口が見えてきた」
大聖堂はまるで大きな一つの岩を四方から彫刻刀で刻んで、透かし彫りにしたみたいな力強く重厚な雰囲気の建物だった。正面も、彫刻が何層にも奥に連なっている。
見上げた塔の上の方には牛の形をした彫刻がいくつか並び、正面のステンドグラス、特に当初の修復目的の円形の薔薇窓が冬の太陽に煌めいて美しい。
「観光名所になる価値ありだね」
「本当だな」
入り口には長衣を着た白髪の男性が入場券を販売していたので入場料を払って中に入ってじっくり中を見学することにした。
ひんやりとした石造りの大聖堂の中は蝋燭と天窓とステンドグラスの明かりのみを頼りにしているが、白い大理石と金箔を基調とした室内が光を反射してどこか荘厳な雰囲気を漂わせている。
ウィンバーをはじめこの大陸はそれぞれの国の神を信仰しているので、その神の像があるのだが、ここには彫像らしきものはなく、中央に経典の冊子が置かれているのみだ。
経典の羊皮紙の表紙もかなり古く、傷まないようにガラスケースに入れて展示されている。
大聖堂は塔まで階段を登れば見学できるようで、平日の今日は参拝客や観光客もほとんどいなかったが、塔の上まで上がった場合は逃げ場所がないため、祭壇を参拝後、ゆっくり大聖堂の中の構造を見た後、冬の薔薇が咲き誇る庭を見て街の大通りに戻った。
「特に何もなかったね」
「あったら怖いわ。蝿が来ると思ってたのか?」
「まさか。そっちじゃなくて、大聖堂で誰かその話してないかなとか思ったけど誰もいないんだもん」
「まあ、平日の昼時だからな。
どっか入って飯食うか?」
「そうしよ」
ご飯を食べようと決めてすぐ見つかったカフェに入ろうとすると、その店の奥のサンルーム席に、街中の人と変わらない冬の装いをしたカフェでくつろぐライス様とセリム様がいた。
二人も店に入った私たちを見た二人は一瞬怪訝そうな顔をしたが、どうやらジュリアンの横が誰だか気が付いたようで、奥の席から手を振ってきた。
案内していたウェイトレスは彼らが座っている四人掛けの席まで案内し、一旦その場を離れた。
「偶然だね。二人で観光かい?
ハートリー公爵のお忍び姿はなかなか様になってるね」
「この格好のほうがいろんな意味で動きやすいかと思いまして」
「一瞬ブラックバーン伯爵の弟かと思ったよ。
どこか行ってきた?
私達は先ほどホテルを出てこれから大聖堂を見て、そのあと街を歩くつもりなんだ」
ライス様はホテルのフロントにあった町の観光案内をひらひらと見せた。
「俺たちはこの先にある大聖堂に行ってきました。
これからレナと二人で図書館に行こうと思っているんですが、とりあえず昼を食べようかと思って。もう食事は終わったんですか?」
暖房が効いている店内なので、手袋とマフラーを外しながらジュリアンはセリム様が広げたメニューを覗き込む。
「いや、注文しただけだよ。
隣のテーブルも空いてるけどよかったら一緒に食べる?
そういや何が美味いって言ってたっけ?」
「リンゴのタルトかパンプキンパイを勧められたな」
「セリム、甘いものしか覚えてないのかよ。
私達は本日のランチを勧められたからそれを注文して、その二つのデザートも頼んだんだ」
どうやら昨夜ホテルで見たセリム様がマギーにお菓子の説明をしていた姿といい、この中で一番近寄りがたいまじめな雰囲気の風貌の見かけによらず、セリム様は甘いものが好きなようだ。
「じゃあ私もそれにしようかしら。
席はご一緒させてもらってもいいですか? ジュリアン、いいよね?」
「ああ。じゃあ、俺カウンターに行って注文してくるわ。
カウンターに並んでたデリが気になるんだよね。これ、椅子に置いといて」
ジュリアンから手袋と群青色のマフラーを受け取ると、彼は入口付近のカウンターに向かった。私はライス様から勧められるまま前の席に座った。
「しかし今日の市庁舎は蝿どころか風邪の菌すら撃退できそうなほどミント臭かったですね。
ミントとかもこのあたりの土地の名物らしいけど」
「そうだねー。カレンデュラもどちらかというと暑い国だからミントの香りは消臭や虫よけ目的で庭に植えられたりするけど、今日のは強烈だったな。
あ、来た来た。今日のランチ」
愛想のいい青いエプロンをしたウェイトレスが、先に注文した二人のランチを持ってきた。どうやら今日のランチのメインはじゃがいもとベーコンのグラタンらしい。
それにサラダとパンが付いている。「すぐにあと二人の分も運ぶわね」と愛嬌ある笑顔を浮かべて戻っていき、今度は私とジュリアンの分の料理を運んできた。
「綺麗な女性にお料理を運んでもらえて幸せだなあ」
運んでくれたウェイトレスさんに満面の笑顔で話しかけたライス様。
「君の仕事時間じゃないならぜひ一緒にこれを食べたかったなあ」
……もしかしたら、ジュリアンよりもこの人はチャラいのだろうか。
いきなり何を言い出すんだろうと見つめる私たちの視線などお構いなしにライス様はウェイトレスにウィンクまでしている。
「あら、お上手。皆さま観光かしら」
確かに銀髪や金髪が多いエリスフレール王国で私たちのような髪の色は他国の観光客以外何物でもない。
「ああ。行きは船で来たんだが、帰りはあの電車に乗ってみたくてね」
電車を使って昨日きたと言ったら開通したばかりだから身元がばれてしまうと判断したのかセリム様が一般観光客のように口をはさんだ。
「昨日開通した電車ですね?
お客さん、お金持ちですね。切符高いでしょう?
一等席は庶民の一か月分の給料ですよ」
「いやいや、電車開通の話を聞いてから貯金を始めたんだよ。
もちろん三等席の自由席だけどね。
ところで、昨日妙な話を聞いたんだけど、君は知ってるかな?」
「妙な話? 何ですか?」
ゆっくりとした口調で甘い笑顔でライス様が質問すると、ウェイトレスは若干頬を染めながら耳を傾けた。
「なんかこの街でこの前虫が人を襲ったって聞いたんだけど、それって本当?
蜂かな?」
いやはや。ライス様の女性への話し方を見て思わずうなった。
ジュリアンがパーティーで女性に話しかけて口説く姿は何度も見たことがあるけれど、まだまだジュリアンがヒヨッコに見える。
ライス様の場合、話しかける時の目線が妙に甘ったるく魅惑的で、口調の語尾がどこかセクシャルな余韻を残すのだ。
「ああ、その話ですか。
気味悪い話ですが、蝿が男の人を襲った話は一昨日お客さんから聞きましたよ。
確かこの街から住宅街のほうを抜けたあたりらしいんですけど、怖いですよね。
その話をしてくれたお客さんは、あの大聖堂の神様を信仰する方達だったので、悪魔がやってきたかもしれないって。
実際、大聖堂を始めあの神様を信仰する方々は日曜の朝に自分が住んでいる街の清掃活動を奉仕として行ってるんですよ」
「へえ、そうなんだ。
私達の国ではもうあの大聖堂のような建物もないし、信徒自体が少ないからそんな活動をしているとは知らなかったなあ」
「おそらくこの大陸ではあの宗教関連のものが残っているのはこの街ぐらいじゃないですかね?
今は遠く離れた隣の大陸の宗教でしょう?
私はその経典を読んだことがないんですけど、その神様は一人で世界を作って、神様に歯向かう悪魔を天使という存在を作り上げて戦わせていると聞きましたけど。
あ、このあたりの昔話で蝿が人をそう話があるんですけど、この近所の本屋さんではその本を何人か買っていったみたいです。
あと昨日から殺虫剤を皆薬局で買い占めてますね。
昨晩なんか夜中に消臭剤をくれと叩き起こされたとぼやきながらコーヒー豆を買っていった薬局の奥さんがいましたよ」
「へえ」
教えてくれる話は興味深かったけれど、勤務中の彼女が一つの席で長い時間滞在して大丈夫だろうか。
しかも彼女の瞳はライス様の魅力にハマったのか、どこかうっとりとした雰囲気を漂わせてライス様を見つめている。
確かに魅力的な男性ではあるけれど店主に怒られないかな……。
私の心配は当たったようでカウンターの奥から彼女を呼ぶ店の主人らしき男の声が聞こえた。
「あ、ごめんね。長話をしちゃって。追加にスフレオムレツお願いしていいかな。
あとこれ、お詫び」
と、ライス様は苦笑いとともに彼女のエプロンのポケットに紙幣を入れた。
そして去っていった彼女と入れ替わるように眉間にしわを寄せたジュリアンが戻ってきた。
「何かあったの?」
「いや、あのな。
これは情報規制されているのかな。
蝿の話はこの街の新聞には出ていない感じだな」
ジュリアンは難しい顔をして椅子に座った。
「情報規制って、いきなりどうしたの?」
「いや、カウンターに置いてある新聞をざっと見てきたんだ。
一昨日までの新聞が置いてあったんだが、蝿の話は書いてない。
あんな事件なら市民の命にもかかわるだろ?
俺、今朝のホテルの朝刊の新聞も読んだんだけどさ、そのこと書いてなかったんだ。
昨日の話はハイトのところに来たばっかりだら載ってないとしても、その前の件は小さい記事だろうが書いていないかと思ってな。
記者なんてネタになりそうならすぐ書いて発表するじゃないか。」
「確かに、あんたがどこのお嬢さんと一晩過ごしたとかゴシップ欄にはすぐ話題になってたもんね。
ジュリアン、意外にまじめに事件のこと考えてたんだね」
「俺の話は余計だわ!
てか、俺は最近ゴシップ欄にのるようなことやってないだろ?」
昨晩に続いて、ついいつものノリなってしまってセリム様とライス様が声を抑えて笑う。
その笑い方もセリム様の場合はライス様と違って見た目がとっつきにくい分笑顔の効果が絶大で、大人の魅力に思わず赤面して見とれてしまう。
さっきのウェイトレスが見惚れて答えてしまったのもわかる気がする。
「面白いな、君たち。ライスが夫婦漫才って言いたくなる気もわかるわ」
「セリム、余計なこと言うなよ。
まあまあ、二人とも落ち着いてね。
確かにブラックバーン伯爵の言うとおりだと思うよ。こんなネタあったら新聞に載っちゃうからね」
「あ、ライス殿、その、二人とも俺達を名前で呼んでもらえたほうがありがたい。
今のところ俺達ただの観光客のふりをしているだけだからさ。下手に立場がばれて何かあるとハイトの責任になっちまうから。
先月の事件じゃないけど」
「ああ、わかった。じゃあ、ジュリアン君とかレナ殿とか名前で呼んでいいかな?
君の提案に乗ろう。私達も同じ立場だから。
後先月の事件っていうのは極秘のウィンバー訪問だったのに、変な輩が従者のヴィルフリート君を王子と勘違いして誘拐した事件だね。
犯人が君と結婚したいとご執心だった娘を持つ有力者二人と、君のお父さんによって捕まった犯罪者の身内だったってやつだよね」
「カレンデュラでもその話は伝わってきたな。
女性のうわさが途切れないライスなんかたいしたことないな、ライスはまだこんな事件は起こしていないからなって皇帝も笑ってたしな」
「うわあ、恥ずかしい。俺、しばらく帝国行けないや」
身から出た錆とはいえ、意外なところまで自分の名前が広がっているジュリアンは、食べ始めたサラダからフォークを置いて頭を抱えた。
「いやいや。彼女たちが手を出した女性たちの中にいたら君も悪いけど、彼女たちとは付き合っていたわけじゃないだろう?
悪いのは君じゃないよ。
しかし、あんな誘拐事件が起きるとは思わなかったから、こちらもいい勉強になった。
それにレナ殿の活躍も耳に入ってきたしね。
王子だと思っていたヴィルフリート殿の救出の際に単身で現場に乗り込んでいったという報告書を読んだよ。
素晴らしいよね」
「え? まさか勘違いしていた件までも……」
話が自分に飛び火してきて、セリム様の言葉に一気に血の気が下がる。
「ああ、その事件の詳細、例えば君がアリソン・リーということなどは記載されていないが、王子と従者が間違って連れ去られたとか、ジュリアン殿がレナ殿の家に助けを求めたとか、レッドフォード公爵家に犯人がやってきて様子を見に来たとか、レナ殿が男装して現場に踏み込んだとか、ヴィルフリート殿が解放されるまで王子殿を従者だと思っていたことも書いてあったよ」
「うわ、恥ずかしすぎる……」
ジュリアンの女性関係だけでなく私の勘違いまで書かれているとは。
熱いグラタンのジャガイモにナイフとフォークを突き刺して、とりあえず恥ずかしさを紛らわすことにしよう。
「そんな、人違いなんて恥ずかしいことではないと思うよ」
「恥ずかしいに決まってるじゃないですか」
とセリム様と話をしている横でジュリアンがライス様と何やら話し込んでいた。
ジュリアンは苦虫を噛み潰したような顔で「ただ、行ってみるかどうかすごく悩んじゃうんですよ」と情けない顔で頭を抱え込んだものだから、つい恥ずかしさといら立ちをごまかすかのように、彼らの会話の中身も知らないまま「悩んでる? 行けばいいんじゃないの?」と口にしてしまった自分は本当におバカさんだと数秒後に思った。
読んでくださってありがとうございます。