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第93話 神聖十字軍⑬

 第4歴1300年1月15日。魔王城。


「『白ナメクジ』どもは僅かな守備隊を残し、フロルの街を立ったようです。さらに魔王国の奥深くへと侵攻してくる模様です」


「よし、いいぞ」


 報告を受けた魔王軍参謀長、シーアは満足げに頷く。


 シーアは緑エルフの青年である。エルフの例にもれず、美しい容姿ではあったが、にじみ出る陰険な雰囲気が、彼の美貌を台無しにしている。


 彼は、かつての参謀長ロドムスが魔王に就任した後の、「後釜」として参謀長に就任した男である。


 頭脳明晰であり、戦闘能力も四天王たちに迫るほどの実力者であったが、「超」が付くほどの「人間嫌い」であり、「人間どもは皆殺しにすべきである」という過激思想の持主であった。


 ゆえに、アレクが魔王であった時代には、その実力は知られていながら、要職から遠ざけられていた人物である。


 ロドムスがこのような男を自身の後釜に着けていることからも、彼の政策目標が透けて見えるようである。


「『封鎖部隊』も間もなくノア山脈に到着するようです」


「よし、まだ伏せて(・・・)おけ。絶対に敵に発見されるでないぞ」


 シーアは念入りに指示を出す。


 彼の、いや、ロドムスの立案した「神聖十字軍壊滅作戦」は概ねアレクが予想した通りのものであった。


 神聖十字軍本軍が魔王国奥深くへ侵攻してくる隙に、緑エルフの魔道兵などで構成される「封鎖部隊」を密かにノア山脈に派遣。


「封鎖部隊」が魔法でがけ崩れを起こし、ノア山脈の山道を破壊。


 唯一の補給路兼退却路を失って混乱する神聖十字軍に対し、ジオルガ、イザベラ、ダンタリオンの四天王3名が率いる魔王軍精鋭部隊によって、敵を包囲、殲滅するというものだ。


 この作戦は「タイミング」が命である。


 封鎖のタイミングが早すぎれば、敵を上手く包囲しきれない。トラキウムに立て籠もって応戦されれば、戦争は長期化し、魔王軍も思わぬ損害を受ける。


 最悪の場合、メアリ教国から「援軍」が派遣されてしまうかもしれない。


 逆に封鎖のタイミングが遅すぎれば、魔王国の各地に甚大な被害がもたらされる。


 虐殺と破壊により、第2、第3のフロルの街を作り出すことになるだろう。


 シーア自身は、人間と馴れ合う魔族も人間どもと同罪であり、粛清するに何らの心理的抵抗もないため、フロルのように、人間との交易で富を蓄えたような退廃の街はいくら滅んでくれても構わないと思っている。


 だが、あまり次から次へと街を壊滅されては、魔王ロドムスの名に傷がつく。


 今は「フロルの仇を討つべし」と一丸となっている魔王国も、敵の侵攻が長引けば、「なぜ魔王は敵の侵攻を防ごうとしないのだ!?」という非難の声につながるだろう。


 ゆえに、絶妙のタイミングでノア山道を封鎖し、速やかに敵を包囲殲滅しなければならない。


 その難しい判断を、魔王ロドムスはシーアに一任したのだ。


「ふふっ」


 シーアは満足そうに笑みをたたえる。


 先代魔王は無能であり、俺の実力を正しく評価していなかったが、現在の魔王ロドムス様は俺のことを誰よりも「高く」買ってくださるのだ。


 俺もその期待に応えるために、一人でも多くの人間どもを、この戦争で殺さなければならない。


 もう少し、もう少しだ。あともう少し、敵が魔王国に深入りしてきたところで退路を塞げば……。


 シーアは地図を見ながら、下衆な笑みを浮かべているのであった。






――同日、夜。フロルの街。


 サラザール卿率いる神聖十字軍本軍約37万は、今朝、フロルの街を出発した。魔王国のさらに奥地へ侵攻し、占領地を拡大していくためである。


 現在、フロルの街には3千の守備隊が残るのみである。


 守備隊の隊長はカルボーネ司祭という、神官隊の一部隊の隊長を務める中年の男であった。


 彼はメアリ教国の司祭でありながら、相当な漁色家であり、聖職者にあるまじき「生臭坊主」であった。


 守備隊は、フロルの街に残るため、これ以上の「戦果」を挙げることはできない。


 だが、ここには、フロルを蹂躙した際に手に入れた金銀財宝、そして女たちが「戦利品」として保管されている。


 守備隊はこれらの戦利品を好きに「味見」できるのであるから、カルボーネ司祭にとっては、前線で戦果を挙げるよりもはるかに「役得」であった。


 さて、今晩はどの娘を味見してやろうか?


 占領したフロルの街の一室にて、彼が下品な妄想をしていると、部屋の扉がけたたましくノックされた。


「し、司祭殿! 直ちにお越しください。じょ、城壁の上に、あ、あれは! あれは!?」


 衛兵が司祭を呼ぶ声が聞こえるが、その慌てようたるや、尋常ではない。


「全く、なんだというのだ……」


 カルボーネ司祭は不機嫌そうに愚痴りながらも、高級そうなガウンを羽織って外へ出た。


「なっ!?」


 外へ出たカルボーネ司祭は、一目で「尋常ならざる事態」であることを把握した。


 フロルをぐるりと取り囲む城壁。その上空を、2匹の「飛竜」が旋回している。


 うち1匹は、濃い青色をした巨大な飛竜だ。背中に男を乗せている。


 男は仮面をしているため、その素顔を確認することはできない。


 だが、右手に剣を持っており、その剣から、信じられないほど膨大な魔力がほとばしっている。


 その魔力の凄まじさたるや。


 漆黒の闇夜が、フロルの周辺だけ、剣から放出される膨大な魔力で紫色の霧に包まれている。


 見ているだけで圧し潰されそうな重圧を感じる。事実、フロルの衛兵の中には、何人か失神しているものがいる。


 いくらカルボーネ司祭が「生臭坊主」であるとはいえ、「ソレ」が何であるかは、直感的に理解することが出来た。


 蒼き巨大な飛竜に跨り、「魔剣」を手にするあの男は……。


「ま、魔王だ!!!!!」


 そう叫んだ瞬間、蒼い飛竜が放った巨大なファイアブレスが、カルボーネ司祭を包み込み、彼は一瞬のうちに蒸発してしまったのであった。


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