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 エリスフレールの王都から電車で約四時間の街ラオンにつく頃には夕日が沈む寸前の時間で西の空には夕日、東の空にはかすかに星が浮かぶ夜の闇がにじむ時間だった。


「さすがに夜は寒いわね」


 昼間は暖かかったが夕暮れはさすがに気温が下がりプラットホームに降りる前にコートのボタンを襟元までかけた。

 ウィンバーよりも暖かいのでショールやマフラーまでは必要なかったが、寒いものは寒い。

 建設されたばかりのラオンの駅は天井がドーム状で高い平屋で、ホームには売店があり、後片付けと明日の売店の準備を行う光景や、構内を行き交う人並みの風景はまるで市場のようだ。

 ウィンバー王国にも火力発電の電車はあるが、まだ王都の学園都市内だけのテスト走行でこのような駅はないし馬車が主流だ。

 この電車の旅はサスペンションがいいのか馬車よりも揺れが少なく快適だった。 

 おそらく時代は電気を使った産業がこれからどんどん発展していくだろうと予感させる。


 電車を降り列車から改札を出ると出迎えにラオンの街の市長や、自国の王子のハイト様を一目見ようと市民が寒い中大勢待ち受けていた。

 ラオンの街は以前は貴族が納めていたが、その家が途絶えてからは王室の直轄地となりこの地方の大きな町の町長が数年おきに市長として治めている。

 ハイト様は慣れたもので市長のあいさつには、明日の市庁舎の式典があるので堅苦しい挨拶は明日でいいから、早く帰って家族と過ごすといいとねぎらいの言葉をかけ、市民には笑顔で手を振っている。

 もちろん私達を含むほかの国の招待客も同じように駅の正面のロータリーに用意されている馬車に乗り込むまで笑顔で手を振り、馬車は駅の正面広場からすぐそばにあるホテルに向かった。



 世界各国の要人たちが宿泊できるように設えてあるホテルはこの地方を治めていた元貴族の屋敷を改装したものだ。今日はハイト様が滞在するということで利用客は列車に乗ってきた関係者だけだ。

 ホテルに着いた後は各自部屋に案内され、夕食は旅の疲れもあるだろうから各々でルームサービスでもホテル内のレストランでも取れる手配になっている。

 とりあえず各国からそれなりの身分の人間ばかりだ。今日の宿泊者の部屋はすべてスイートだという。

 いくら従兄のジュリアンがハイト様と友人だとは言え必要以上に距離が近いといらぬ噂がたっても面倒なので、ジュリアン達には夕食は別でと断りを入れて、マギーを連れてホテル内のレストランに行くことにした。

 ホテルに到着して案内された直後のレストランは数人しか利用客がいなかった。

 巨大なシャンデリアの下、マホガニーを基調とした室内で、カウンターテーブルや、六人掛けのテーブル席がいくつもある中、他の招待客から少し離れたテーブル席に案内され、給仕係のおすすめというラオン地方での名物だというスパイスが効いた鳥のグリルを注文することにした。


 マギーは列車で私が寝ている間にジュリアンとハイト様の勧めで食堂車に赴きサンドイッチを食べたそうだが、ウィンバーでは馴染みが少ない香辛料がおいしかったらしい。

 このレストラン内にはカウンター席の近くにスイーツのショーケースがありそこから選ぶことも可能だというので、マギーに彼女の分も含めて注文をお願いすることにした。


「面会を渋っているのは一介の地元の農業や酪農をやっている金持ちなんだ。

 困ったものだ。しかし、なんで反対するんだ?」


「さあ。こっちが聞きたいくらいだ。交渉が進まないと……」


 カウンターには先客の男性二人がコーヒーを飲んでいたが、その中の一人がカウンター席のスイーツを見に行ったマギーに声をかけた。

 マギーも顔見知りらしく、気さくな笑顔で挨拶を返している。


「マーガレット嬢、今日の食堂車のサンドイッチどうだった?」


 声をかけたのは赤銅(しゃくどう)(いろ)の髪、青い目、日に焼けた肌の二十代半ばと思われる男性は、鼻筋が通って、少し目尻が下がった甘い雰囲気を醸す顔立ちでマギーに気さくに笑いかけている。

 あの男性は絶対ジュリアンと同じ部類だ。見た目も洗練されていて、動作がハイト様とはまた違った優雅さで、自分の魅力がわかっている感じだ。


「栗のムースがおいしいみたいだよ。刻んだ栗と、栗とサツマイモを混ぜたペーストがお互いの自然の甘みを引き立てておいしいらしい。

 ショーケースの中で気になるものは何?」


 もう一人の男性は正反対のどこか近寄りがたい雰囲気を持つ男性だ。

 灰色に近いくすんだ銀髪に青い瞳の男性は、若干目つきが鋭く、肩幅や赤銅色の髪の男性より頭一つ背が高いので威圧感があるものの、少し背をかがめてマギーに視線を合わせ、彼女にショーケースのスイーツの説明をしはじめた。口調が若干固い感じだが、一定の距離を保ってマギーに対して丁寧な態度で接している。

 きっと彼も女性の人気は高いだろう。

 さてと、彼ら二人がここにいるということは今日、王都の式典に出ていた人間ということだ。

 はて?

 彼らは言葉を交わした中にいただろうかと記憶の糸をたどっていると声をかけられた。


「ハートリー公爵は何注文したの?」


「え?」


 カウンター席にいたと思っていた赤銅色の髪の男性は立ち上がって向かい側の椅子にいつの間にかやってきた。

 えっと、この方は誰?

 名前を思い出そうと頑張ってみたが思い出せない。

 何とか笑顔を浮かべて注文したメニューをこたえて相手を見つめると、相手が私の背後を見て驚いた顔をした。


「そこに座るのは私です」


「ヴィンセンテ王子?」


 目の前の男性の言葉に思わず振り返るとハイト様がいた。


「レナ様、先に行ってしまうなんてつれない方ですね」


「え?」


 夕食は別でとジュリアンには言ってあったし、ハイト様とは駅で別れた後はほとんど会話をできる状態ではないし、今夜一緒に夕食を食べるなんて約束はしていない。

 背後にいつものようにヴィヴィ様を従えているハイト様は笑顔でも目は笑ってなくて若干怖い。何かあったのだろうか?

 ハイト様の顔を見つめると、何を思ったか彼は右手で私の頬を一撫でして、隣に座った。

 ちょっと待って、今のお触りは何?

 思わぬハイト様の動作で顔が熱くなる。

「え? 何? 

 王子とはそういう仲なの?」


 意外だと言わんばかりの表情をした相手にハイト様は意味深な笑みを浮かべて私と相手の言葉を制した。


「ライス・アルマリク運輸大臣殿、我が国の長距離を電気で走る列車の旅はどうでした?

 貴国のカレンデュラ帝国でも電車を敷設したいという話は、貴方の同行者であるセリム・イングウェイ殿から伺っています。

 我が国としてはその事業に対して協力は惜しみませんよ」


 ハイト様の口から出たアルマリクという名前を聞いて思い出した。


 記憶通りであれば彼の父親はカレンデュラ帝国で炭坑や油田を発見しその資源を国内だけでなく各国に運ぶ海運業から巨万の富を興した人間で今一番カレンデュラ帝国の王族からも信頼が厚く裕福な民間人の一族だ。

 しかも最近航海や採掘現場の安全を守るために、カレンデュラ帝国の軍や警察だけでは人員が足りないという発想から、民間人を起用した警備会社を興した話を聞いた。

 そして先ほどハイト様が口にしたイングウェイという名は、その警備会社の代表にしたのは代々帝国の将軍職を務める一族の一人のセリム・イングウェイのことだろう。

 ということは、今マギーにスイーツの説明を丁寧にしている男性がそのセリム様?


「これはコーヒー味のクリームにチョコレートトのガナッシュが層になっているお菓子でね」


 と、ショーケース内のケーキを一品一品説明しているスイーツに詳しい元軍人なんて次の小説の登場人物に個性的で良いじゃない?

 それにアルマリク一族に関してはその何もないところから天然資源を掘り当てたという天性の感のような才覚を持つお父様のお話を伺ってみたい。

 ハイト様はこの目の前の方とお話がありそうだから、お料理が出てくる前にマギーのほうに行こうと思った途端、背後から「お前何で俺を置いてレストランに行ってるんだよ」と、またもや邪魔になりそうな男、ジュリアンの声が響いた。


読んでくださってありがとうございます。

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