第97話 神聖十字軍⑰
「オラァ! 行くぜぇ!!」
フロルの城壁の上では、ジオルガ=ギルディが暴れまわっている。
彼が巨大な金棒をフルスィングするたびに、血しぶきが飛び散り、絶叫がこだまし、神聖十字軍の兵士たちの体はミンチと化した。
「弱えぇ! 弱すぎるぜ!!」
ジオルガが最初に出現したフロル南の城壁は、神聖十字軍の兵士だったものの肉塊と血だまりで埋め尽くされており、早くも一方的な虐殺の場となっている。
「ひ、ひぃいいいいい」
圧倒的な暴力の前に、なすすべなく逃げ回る神聖十字軍の兵士たち。
既にかなりの数のオーク歩兵が城壁の上に登っており、フロルの陥落は時間の問題だ。
「徐々に包囲を狭めよ。ただし、北側は薄くしておくのだ」
混乱する神聖十字軍を見つめながら、ダンタリオンが冷静に指揮を下す。
ジオルガの猛攻によって、間もなくフロルは落ちる。
そうなった際に、神聖十字軍が取る道は2択。
「徹底抗戦」もしくは「逃走」だ。(通常は「降伏」という道もあるが、フロルで民間人を虐殺をしたばかりの神聖十字軍が、魔王軍に降伏すればどうなるかは赤子でも理解できる。ゆえに、彼らが降伏することはあり得ないのだ)
ダンタリオンは、あえて敵が、「逃走」を選びやすいように北側の包囲だけを意図的に緩めておいた。
無論、それが親切心からであるはずがない。
「や、やむを得ん。フロルは一旦捨てるしかない。北へ逃亡し、サラザール卿の軍と合流するのだ!」
パニックに陥った神聖十字軍は、まんまとダンタリオンの思惑通りに、北へ敗走し始める。
しかし、
「ふふっ、いらっしゃい。そして、さようなら」
北へ逃げた神聖十字軍の先には、イザベラ=ローレライ率いるゴブリンメイジとマージエルフの「魔道兵」の混成部隊が半包囲体形で待ち構えていた。
「タイダルウェイブ!」
イザベラの得意とする水魔法をはじめ、ありとあらゆる属性の魔道弾が神聖十字軍の上に降り注ぐ。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
慌てて散り散りになった神聖十字軍を、さらにケンタウロス騎士団の追撃部隊が猛追し、各個撃破する。
「……」
ダンタリオンはその様子を無言で見つめていた。
彼の無機質で鋼のような表情からは、何らの感情も読み取れなかった。
―― 一方その頃。
魔王を探すためにトラキウムに到着したサラザール卿の元に、信じがたい報告が届いていた。
「フロルの街に残してきた『本軍』27万が、魔王軍の総攻撃を受けております。至急増援願います!」
「魔王軍の数は最低でも20万以上! 『四天王』の目撃情報も上がっております!」
「な、な……」
真っ赤になって口をパクつかせるサラザール卿。
もはや魔王の探索どころではない。
少なくとも、この時点で既に、今回の神聖十字軍大遠征において、メアリ教国側が勝利する可能性は「ゼロ」になった。
今、サラザール卿に選べるのは、失敗の「程度」だけである。
すなわち、四天王に総攻撃を受けている本軍を救出し、トラキウムを放棄し、メアリ教国に逃げ帰る「失敗」の道を取るか。
もしくは、本軍を見殺しにしてこのまま自身だけ逃げ帰る「壊滅的大失敗」の道である。
無論、後者の道を選べば、サラザール卿は本国に逃げ帰ったところで、「戦犯」として粛清の憂き目にあうことは間違いない。
そういう意味では、彼が選べるのは実質一つの道のみである。
だが、
「先遣隊の各将を呼べ!」
冷静さを失ったサラザール卿は、ここでさらにとんでもない愚断を下すことになる。
30分後。
「お呼びでしょうか?」
トラキウムに残っていた「先遣隊」、すなわち、ケルン公国、タイネーブ騎士団領、魔道皇国シーレーン、そしてエルトリア王国の各将がサラザール卿の元へ呼び出された。
「いいかお前たち!」
開口一番、サラザール卿は列国の将たちを怒鳴りつける。
いくら宗主国の将とは言え、あまりにも礼儀を欠いた物言いであるが、「当人」はまるで気付いていない。
「フロルに残っている我が『本軍』27万が敵の総攻撃を受けている。お前たち4カ国の軍でこれを救出しろ!」
「!?」
「その間に僕は、『魔王』を見つけ出し、必ず討ち取って見せる! そうしたら、全軍で退却だ!」
なんと、哀れにもサラザール卿は、この期に及んで「勝つ気」でいるらしい。
要するに、ケルン・タイネーブ・シーレーン・エルトリアの「先遣隊」が、四天王に襲われている「本軍」を救出している隙に、自分は、噂の「蒼い巨大な竜」に乗った男を見つけ出して殺してみせるといっているのだ。
この期に及んで「本軍」を救出し、尚且つ「魔王」を討ち取り、「大勝利」できると夢想しているようである。
「ふ、不可能だ!」
ついにドグラ将軍が怒りを爆発させる。
「全軍直ちに総退却以外に道はない! そんな『夢みたいなこと』ができるなら、誰も苦労せんわい!!」
「黙れ!!!」
サラザール卿は持っていた報告書をドグラ将軍に投げつける。
「僕は今まで一度も負けたことがないんだ!! ただの一度もだぞ!!! 今度だって勝てるに決まっている!!!」
「僕の言う通りにしろ! さもなくば打ち首だぞ!!!」