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第95話 神聖十字軍⑮

 1月16日、早朝。


「魔王出現セリ」


 衝撃的な一報が、サラザール卿率いる神聖十字軍本軍の元へ届いた。


「誤報ではないのか?」


 あまりにも突拍子な報告に、神聖十字軍の大本営も、当初はさすがに信じようとはしなかった。


「し、しかし、フロルの街が襲撃を受けました。フロル守備隊は3千は、約半数の甚大な被害を被り、フロルを放棄しました。隊長のカルボーネ司祭も戦死したとの報告が入っています」


「また、敵は、飛竜に乗った男女2名のみとのこと。うち1名は、『魔剣』と思しき、強大な魔力を放つ武器を所持していたとのこと。フロル守備隊の生き残りの多数が、ソレを目撃したと証言しております」


「……」


 報告を受け、顔をしかめるサラザール卿。


 彼は現時点においても、魔王が出現したことについては半信半疑である。


 だが、少なくとも、わずか2騎で3千もの守備隊を壊滅させるほどの強力な魔族が付近に潜伏していること、そして、占領したフロルの街が再び奪還されてしまったことについては、疑いのない「事実」であった。


 これから魔王国の深部に侵攻していこうという時に、これらの出来事(・・・・・・・)は、神聖十字軍本軍にとって、不安要素となる。


 一旦足元を固めてからでも問題はないはずだ。


「よし、フロルの街に戻る。都市を再占領し、その『魔王』とやらの情報を集めるのだ」


 こうして、神聖十字軍本軍は、侵攻作戦を一時中断し、フロルの街に留まり、情報を収集する運びとなったのだ。





 約3週間後、2月8日。


「……」


 サラザール卿の機嫌は、目に見えて毎日悪くなっている。


 理由は、魔王の目撃情報だ。


 1月15日のフロル襲撃以降、毎晩のように魔王の目撃情報がサラザール卿の元へ届くようになった。


 大抵は、夜営地の上空もしくは少し離れた空を、飛竜に乗った男が飛んでいるのを見たという情報だ。


 魔剣を持っていたり、いなかったり、連れに女の竜騎士を伴っていたり、いなかったり。


 日によって微妙に状況が異なっているが、「蒼い巨大な飛竜に男が乗っている」という点については毎晩共通である。


 この人物が本当に魔王なのか?


 サラザール卿は頭を悩ませる。


 彼自身、ある晩に遠く北の空を旋回する件の飛竜を目撃した。


 距離があったため良くは見えなかったが、魔剣を手に掲げている様子であり、膨大な魔力が、遠く離れたサラザール卿の元へ届くほどであった。


 あの桁外れの魔力を鑑みるに、飛竜に乗った男が魔王であるという可能性は十分にある。


 だが、仮に魔王であるとしたら、なぜ奴は一人なのだろうか?


 連れの女騎士を伴っていることはあるが、大抵の夜は一人で現れるという。


 そして、こちらを挑発するように夜営地のまわりを飛び回っているが、攻撃を仕掛けてくることはないという。


 さらに、その目撃情報が、徐々に北へ移動しているというのも気になる。


 最初はフロル周辺での目撃情報が多かったが、徐々に北方のトラキウムからも目撃情報が寄せられるようになり、ここのところはトラキウムでの目撃のみとなっている。


「クソッ、どうすれば……」


 サラザール卿は一人悪態をつく。


 トラキウムからは、「魔王襲撃に備えるために増援を寄越してほしい」との要求が再三に渡って届いている。


 サラザール卿としては放っておきたいところだが、もし仮に魔王がトラキウムを陥落させたら、神聖十字軍本軍も非常に危険な状況に置かれることになる。


 それに、もしも「飛竜に乗った男」が本当に魔王であるとするならば、これ以上魔王国の奥地へ侵攻していくことは、全くの無意味である。


 魔王を討ち取ってしまいさえすれば、今回の神聖十字軍の遠征は、成功どころか、サラザール卿の名は、称賛と崇拝をもって史に永遠に刻まれることになるだろう。


 事情は知らんが、魔王と思しき男が軍も連れずに、たった一騎で自軍の周辺を飛び回っている。


 このようなチャンスはまたとないものであり、また、サラザール卿にとって、極めて魅力的なものであった。


「よし、僕が本軍から10万の軍をつれて、一度トラキウムに戻る。周辺を徹底捜索し、『飛竜に乗った男』の正体を突き止めるのだ」


「サラザール卿!? そんな、我々はどうすれば……」


 アルドニア軍の総大将、ハミルトン大将軍が驚いた表情を見せる。


「フロルには27万の軍が残っている。心配するな。『飛竜に乗った男』の正体をつかんだら、すぐに戻るさ」


 言うが早いが、サラザール卿はメアリ教国軍の精鋭10万を引き連れて、フロルを出発したのであった。





―― 一方その頃


「……」


 魔王軍参謀長シーアも、サラザール卿と同じぐらい、いや、それ以上に苛立っていた。


 3週間前、敵はフロルを陥落させ、さらに魔王国の奥地へと侵攻してくる様子であった。


 それは魔王ロドムスが仕掛けた「破滅の罠」への入口であり、まんまとおびき寄せられた神聖十字軍を、「何と愚かな連中であることか」とほくそ笑みながら、シーアはバカにしていたのだ。


 ところがその直後、神聖十字軍本軍はなぜか侵攻をピタリと中断し、フロルの街周辺で止まってしまったのだ。


 もう少し、あとほんのもう少し敵が侵攻してきたところで、完全なる包囲殲滅作戦を開始しようとしていたシーアとしては、それが歯がゆくてならないのだ。


「早く侵攻してこい。連中は何をグズグズしているのだ!?」


 シーアは苛立つと同時に、焦っていた。


 理由は、「魔王国の世論」である。


 フロルでの虐殺を受けて、魔王国内部は、「神聖十字軍を討つべし」との意見で満場一致となった。


 ところが、それから3週間が経過し、いつまで経っても神聖十字軍に反撃しない魔王軍に対し、徐々に非難の声が寄せられるようになってきたのだ。


 無論、魔王国の国民たちは、シーア率いる魔王軍が、神聖十字軍の包囲を狙っているとは知らない。


 ゆえに彼らは、「シーアは臆病者である」「国民を虐殺されておいて反撃すらしないとは、なんと頼りないことか」と、容赦のない罵声をシーアに浴びせるようになってきた。


 それだけでもシーアにとっては耐え難い屈辱であるが、彼にとって最悪なのが、その影響で、相対的に前魔王の評価が高まりつつあるということだ。


「今の魔王軍は頼りにならない」となれば、「やっぱり前の魔王様の方がよかったなぁ」となるのはある意味必然の事である。


「そもそも前の魔王様は敵を魔王国内部に侵入させたことなど、ただの一度もない。まんまと敵に魔王国内部に侵入され、トラキウムを奪われ、あまつさえフロルでの大虐殺を許したのは、ひとえに現魔王ロドムスと、参謀長シーアの能力欠如の問題なのではないか?」


 ある朝、エルダーガルムの中央広場にこのような張り紙が何枚も張られているのが見つかり、ちょっとした騒動となった。


 激怒したシーアは容疑者数十人を拘束し、全員を直ちに処刑したが、批判の声は日増しに高まるばかりだ。


 一刻も早く、神聖十字軍を皆殺しにしなくては……。


 そんな彼の元に、最悪のタイミングで最悪の報告が届く。


「フロルに駐留していた神聖十字軍のうち、10万がトラキウムに引き返しております。しかもその10万のうちには、敵軍総大将、ジュリアン=サラザールがいる模様」


「!?」


 怒りと驚きで、シーアの顔が土気色に変色する。


 まずい!


 あの「無能」サラザールがこの状況で後退するとは想像もしていなかった。


 万が一にも神聖十字軍がこのまま退却すれば「虐殺を行った敵を無傷で帰した」ことでシーアの責任問題になることは火を見るよりも明らかだ。


 やむを得まい。


「皆殺し」にすることは不可能でも、せめて、「敵軍を散々に打ち破って追い払った」体で今回の戦争を終わらせなくては……。


 そう考えたシーアは、ロドムスの判断を仰がずに、独断で命令を下したのだ。


「四天王たちに伝えよ。全軍を率いて出撃し、神聖十字軍を討てと!!!」


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