その続き
さらりと流れる黒髪は耳にかかる程度と少し長めで、切れ長の黒い瞳はレンズ越しにも女を魅了する。恋に堕とす術を持ち合わせている彼は、私の隣に座って悠然と微笑んでいた。
まさかの女好きキャラの登場に、目を見張る。
え、だって、あなたは魅力パラ上げてる時に現れるんですよね?今、私、勉強してるんですけど。
「ふふ、目がまんまる。驚かせたのかな?」
長い指で頬をつんと突かれた。
ひぃ、初対面なのにほっぺ触ってくる。なんだこの人!
「俺は国好一色。二年生だから君の一つ先輩だね。後輩ちゃん」
指先がフェイスラインをつつっと撫でて顎をくいっと上げられた。
「真面目なんだね。可愛いよ」
肉食獣が私に微笑みかける。
SOS!緊急!!エマージェンシー!!!
わたわたと慌てふためく私を見てそれはそれは楽しそうに笑みを深める肉食獣。そのフェロモンは半端ない。その上眼鏡なんて、もうダメだ。反抗できない。私は肉食獣にいいように遊ばれて捨てられるんだ。視界がぐにゃりと歪んだ。
「そんなに目を潤ませて。俺を誘ってる?」
この人は璋と違うベクトルで怖い人だ。まず素面でそんな事言えるのが怖い。お遊び感覚で手当たり次第に恋の矢を打ちまくる危険な人。ゲームの主人公なら天然小悪魔を盾にのらりくらり躱すのかもしれないけど、私じゃ無理、全弾心臓にズキュンズキュンと命中している。だってこの顔でこれだもの。とても勝てそうにない。
「ふふ、嘘だよ。頑張り屋の後輩ちゃんに、コレ、あげちゃう」
肉食獣が差し出したのは、飴だった。可愛らしいうさぎの絵と共に信州りんご味と書いてある。
「お腹、空いたんじゃない?これしか持ってないけど、おいしいよ」
「あ、……ありがとうございます」
飴を受け取って、可愛い絵を切らないように包みを開けた。半透明の飴を口に入れると、ふわっと甘い蜜りんごの味が広がった。
「おいしい……」
口元が緩む。はー、すきっ腹に糖分が染み渡るわぁ〜。このりんご味うまー。
「ふっ、くはは、そんなにじっくり味わって貰えて嬉しいよ」
薄っすら目を閉じてすっかり陶酔していたので、はっと我に返った。私は今、奴の術中にはまっていたのか。よもや餌で釣ってくるとはこの肉食獣、いい人じゃないか!ありがとうございます!!
「さて、可愛い顔も見れたしそろそろ行かないと。またね、後輩ちゃん」
ぽんぽんと頭を撫でると肉食獣は爽やかに去っていった。
……なんていうか、変な人だったなぁ。
肉食獣は現実では滅多にいないキャラだ。三次元で成立できているのは間違いなくあの容姿のお陰だろう。口の中の飴をからころと転がしながら、そう思った。
「……」
私も帰ろう。
静かな図書室にお腹の音が響き渡る前に。
誰も居ない廊下を歩く。階段近くの音楽室は授業中のようで、ピアノの音色が僅かに聞こえた。
ああ、吹奏楽部いいよねぇ。
毎年夏に大会があって三年の最後の夏には優勝出来るかどきどきしたものだ。
ゲームでは何度も繰り返し高校生になれたけれど、今は一回きりしかない。セーブも無ければリセットもない。
やりたいことがいっぱいだ。
部活、入るべきかなぁ。青春って感じの。
一階掲示板の部活ポスターを眺めていると、誰も居ないと思っていた一年生の教室から誰か出てきた。
「おや、まだ帰ってなかったんですか?」
天使あまみーが降臨した。さすがは天使、びっくりした顔もかわいい。
「ちょっと図書室に行ってました」
かわいいなぁ、あまみーかわいいなぁ。
「初日で図書室に行く生徒さんは初めてです」
ふわりと微笑んだ後、何かに気がついて内緒話をするように近づいて来て声を潜めた。
「……もしかして、アメ、食べてますか?」
私はこくこく頷いた。
耳が、耳がっ、あまみーのひそひそ声はヤバいんですって。
「ほっぺがぷっくりしてたからどうしたのかなと思っていたんです。教頭先生に見つかったらいけませんよ」
今の「いけませんよ」は、すごくっ、すごくっっ、いけませんよ!
「き、気をつけますっ」
勢いで飴をぼりぼり噛み砕く。心臓がばくばくして味どころではなかった。
そんな中、きゅるるると可愛い感じのお腹の音が鳴った。
「あ」
あまみーがお腹を押さえる。
お腹の音まで可愛いだと!?なんてこった!
「あはは、先生もお腹空いちゃいました」
かわいいいいいい!!最高にかわいいです、ありがとうございます!!!
はにかみ天使スマイルは凄まじい威力だ。私は平静でいる為に拳を握りしめた。できることならあまみーにルパンダイブをかましたい。脳内に永久保存しておくまでに留めた。