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次の日の朝。このエリスフレール王国訪問の旅は気力と体力の限界の挑戦する旅なのだろうか。
昨夜はホテルに戻ったのも遅かったし、今日は冬の朝日を早々に拝ませていただいた。
案の定、ライス様はちょっと寝坊をされたらしく、本来なら今この馬車に一緒にいたはずが後から馬車で追いつく算段だ。
今日の予定は「エリスフレール王国第二王子」と「他国の来賓」として民行動するので、王子とジュリアンはそれぞれビシッとスーツを着た上に黒のコート、私はワインレッド色のスカート部分がロングギャザーになっている上品なワンピースに黒のコートを羽織った。
昨日はホテルに戻ると、今日少し体を休め顔色がよくなっていたヴィヴィ様が、改修工事に反対している筆頭の人間ドミニク・ボーモンとの面会約束を取り付けたと報告してくれたのだ。
ちなみに今日ヴィヴィ様とセリム様は所用で別行動だという。
ヴィヴィ様は例の蠅事件の緊急対策本部に急遽出席することとなり、セリム様はカレンデュラ帝国から急遽やってきた大使に会うために今は市庁舎にいるそうだ。
今日の馬車のランクは最上だし、護衛も着くので、昨日まで乗っていた街の馬車に比べれば、クッションも良く、揺れも少ないし、道もすいすい進む。
ただ、いくら馬車がよくても眠いものは眠い。しかも揺れが少なくクッションがいいものだから余計に眠くなるのだ。
もう眠くて仕方がない。
昨晩、大聖堂で警備として呼ばれていた警官達はもっと可哀想だと思う。
彼らはそのまま大聖堂の床下から出てきた思わぬ死体のせいで徹夜捜査になっただろう。
しかも昨日の第一発見者は作業員達だが、床を剥がせと命令したのが何を隠そう「ヴィンセンテ王子」なうえに、私達のような他国の「地位ある人間」も現場にいたものだから、どうしていいやら困ったらしい。
そんな彼らに「いつでも捜査には協力する」とハイト様が言い切ったので、とりあえず帰らせていただいたが、実際の死体は見ていないものの、出たと聞いた場所に遭遇した後で安眠できるほど神経は図太くない。
ホテルに戻った後、マギーがハーブティーを入れてくれたものの、精神的に疲れすぎてしっかり眠れないまま朝を迎えた。
おかげで目は充血し、目の下のクマを隠すのに苦労したわ。
ああ、こんなことがあった時でも、しっかり眠って、朝食もがっつり食べていたジュリアンが憎い。
「痛いっ!
レナッ、頬っぺたを抓るな。
何だよ、すげー機嫌悪いな」
毎朝髭をそっているはずなのに、このすべすべ肌ってどういうことだ。
こっちは睡眠不足で若干ざらついてきたのに。
「だから、痛いって! 馬車の中は逃げられないからやめろ!
お前、朝食足りなかったのか? ボーモンの家行く前に馬車止めてどっかで飯食うか?」
久しぶりに三人だけだから、気が抜けてジュリアンに八つ当たりをしてしまう。
「レナ様、どうしたのですか? 相手にするならジュリアンじゃなく私にしませんか?」
「えっ? いや、それはちょっと……」
隣に座るジュリアンのモチ肌に八つ当たりする私を見て、なぜか焦った表情のハイト様がおかしな方向の提案をしてきたおかげで正気に戻れた。
「昨日も遅かったし、ホテルにいてもよかったんだぞ?
ライス殿の馬車で後から来てもよかったのに」
「ジュリアン、そんなこと言われても昨日のあの状況で今日ホテルにいるっていうのは気分的に落ち着かないから」
「……そうだろうな。ホテルでずっと待機は俺も無理だな。出歩くにしても大聖堂は封鎖されてるし、あの近辺は大騒ぎだろうから近寄るのはよくないだろう」
そう、昨日の発見によって大聖堂はしばらく完全封鎖状態だ。
その間、大聖堂の中の資料や陳列物はすべて市のほうが預かることとなったようだ。
まだ今朝の時点では死体の発見は秘されているが、おそらく明日には新聞には公表されるだろう。
「失礼します。王子、ボーモン氏の門で誰か待っているので確認に行かせます」
「わかった」
どうやらもうボーモン氏の家に着くらしい。
とりあえず眠気を吹き飛ばそうと、一旦伸びをして背筋を伸ばした。
ドミニク・ボーモンは五十代半ばの紳士だった。
鉄柱の門を抜けて低木の植木を植えた車回しがあり、平屋の白い屋敷の玄関前で馬車が止められるようになっていた。
私達を出迎えた彼は、気さくな振りを装いながらも、鋭い目つきをたまに垣間見せて私達を出迎えた。
エリスフレール王国の人間らしく金色の髪はすこし白金に近い色で、背は高く、しかも鍛えているのかがっしりとした体躯で、ボタンをかっていないグレーのコートの下から見える質のいい紺地のピンストライプのスーツがよく似合う。
薬指に透かし彫りの金の指輪とポケットチーフが、やたらキザったらしく見えてしまうのは四回も再婚したと聞いてしまった先入観からだろうか。
「本日はエリスフレール王国の王子を始め他国の高貴な方々をお迎えできて光栄でございます。
昨日の従者の方のお話では、王子の今日の来訪は、新しくできた肥料開発についてお知りになりたいとのことですが」
紳士といっても装いが紳士というだけで、見た目は成功した魅力的な男性なのに、どこか警戒してしまう。
前評判と彼が醸し出す雰囲気が妙なハーモニーとなって、相手がたとえ誰だろうと、おそらく頭は下げても心の中では見下しているんじゃないのかと勘ぐってしまう。
カフェのオーナーや道を聞いた名前も知らないおじいさんが嫌っているのも理解できるほど、慇懃無礼な感じに思えてしまうのだ。
「ああ。今日は急な来訪に応じてもらって感謝する。
こちらがレッドフォード公爵家の長男ジュリアン・ラジエル・ブラックバーン伯爵、こちらはレナ・キャロライン・ハートリー公爵だ。
できればもっと遅い時間がよかったと言いたいところだが、このラオンの街で常に発展し続けているあなたの会社に前から興味があってね。
あと、カレンデュラ帝国からあなたが持っている港の土地に関して打診があったそうだが、その件に関しても伺いたくてね」
その前評判のせいか今日のハイト様も、若干口調にいつもの甘さや柔らかさがない。
「それはお時間の件といい、土地の件といい大変申し訳ございません。
こちらも今日はどうしても外せない用事がございまして。
明日でしたらこちらから伺いましたのに」
「いや、明日では遅いから今日時間を作っていただいてありがたく思っているよ」
「いえいえ。
あと、土地の件は色々ありまして、ライス様に直接お詫びしたいと思っております」
「ああ、そのカレンデュラ帝国の運輸大臣は後からやってくる予定だ。
それまで中で先に話が聞きたい」
馬車から降りた先は玄関前で、分厚い摺りガラスが嵌った観音開きの玄関扉には使用人が両脇に控えていた。
二人が「いらっしゃいませ」と扉を開けると、玄関から吹き抜けのホールまで使用人が出迎える状況だったが建物自体は玄関ホールや扉のデザイン、天井などは白を基調に瀟洒で手が込んでいるのに、家具が殆ど無い。
てっきりもっと高級な家具や装飾品があると思ったのに。
そのままボーモン氏によって暖炉がある応接間に案内され、中に入るとすぐに使用人が香りのいいコーヒーを淹れて運んできた。
ライス様が到着するまでは缶詰工場の話で時間を伸ばすことになっている。
例の大聖堂の改修工事をなぜ反対しているのか尋ねるのは、工場や土地の話など有益な話を聞いてからにしようという段取りになっているからだ。
「缶詰を作る時に出る皮や使えない葉の部分を肥料にしているということだが、我が領地で広大な畑があるのだが、その畑で作っている作物にも何か活用もできることがないかとね。
ウィンバー王国の方々もあなたの事業に興味があるようで、電車の開通行事の後、こちらにいらっしゃったのだ」
「それはわざわざありがとうございます。
私が開発した肥料はすべて自然の物で、大地に優しい。是非お勧めしますよ」
にっこりとほほ笑んでこちらを見る表情は、ジュリアンの父親であり私の伯父のカスパール様とはまた違ったどこか陰のある大人の魅力が溢れているので、確かに四回結婚できてしまうかもしれない。いろいろ問題があったとしても。
「その開発されている肥料というのもここに工場があるんですか?」
「いや、伯爵様、さすがに肥料はここでは色々問題がありますので作っておりません。
缶詰を作る工場の傍にあったのでは衛生上問題がある、とクレームを付けられませんからね」
応接の暖炉の上には商品である缶詰や、工場の写真などが飾られている。
「もしよろしければアルマリク運輸大臣がいらっしゃってから肥料の方の工場見学に行きませんか?
今日、肥料の工場は装置の点検の関係で作業員が休みですので、人目を気にせず見学していただけます。もちろん私がご案内しますので、心配はございません。
缶詰の方は食品ですので、申し訳ないですが、ちょっと今日はお客様に見学していただける準備ができていないので、ご都合の会う日にまた改めて」
「そうですか。どちらでも見せていただけるならありがたい話です」
少し雰囲気が和らいできたのと、噂と想像よりも若干ボーモン氏の人当たりがいいのでハイト様の声も最初より柔らかくなってきた。
そんな中、ライス様の到着を告げる声がした。
「ああ、だったらそのまま降りていただいて話をするよりも、良ければ今から工場に向かいませんか?
工場は少し山手の方にあるので馬車移動になりますし、馬車を何度も降りたり乗ったりしていただくのも申し訳ないですから」
「ああ、でしたらそうしましょう」
ハイト様の返事にボーモン氏が召使にライス様の馬車への伝言と自分の馬車を準備させる胸を告げ、応接室の中で横に控えていたハイト様の護衛の一人が馬車を準備させに行くように動いた。
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