第90話 神聖十字軍⑩
こんばんは。モカ亭です。
いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。
さて、11/28 20:40分頃、第89話の最後部分に「加筆」を行いました。全体的な話の流れは変わっていませんが、シドニアが、アレクが魔王国に詳しいことに気付く描写を追加しました。
シドニアはそれを咎めるつもりはなく、むしろ、生きて帰る可能性が上がるなら、アレクの「魔王国に関する知識」を織り込んだ作戦を立案してほしい、と申し出ております。
さほど大きな変更ではありませんが、微妙にニュアンスが違って見えるといけないので、念のためご報告させていただきます。
この記述は2019年11月28日時点のものになりますので、それ以降に第89話をご覧になった方には、変更はございません。
よろしくお願いいたします。
第4歴1299年12月28日。
すっかり年末となったこの日、アルドニア軍、ユードラント軍、そしてメアリ教国軍から成る合計37万の大軍勢が、魔王国の更に奥深くへと侵攻を開始することになる。
その中心はもちろん、20万の軍勢を誇るメアリ教国軍だ。
メアリ教国軍は、重装騎馬隊、軽装騎馬隊、歩兵隊、弓兵隊などの基本的な兵科を中心に、
回復魔法が使用できる「神官隊」
光の勇者と光の巫女、およびその候補生たちからなる「勇者部隊」
セントールや白エルフなどの光の一族の混成部隊からなる「聖獣隊」がこれに続く。
彼らは、白の鎧、白の兜、白のマントを身にまとい、全身が白一色だ。
敬虔なメアリ教徒であれば、眩いばかりの彼らの姿に、涙を流して感動するのだろうが、敵対国家である魔王国の人々は、この白尽くめの姿をバカにして、「白ナメクジ」とあざけるものだ。
ちなみに、光の一族というのは、聖属性、あるいは光属性の要素をもった獣や亜人全般を指す用語
……らしい。
らしい、というのも、この定義づけがものすごく「あいまい」なものだからだ。
例えば「セントール」というのは、上半身が人、下半身が神馬の形を取った神聖なる生き物とうことだが、このような者たちを、魔王国では「ケンタウロス」と呼んでいる。
では、「セントール」と「ケンタウロス」は何が違うのかと問うてみれば、
神聖メアリ教国の人々は、「セントールは神聖な生き物であり、女神メアリ様の敬虔な信徒である。それが女神メアリ様の恩寵を忘れ、堕落し、地獄に落ちた者たちがケンタウロスだ」と説明する。
一方魔王国では、「ケンタウロスこそが本来魔族としてのあるべき姿であり、邪教に洗脳され、退廃し、愚かにも天使どもの配下に下った者たちがセントールだ」と説明する。
分かったような分からないような説明であるが、これ以上つっこんで質問すると、
「貴様は女神メアリ様の教えを疑うのか!?」
「さては『白ナメクジ』どもの手先か!?」
と両国の人々の怒りに触れることになる。
もっと良く分からないのが、「エルフ」の定義だ。
一般に、神聖メアリ教国に住むエルフたちを「白エルフ」と呼び、魔王国に住むエルフたちを「緑エルフ」と呼ぶ。
確かに呼び名通り「髪の色」は違うが、それ以外の、「魔力が高い」「長寿である」「森の守護者」であるという点においては、相違がない。
であるにも関わらず、「白エルフ」は神聖な神の使いとして崇められ、「緑エルフ」は汚らわしい魔王の手先として迫害の対象となっている。(もっとも、魔王国においては立場が逆転するので、どっちもどっちなのだが)
要するに、正しいかどうかも定かではないあいまいな定義によって、「光の一族」か「魔族」かの線引きを行い、そのあいまいな線引きに従ってお互いに殺し合いを行っているのだ。
しかし、それが何万年も続くうちに、その線引きが「当たり前」になってしまい、誰も疑問をさしはさまなくなってしまったという訳だ。
さて、今まさに、その定義に従って、「光の軍団」である神聖十字軍本軍が、「悪の軍団」である魔王軍を討伐に向かうところだ。
自らが率いる精強な「光の軍団」を目の前に、サラザール卿はいくらか自尊心を取り戻した様子だ。
「この遠征は永く歴史に刻まれることになる」とか「来年こそが、魔族滅亡の、そして光の一族の永遠の繁栄が約束される年である」とか冗長でもったいぶった演説を行っている。
俺たち「先遣隊」は、その様子を少し離れたところから、冷めた目つきで眺めている。
確かに、サラザール卿の部隊は精強であり、よく訓練が行き届いている。「先遣隊」の勝ちに乗じた形ではあるが、これまでのところ、遠征が非常に上手く行っているため、士気も高い。
だが、それでどうにかなる話ではないのだ。
彼らはここから南東方面へ進路を取り、魔王城のある「帝都エルダーガルム」を目指すつもりらしい。
魔王国出身の俺だから分かるが、彼らがエルダーガルムに到達するのは「不可能」だ。
魔王国攻略は、「ここから」が困難を極める。入口をこじ開けて魔王国に侵入した程度のことなど、「前哨戦」とも呼べない。
最初の方はいくらか順調に侵攻できるかもしれないが、やがて、「グリムストンの森」という巨大な森にぶち当たって侵攻の足が止まるだろう。
この天然の迷路は、エルフや植物系、昆虫系魔族の巣窟だ。地理に明るくないものが迷い込んで、生きて出られる場所ではない。
万が一グリムストンの森を抜けることが出来たとしても、続いて「死霊の沼地」があたり一面に広がっている。
ここは魔王国内部にあって魔王の領土ではない。
第3歴に当時の「魔王軍」と「闇王軍」が激突した一大決戦の古戦場跡なのである。
闇王の怨念が渦巻いており、死霊やゾンビ兵といった闇王の配下の者たちが、今でも無数にさまよっているのだ。(霧の中に正体不明の巨人を見た、という噂もある)
さらに病原菌や毒虫が至る所に大量発生しており、近づくだけでも危険なのだ。
当然魔族は誰一人住んでおらず、屈強な魔王軍でさえ、「死霊の沼地」を恐れ、忌み嫌う。
「死霊の沼地」はよっぽどのことがない限り近づくべきでなく、通常は、何日も遠回りになるが、大きく迂回して軍を進めることが推奨される。
それをサラザール卿が知っているとは思えないが……。
その後も穴だらけの坑道を抜けて、「世界の屋根」と呼ばれる切り立ったオーラル山脈を超えて、ようやくエルダーガルムへ到達するのだ。
何年も、あるいは何十年もかけて一つずつ攻略していかなければならない要衝ばかりだ。
とてもじゃないが、今のサラザール卿率いる神聖十字軍にどうこうできるような代物ではない。
しかもロドムスは、恐らく「罠」を張っている。
どうやら彼は、俺が魔王であった頃のように、「神聖十字軍を追い払う」戦略では満足していないらしい。
魔王国内部に誘い込まれた間抜けな神聖十字軍を「せん滅」するつもりのようだ。
「アレク様、こちらも準備できました。ドグラ将軍からも、準備完了の報を受けております」
ルナが俺に報告してきた。
「……。よし、それじゃ、出撃しようか」
俺は、神聖十字軍本軍が南東方面へ出陣していくのを見届けてから、エルトリア・ケルン連合軍1万を率いて、北東方面へ軍を繰り出した。