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ミゲル・ボーモンの遺書は「神よ、お許しください」という書き出しで始まっていた。
おそらく、ライス様達が来る前に書き上げたのだろう。
遺書は所々字が乱れ、内容が飛んでいた。
そして遺書の入っていた封筒の中には、とても古い紙、大聖堂にあった日記と似た紙きれも一枚入っていた。
彼の遺書は要約すると以下の通りだ。
ミゲル・ボーモンは、いとこのドミニク・ボーモンの会社で副社長として働く男だった。
幼いころから少し体が弱いミゲルは、年上のいとこのドミニクの保護で生活していており、二人の仲はいつの間にか主従関係になっていた。
そんな二人が以前の大聖堂の床の改修工事の見学に向かった時、作業員の見学中に剥がした床から木箱の中にある冊子達を偶然発見した。
その箱を持ち帰り、中にあった冊子を読むと、偶然にもあの悪魔払いの話に出てくる司祭の日記だった。
書かれていた内容を読んだドミニクは後日夜中にミゲルを連れて大聖堂を訪れ、日記に挟んであった紙の場所に書いてある場所を掘り起こした。
絨毯をめくってその床を見れば、隠し通路のようなものなのか、タイルはすぐ外され床の下には祠のような空洞があり、その空洞へ降りたドミニクがそこに埋められていた壺を発見した。
その壺の中身が例の「蝿」を燃やした灰だったのだ。
床を元に戻し、絨毯を戻し、壺を持ち帰ったドミニクは、ちょうど缶詰工場から出る廃棄物で肥料の研究をしていた工場にこもり、その壺の中身から蝿をふ化させた。
ミゲルにはどのような経緯で蝿をふ化させたかわからないが、その蝿をふ化させた工場の部屋の異様さが気持ち悪くて、その日は眠れなかったらしい。
司祭の日記に書いてある通り、ある品種の花の香りに反応する蝿は、その匂いを付けた物に群がることが判明した。
しかも蝿はその匂いを付けた物が動くとかじりだすということが分かったのは、彼の四人目の妻が夜、肥料工場で酒を飲んでいたドミニクに金をせびりに来た日に判明した。
妻と口論になり、ドミニクは実験用に山奥で採ってきたユリに似た花を投げつけた。
花をぶつけられた妻が腹を立てて外に出て行った途端、蝿の群が彼女を襲い、なんと彼女をかじりだしたのだ。
痛みと恐怖のあまりにドミニクの妻は家の中に戻ってこようとしたが、その光景を見たドミニクは鍵を閉め、彼女を締め出した。
その日、仕事が終わってから一緒に酒を飲んでいたミゲルはその光景を見ながら恐怖と自己の保身からドミニクを止めることができず、ただ立ちすくむしかなかった。
そして数時間後、彼女は死んだ。
ドミニクが油を入れた桶の中に花を入れた皿を浮かべ、庭先の彼女に向かってその桶を投げ、焼き殺したのだ。
蝿はその香りの他に香りに混じった炎に飛び込んでいく習性があるらしく、大半の蠅はその炎の中に飛び込んで死んだ。
そして生き残った蝿を、ドミニクは工場の奥の部屋の窓を開けて誘導した。
その部屋は例の彼があの壺から蝿を孵化させた生育室だ。
ドミニクはミゲルにあの花さえあればあの蝿を意のままに操れるといい、大聖堂の床下から見つけた日誌の紙切れをミゲルに見せつけた。
それはすなわち、ドミニクのミゲルに対する無言の圧力だ。
そしてドミニクは燃えた遺体にまだ臭いが残っていると自分たちが二の舞になるからと水をかけ、工場にある破れかけたシートに遺体をくるんだ。
そしてその目撃者であるミゲルは、ドミニクの指示に従うまま妻の遺体を大聖堂に運んだ。
その間、蝿は全く寄り付かず、不思議に思うとドミニクの話では、蝿はある匂いが付着したものにしか反応せず、またその花の香りがする油を好むと、その灰を殺したければ花を浮かせた油に火をつければよいと語った。
夜中の大聖堂に忍び込み、壺を見つけた例の床を掘り起こす手伝いをしたミゲルは、妻の遺体を埋めているドミニクを持っていた鈍器で殴り殺した。
理由は、彼の妻の遺体を運びながら感じずにはいられなかったのだ。
いずれこの蝿で自分も同じように彼に殺されるだろうと感じたからだ。これは、未来の自分の姿だと。
二人を埋めたミゲルは、ドミニクの家に帰った。
ミゲルとドミニクは髪の色は少し違えども背格好が似ていた。
次の日、会社には「ミゲルの体の調子が悪いのでしばらく様子を見るから休む」とドミニクのふりをして電話をかけて休み、その数日間は夜中は二人を埋めた床が剥がされないように床を直しに行き、昼間はドミニクの家に籠って、髪の色を変え、家の物を片っ端から調べて「ドミニク・ボーモン」として生きることを決めた。
そして正体がばれないように、周りから何と言われようが人と会う機会を減らした。
仕事を減らし人に会わない間は、彼が孵化させてしまった忌々しい生き物をどうやって処分することを考えた。あれはいずれすべての人間を亡ぼす悪魔だ。
そう思っていた矢先に、大聖堂のステンドグラスの改修だけだった話が建物全体の改修工事に変わったという話を聞いた。
もし、大聖堂の大掛かりな改修工事などやられてしまっては例の床の下になにがあるかがばれてしまう。
あの生き物が賛成派を襲えば、この地方では皆に知られている悪魔払いの話を皆が思い出して改修工事をやめるかもしれないとの望みをかけて、彼は自分の保身を選んだ。
一人目の時は半信半疑だったが、思った以上に蝿は目標物を襲ってくれた。
目標人物と会った際にその匂いを擦り付けてから離れ、あとは自分は手を洗い着替えて蝿を放てば標的に襲い掛かり、離れた空き地で臭いが付いた服を油に浸して燃やせば、飛び立ったその蝿は戻ってきて死ぬ。
改修工事が中止になるまでその繰り返しをすることを決めた。
だが、電車の開通式典とともに、王都からヴィンセンテ王子とその一行がやってきた。
その中に「例の妻」が所有する土地を借りたいというカレンデュラ帝国の運輸大臣がやってきてしまった。ずっと無視すれば、別の場所を探すかと思っていたのに、どうやら相手は思った以上にしつこかった。
土地の名義は彼女のままだ。
しかも、役所から王子の圧力がかかった面会依頼までやってきた。
妻は出て行ってしまい行方が分からないという作り話はどこまで通じるだろう。
とりあえず、会うことは避けられない。
会った後で考えよう。そう思っていたのに、王子達との面会を終えた後、街に行き市庁舎に出向けばなぜか慌ただしい。
そして、そこで建設課の人間たちが廊下の隅で話している言葉が聞こえてしまった。
どうやら大聖堂であの「二人」の遺体が見つかってしまったらしい。
それを確かめたくて大聖堂に向かうと、なんとアルマリク運輸大臣が大聖堂から出てくるではないか。
きっと、二人の素性がばれてしまうのは時間の問題だ。
そうなってしまったらミゲルにはもう、残った道は一つしかない。
自分にも従兄にも親たちは他界しているし、子供もいない。
となれば、従兄が見つけた忌々しい生き物とともに自ら死ぬことだ。
そして、二人を殺してしまった罪を、その罪を隠すために蝿を使って人を襲った罪を少しでも軽くするために、あの虫たちを連れて死のう。そして最後にラオンの市民への謝罪を。
その遺書の内容通り、彼は死んだ。
どの宗教も禁じている自らの死を選んで。
最後に火が付いた肥料工場で彼の遺体は見つかったそうだ。
ライス様は、今日の午後から事情聴取を受け、床をめくった経緯を説明といくつかの質問の受け答えを行った後、ちょうど大聖堂を出たところで偶然にもボーモン氏と会った。
ライス様を見た途端、ボーモン氏は笑った後、一瞬間をおいて駆け寄ってきて彼に提案したそうだ。
「偶然ですね、アルマリク運輸大臣。
もし、もしですよ。
大臣のご都合がつけば、今日の夕方、できたら六時くらいはご予定はおありですか?
ご足労をおかけしますが、土地の件で我が家に来ていただきたいのです。
何でしたら、午前中一緒だった皆さまも同行されて構いませんので」
彼の提案にライス様は夕方ハイト様たちが何をするかわかっていた以上、自分一人が伺うと答え、ボーモン氏は了解して去っていった。
一旦ホテルに戻ったライス様はその旨をハイト様達に告げ、ちょうど別件から戻ってきたセリム様と一緒にボーモン氏の家に向かうと、彼は家の門前で待っていた。
ライス様達が乗ってきた馬車を門前で止め、ライス様達が馬車の窓を開けると、窓越しに白い封書を渡してきた。
セリム様の顔を知らないボーモン氏は、セリム様に一礼し、ライス様に話しかけた。
「ライス・アルマリク運輸大臣、再度足を運んでいただき本当に申し訳ありませんでした。
では、せっかく来ていただいて申し訳ないのですが、急用がまた出来てしまいましたのでこちらで用件のみ話すことをお許しください。
貴方が望んでいた土地に関しましては、今後私の方ではなく、国の方が扱うと思います。
あと、こちらは、戻ってからヴィンセンテ王子にお渡しください。
その際に私はもう、改修工事には反対しませんとお伝えしていただければ幸いです。
詳細に関してはこちら、封書の中の書類に書いてありますし、あとはもう私は役所に従いますので。
では、本当に申し訳ありませんでした。
では、こちらで失礼します」
午前中の態度とは異なり、どこか取り付く島のない、どこか吹っ切れたような表情の彼は、有無を言わせぬ雰囲気で二人を乗せた馬車を出発させ、屋敷に戻っていった。
馬車は走り出したが、彼のその雰囲気がどうもおかしいし、もう一度彼と話そうかと馬車を止めさせ、来た道を戻らせた数分後に、御者が叫んだ。
「火事です!
ボーモンさんの家が燃えています!」
もちろん近所の民家の人間もその火に気が付いたようで、家から出てきて野次馬のように現場を確認しようとぞろぞろと走りだしている。
彼の家は住宅街の中にあるが少し離れているので近所の家に延焼することはない。
「ボーモンさんを助けないとまずいぞ」
野次馬の中をただの馬車で走るのはためらわれるので、一旦近場まで走らせてから降りて家に向かおうと思ったが、野次馬が多く出てきたので走るのが不可能だと御者が言う。
進まない馬車の中で「まさか、自殺か?」とセリム様が呟き、ライス様がヴィンセンテ王子宛と言われていた封書を自己判断で開けた。
「……なんてことだ」
書類を読み始めたライス様は硬直し、セリム様は馬車の窓を開け、外を眺める。
「あれ、あっちの缶詰工場も燃えていないか?」
「馬が走って行ったぞ! あれ、ボーモンじゃないか?」
野次馬の声に、皆がざわめく。
とりあえず、ボーモン氏本人かわからないが、馬に乗って誰か火事現場から逃げることはできたらしいことを知って二人はその逃げた人間がボーモン氏であってほしいと願った。
「まずいぞ。缶詰工場の火が一気に広がった!
爆発するかもしれない。
逃げたほうがいいぞ」
野次馬が脱兎のごとく反対方向に動き出したおかげで馬車は流れに逆らえなくなり、一旦人がいない道に移動した。
そしてその間に書類を読んだライス様は、妙な胸騒ぎがして、馬車に肥料工場へ向かうように指示した。
馬車が方向を変えて走り出した。
途中すれ違った消防隊員と警官に肥料の工場も見に行くように伝えてから、その工場に向かったが、ライス様達がたどり着く頃には肥料の工場も炎の海になっていた。
そしてライス様達がたどり着いて数分後には現場に駆け付けた消防隊や警察が一旦避難を余儀なくされるほどの爆発と爆音が響き渡った。
この状況を見てセリム様はあたりの延焼を防ぐ活動を手伝うと決め、ライス様は現場の手伝いをセリム様に任せて馬と道案内の警官を借り、大聖堂に向けて馬を走らせた。
読んでくださってありがとうございます。




