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「いやあ、兄さん、甘いものが好きなことを隠す必要はねえよ。
男だって甘いもの好きでもいいよなあ」
オーナーからショコラトルテの感想を聞かれた際のセリム様の感想がオーナーの心を鷲掴みにしてしまったようで、店を出る際には「一週間くらい日持ちするから、好きな時に食べてくれ」と、ドライフルーツとナッツの入ったパウンドケーキを人数分持たせてくれた。
ホテルに戻るにしろ、どこかに行くにしろ馬車乗り場に行こうと歩いている間、私の心の中ではなぜか大聖堂が気になってしかたがない気持ちが膨らんできてしまい、つい目が合ったハイト様に提案してしまった。
「あの、日が暮れるにはまだ時間があるし、私はもう一度大聖堂に行きたいんです。
さっき聞いた前回の床修理の時の話を司祭か誰かに聞けないかと思って」
「おや、またレナ様の中で何か浮かんだのかな?
私はまだ大聖堂に足を運んでいないので、ご一緒しても構いませんよ」
急な私の提案にもにっこりとほほ笑んだハイト様は、私の持っていたパウンドケーキを「持ちますよ」と手を取り「私はレナ様と一緒に大聖堂に向かいますのでここで失礼しますね」というものだから、まるで以前の時のようにジュリアンがめんどくさい奴に大変身。
「馬鹿野郎、何でどさくさに紛れてレナの手を握ってるんだよ。
俺がお前とレナを二人きりにさせると思ってるのかよ。
ついていくに決まってるだろ」
「え? 何? そのジュリアン君の「俺の娘に男は近づけないぞ」的な頑固おやじセリフ」
「おいおい、ライス。ジュリアン殿に「おやじ」はないだろう。
せめて妹を取られたくないブラコン兄貴ぐらいにしてあげろよ。
面白いから着いていくよ」
「俺はブラコンでもオヤジでもない!」
と、ふてくされるジュリアンをよそに、ライス様とセリム様は笑いが止まらない状態でジュリアンをからかい倒す間に大聖堂に着いた。
今日の入場受付の方は近所の信者の方のボランティアの主婦らしく、司祭は不在だという。
大聖堂は国の管轄、管理は市が行っているが、職員の人数や運営の経費の関係もあるのか、平日は司祭やボランティアの方が入場窓口にいることが多いと今日の女性は話好きなのか笑顔で教えてくれた。今日の見学者はもう今の時間は私達以外居ないので、ゆっくりしていってくださいと入場券とともに昨日はもらわなかったが大聖堂の歴史の資料も渡してくださったときに「今日は来館者が少ないので、大聖堂の中の資料が掃除のために床に移動してあるので、よかったら見てください」とのこと。
昨日と同じ大聖堂だが、確かに一角のスペースに白い布の上に文机みたいな机が置かれて、その上に歴史的に価値はあるか分からないが経年劣化し、シミや黄ばみが浮かんだ手書きの古い冊子が何冊か置いてあった。
「これって、隣の大陸の言語じゃない?」
開いている本の文字を覗き込むと、私達が使っている文字とは異なる文字の配列だった。
「そうですね。この言語はこの宗教とともに隣の大陸に移りましたからね。
あそこに飾ってある経典は私達の言葉なのに不思議ですね。どちらが古いんだろう。
我々が使っているものとは違いますが、レナ様は読めますか?」
「大丈夫。一応学校の教養で習ったから。
あ、こういう時はジュリアンの速読が役に立つかもね」
「ああ、そうだな。じゃあ俺は一番分厚そうなの読むわ」
と、三冊置いてあったなかで一番厚みのありそうなものをジュリアンがとるとここで五人揃って資料を読むのは狭いと、ハイト様とセリム様は例の床工事の後や、民話にあった火災の跡などを探しに建物の床や壁などをじっくりと観察しに向かったところ、すぐだが、彼らが床を見始めてすぐにセリム様が大聖堂の祭壇の右奥の古ぼけた絨毯の下に一部だけ覗く石の床の漆喰の色の違いを見つけたらしく、ライス様が床の方向を指差しながら私やジュリアンと一緒に資料を読んでいたハイト様を大きな声で呼んだ。
「王……じゃない、ハイト様っ、ちょっとこちらに」
私も一旦資料から目を離し、ハイト様と一緒にその床の方に向かった。
「こっちの床の漆喰、ここの部分だけ色が新しくないか?」
「ここって昨日貰った床工事の資料に書いてあったか?
前の床工事ってこのあたりもでしたっけ」
「いや、そんな祭壇の近くではなかったと思いますよ。
見た記録では、あちらの出入り口のあの床、白いでしょう?
あそこです」
二人が示した床を見ると確かに色というか素材そのものが違う。
ジュリアンと言えば、その大陸の言語になっている資料を読むことに集中してしまったので、丁寧だがものすごいスピードである一冊を読み進めているのでこちらには見向きもしなかった。
「本当だ。あれは新しいですね」
「ですよね?
……このような古い歴史的建造物で届け出無しの修復はこの国では可能ですか?
この大聖堂は私物じゃないですよね?」
国によって文化財などの保護法が異なるのでライス様が念のため確認する。
「ええ。この大聖堂は国の持ち物ですので、勝手に修理は不可能です。
トイレの水が詰まったとかの緊急を要するものは後日申請で許されますが、必ず届は必要とされています」
「となると、誰かが勝手に修理したんですかね。
となると、今回の改修反対の人間はそれが法に触れると困るからですか?」
「確かにレナ様の言うその可能性もありますが、あまり対した刑にはならないと思いますよ。
それに結構その法律が行き届いているかと言えば微妙ですからね。
実際、あの先ほど見ていた本とか、あの古さなら文化財クラスの本だと思いますが、多分文化財に登録もされていないだろうし、あんな雑に扱われているでしょう?」
「確かに……」
今ジュリアンがものすごい勢いで読んでいる書は見る限りでは文化財登録されてもいい古さだ。
そんな私たちの視線など全く気にも留めず頁をめくっていたジュリアンがそっと本を閉じた。
「ジュリアン、 読み終わったの?」
一冊読み終えたジュリアンは、それを元の位置に戻し、こちらにやってきた。
「すごい偶然だな。
あの本、例の悪魔払いをした司祭の日記だった。
しかもこの司祭、悪魔祓いした少女と結婚していたみたいだ」
「は?」
ジュリアンから思わぬ言葉が発せられ、床に注目していた四人が彼を注目した。
「この本は一言でいうと司祭の恋愛物語風懺悔日記だった。
しかも、なんとこの大聖堂の悪魔祓いの話の事実が書かれている。
この日記で例の伝承の悪魔払いをした司祭と悪魔が乗り移った少女は実は恋仲だったということがわかったぞ。しかもインチキ悪魔払いだったんだ。
司祭は以前から墓参りにやってきていた娘を見染めていて、彼女を口説きおとしたが、少女の親はどうやら当時この地域の地主だったようで、司祭との結婚は立場的に難しい状態だったらしい。
俺はこの国の歴史と過去の宗教にそれほど詳しくないから何とも言えないんだけど、おそらく身分違いの恋というやつなんだろうな。
二人は昼間なかなか会えないので、司祭が夜中彼女の家の近くまでやってきて親に知られないように過ごしていたようだな。
とりあえず彼女と出会ってからは会えない日々の寂しさとか募る恋心とか、神様への信仰心よりも、彼女への恋愛うだうだ日記が大半。
で、付き合うようになって次第に離れがたくなるし、少女は地主の娘だから年齢的にもそろそろ結婚相手を紹介する話を親が持ってくるわけだ。
でも少女は司祭と離れたくないし、司祭も彼女と離れたくない。
だから、二人は一計を案じるわけだ。経典には悪魔が少女に乗り移った場合は、神の教えを伝える司祭が、悪魔がその人間から去るまで悪魔を払わなくてはならない。だとしたら少女が悪魔に乗り移られたという演技をすればいいと。
それを実行した二人は、まんまと成功して、少女は大聖堂の司祭の傍に過ごす状況になり、悪魔付きの娘は嫁の貰い手が居なくなって二人は結婚することになりましたとさ。
しかも、この日記にその神を冒涜する嘘を行ってしまったと悩んで、その後火事があったときは天罰かと恐れおののく司祭の懺悔も書かれているし、数年後に少女が妊娠して、女の子が生まれたことまで書かれているが、生まれてきましたって話で終わってるから、その先はわからない」
「すごい話だな。
恋のためなら神をも騙すって、ある意味大衆劇場で受けそうなドラマだと思うが、その二人の娘がもしかしたらあの道を聞いた時のおじいさんやカフェのオーナーが嫌ってるボーモン氏の先祖の可能性があるってことか」
「セリム、それは自称の可能性が高いと思うよ。
それよりもジュリアン君、読むのが早いね。あとの二冊も同じように読めるのかな?」
「あれくらいなら、すぐですよ」
私とハイト様が最初の数ページで読むのをやめて床の方に来たので、中身もよくわからずそのままなのだが、もしかしたらあの二つにも何か面白いことが書かれているかもしれない。
「私の読みかけたものは、この近辺の植物? あの海沿いの山の木の話が書き出しだったがレナ様の本はどうだった?」
「私の方は経典の写しのようでしたよ」
「なるほどね。じゃあさ、ジュリアン君にこの二冊読んでもらう間に、私とセリムでこの祭壇近くの床がどこまで届け無し範囲で修復されているのかをちょっと絨毯をめくりながら見るからさ、申し訳ないけどハイト様と二人で入り口のあのボランティアのご婦人とこの大聖堂の話とか、神様の話とかなんでもいいから世間話してきてくれない?
で、話しかけながら、もしここに他のお客さんが来たら、二人のうちどっちかが速攻こっちに戻ってきて教えてよ。
どう?」
読んでくださってありがとうございます。




