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高校生活1日目、朝

急な坂を越えると、きらきらと反照する海が視界いっぱいに広がった。朝の冷んやりとした空気に潮の香りが交じる。


(綺麗だなぁ。ここが私の新しい町。ここで高校生活が始まるんだ)


そう思った瞬間、大波のように頭の中で情報が溢れかえり、意識が飲み込まれた。


様々なタイプの男の子が書かれたゲームパッケージ。テレビ画面に映る美麗なスチル。著名な歌手のオープニングテーマ曲にのせて男の子達の声。声。声。声。


溢れかえる情報は、曲が終わると共にするすると何処かへ返っていった。

私はアスファルトにしゃがみこんでいた。

「……」

太陽光を吸収し始めたアスファルトは、俄かに熱を持ち、じんわりと温かい。呆然とアスファルトの温もりを感じていると、微かな振動と、男性の声がした。


ああ、知っている。彼等が来るんだ。

五年ぶりの再開だ。主人公は最初気がつかないで話していて、やっぱり変わってないと彼等に言われる。……バイクノーヘル二人乗りという明らかに不良の彼等に。主人公は鋼の心臓の持ち主だ。朝っぱらにそんな不良に絡まれて平然と会話をこなせるなんて。私には出来ない。

振動が近づいて来る。思いの外来るのが早い。心の準備もままならず振動の主は現れ、通り過ぎていった。

……あれ?

彼等ではなかった。ただの軽自動車だった。私、自分がゲームの主人公だって勘違いしてた?でも、私には五年前にこの町で彼等と会った記憶があって、この制服はあの制服で。


「どうしたの?貧血?」

不意に声をかけられた。この声、知っている。見上げると青空をバックに彼が私に手を差し伸べていた。

「あ……」

少し息を切らしている彼は、メインキャラによく似ていた。顔は二次元ではないし髪も白金ではない黒髪だけど、似ていた。

「れいちゃん……」

玲は目を見張った後花が綻ぶように、にっこりと笑った。

「あれ?よくわかったね、俺の事」

五年振りの再開は、ゲームとは少し違った。



「オイ、レイてめぇ。俺にチャリ押し付けてんじゃねぇぞゴラァ」

玲に立たせてもらっていると、ドスの効いた巻き舌の低い声が後ろから聞こえた。明らかに堅気じゃない男が巻き舌で文句を言いながら急坂を自転車で登ってくる。とてもシュールだ。

「しょうちゃん……?」

「がんばれがんばれしょーちゃーん」

玲が璋に声援を送ると璋は器用にも自転車を漕ぎながら片手で前カゴに入っていた鞄を思い切りこちらに投げた。

「うおっ、しょーちゃんこえー」

顔面に飛んできた鞄を軽々捕らえて玲は屈託なく笑う。

「しょーちゃん言うなこのクソガキャ」

璋は坂を登りきり私と玲の間に止まって玲をぽかりと殴った。

茶色の癖っ毛を後ろへ撫でつけた身長190センチの璋は三次元になるとどうしようもなく893さんに見える。ブレザーがスーツに見える。目付きも悪いし声も低い。凄まれたらきっと泣く。璋は本当は面倒見の良いおかん気質だと知っていても馴れ馴れしくできないオーラがある。

「……」

璋は私の方へ振り返ると、なにも言わず下から上までじろりと観察を始めた。

な、なに?そんなじろじろ見ないで。怖いよ。

不躾な視線に頬が熱くなると、とても大きな璋の手が私の頭に乗っかり優しく撫でた。

「でかくなったな、オイ」

璋が親戚の叔父さんのような台詞を言うと玲は吹き出した。

「どこ見て言ってんだよ。ショウのえっちー」

「はぁ!?そういう意味じゃねぇよ」

「お?すぐわかるって事はそういう意味でもあるんだな」

「ちげーよ。俺はお前みたいに年中女のムn、……そこばっか見てねぇよ」

「ねぇ、ショウがむっつりなのは変わってないからな、気をつけた方がいいよ?」

「レイ、てめぇ」

二人の生の掛け合いは驚く程のテンポで気がつけば璋ではなく玲に頭を撫でられていた。

いつの間に……。

「もう、二人とも喧嘩はだめだよ」

私の口から主人公のような言葉が出た。

「喧嘩じゃねぇよ。レイがわけわかんねぇこと抜かしやがるからだろ」

「しょうちゃんだってすぐ怒っちゃダメ」

あれ、普通に話せる。怖くない?そしてものすごく主人公っぽい台詞を言っている。

「けどよ……」

「なぁなぁ、しょーちゃんっていうなって言わないの?」

「あ? いいんだよ、こいつは」

「れいちゃん、しょうちゃんに謝って?」

「えー、俺悪くないもん」

「一緒に謝ってあげるから」

私も悪かったし。

「一緒ならいいよ?」

「じゃあせーの」

「「ごめんなさい」」

璋、勝手に怖がってごめんね。

「お、おう」

こんな子供っぽいやり取りを高校生になってもするなんて思わなかった。でも、それはゲームの主人公っぽくて、お芝居をしているような高揚感があった。

「ショウはでっかくなっちゃったからさ、怖がるかもって心配してたんだ」

頭を下げたまま玲がひそひそ声で言う。

「話せば意外と怖くないでしょ?」

優しく笑う玲はまさにメインキャラの風格。心臓を撃ち抜かんばかりの衝撃だった。

「オイ、いつまで頭下げてんだ。初日から遅刻すっぞ」

「やべぇ、後ろ乗って?ショウは走ってついて来い」

「三人で乗りゃいいだろ。オイ、前に座れ」

「え、え、ええ?」

私は座席に座り荷台に座った璋がペダルを漕ぎ、ハンドルも私の手の上から握りしめる。


密着度が半端いないです!


玲は荷台を跨いで車輪の中央に足をかけているようだ。まさかの三人乗り。しかも目の前は下り坂。乙女ゲームにこんなスリルいらない!!

「安心しろ、ぜってぇ離さねぇからよ」

耳元で璋の低い声。そんな吊り橋効果いらない!!!

「前方よぉし、発進!!」

やけに張り切った玲の声で恐怖の直行便は発車した。

「ひっ!やああああぁぁぁぁ……」


ここは乙女ゲームの世界。まだ始まったばかりだから、きっと死にません……よね?


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