第83話 神聖十字軍③「すり抜ける」
「クソ! ジュリアン=サラザールめ! 想像以上だ。最低最悪の更に下だ!」
ケルン公国の総大将、ドグラ将軍が遠慮なく悪態をつく。
9月27日、時刻は午後11時。
「全軍会議」を終えた後、先遣隊として魔王国へと突撃させられることとなった4か国(ケルン公国・タイネーブ騎士団領・シーレーン皇国・エルトリア王国)の将たちは、場所を「タイネーブ騎士団領本陣」の天幕へと移し、この緊急事態に対する打開策を協議していた。
メアリ教国、アルドニア王国、ユードラント共和国の連中は参加していないので、皆、連中に対する罵詈雑言の限りを尽くし、言いたい放題だ。
「しかし『出兵案』自体は可決されておる。これを覆すことは不可能じゃ」
タイネーブ騎士団領の「知恵袋」副官のマホイヤ卿が、その仙人のごときあごひげをしごきながら冷静に呟く。
「したがって、我々が考えねばならぬのは、この無理難題をどうやって乗り切るかということじゃ」
彼の言葉に一同は静まり返る。
「……」
俺はサラザール卿に対する怒りを一旦抑え、この状況を冷静に俯瞰してみることにする。
サラザール卿の提案自体は、私怨と保身に焼かれた、「評価に値しない」下策中の下策ではあるが、「軍を分けること」自体は悪くない。
今回の神聖十字軍における「連合国」側の戦力は総勢45万近くに上るものだが、うち、
神聖メアリ教国20万
アルドニア王国12万(俺は当初10万程度の軍を派遣してくると予想していたが、予想よりも多数の軍を動員してきたことには若干驚いた)
ユードラント共和国5万
合計で37万。
つまり全軍の8割以上の軍が「後方待機」となるわけだ。
「それのどこが『悪くない』のでしょうか?」
ケルン公国副官、ドグラJr.が不満そうに鼻を鳴らす。
「全軍の8割以上が、現在の位置、つまり『イカルガ城塞の手前約70km地点』で待機しているのです。魔王国からしたら、『いつ総攻撃をかけてくるつもりか?』と気が気でないでしょう」
俺の言葉に、ドグラJr.は驚いた表情を見せる。
「今回の戦争、魔王国側はただでさえ『中央』と『南』に集中的に軍を配備し、北は手薄でした。そのような状況の中で、37万もの軍が『中央』に張ったままになっている。魔王国は、完全に『待機組』に気を取られるでしょう。その隙に……」
「わ、我々『先遣隊』約8万が、北を『すり抜けて』魔王国へ侵入するという訳か……」
タイネーブ騎士団領、総司令官のセオドール将軍が唸るように呟く。
北方の山脈ルートは険路だが、俺やルナは魔王国の人間であり、土地勘がある。
もともと北側は手薄なうえ、魔王軍が『待機組』に気を取られている。
その隙に少数で魔王国へ侵入するというのは、それほど難しいことではないのだ。
この作戦の成功率自体は「決して低くない」と言って差し支えないだろう。
「フン、確かに魔王国へ『突入する』までは上手くいくかもしれないよ。でも、『その後』どうするつもりだい?」
魔道国家シーレーン皇国総司令官「怖しの魔女」ゾーヤが手に持ったパイプをふかしながら、不満げに呟く。
そう言うことだ。
先遣隊わずか8万が、北方の山脈ルートを「すり抜けて」魔王国へ侵入したとして、その後どうするのか?
いくら少数とはいえ、「魔王国内部」に敵兵が侵入すれば、さしもの魔王軍もこれの迎撃に動くだろう。
後続部隊が続かなければ、先遣隊8万は魔王国内部で孤立し、袋叩きにあって「全滅」するだろう。
「仰る通りです。ですから、そうなる前に、我々は今回の戦争における『目的』を達成する必要があります」
「まさか……」
俺の言葉に、目を細めるゾーヤ。その眼が「正気か?」と俺に訴えかけている。
「はい、北方山脈ルートを抜けた『先遣隊』は、そのまま今回の神聖十字軍における最終目標、城塞都市『トラキウム』の制圧を目指します」
※城塞都市トラキウムを制圧する作戦案については、第73話参照。
「ふ、不可能だ!!」
シーレーン皇国の副官、大賢者クレイオンが即座に異を唱える。
当然といえば当然だ。
もともと40万を超える神聖十字軍の全軍をもって攻略する予定だった都市だ。いくら不意打ちとはいえ、わずか8万の軍で落とせるはずがない。
普通はそう考えるだろう。
だが、
「大丈夫です。私に考えがあります。そのために、まずは『協力者』をここへ呼んでもよろしいでしょうか?」
俺は皆に向けて確認を取る。どうやら異論はなさそうだ。
「レナ、彼らを呼んできてくれ」
「ハイ!」
俺はルナに、協力者をこの場へ連れてくるよう依頼する。
その人物とは……。
「なっ!? 貴官は確か、ユードラント共和国の……」
そう、その場に現れたのは、ユードラント共和国の若き名将、シドニア=ホワイトナイトと、彼の副官、ヒューゴ=マインツであったのだ。
一方その頃。
イカルガ城塞を挟んで反対側の「東」の果て。
「神聖十字軍は、イカルガ城塞西側約70km地点に集結しております。全軍集結を待ってから、我が国への侵攻作戦を開始するものと思われます」
前線からの報告を受け取る新魔王。
ここは魔王国帝都エルダーガルム。魔王城内の「円卓の間」
巨大な円卓には、すでに戦闘準備を万全に整えた3名の「四天王」の姿がある。
「斥候隊および敵軍内部のスパイからの報告を統合するに、神聖十字軍は現在の地点からそのまま東進し、イカルガ城塞前面に展開する可能性が高いです」
「するってぇと、ナメクジどもを駆除するのは、俺とダンタリオンのダンナの仕事になりそうだな」
ジオルガ=ギルディが嬉しそうに指を鳴らす。戦闘狂である彼にとって、今回の戦争は、待ちに待った「殺戮」の機会なのだ。
「なぁ~んだ。つまんない」
「群青の妖妃」イザベラ=ローレライがため息交じりに呟く。
もっとも、彼女が「つまらない」とつぶやいたのは、現在エルトリア王国に亡命中の「魔王アレク」に逢えそうにないからだという意味だと知るものは、この場には一人もいない。
以前の約束通り、彼女はケルン公国沖でアレクと遭遇したことを、新魔王ロドムスや他の四天王たちに報告していないのだ。
「イカルガ城塞を固く閉じ、城門の上からの弓矢、魔法、それにクロエ率いる『魔王国空挺師団』の飛竜部隊による急降下爆撃で敵をせん滅します」
ダンタリオンが作戦を淡々と説明する。
老将はまるで鋼のように冷静沈着であった。ジオルガのように興奮しているわけでもなく、イザベラのように退屈しているわけでもない。ただただ無感情に、与えられた職務を全うしているだけだ。
「それでどれほどの数の敵を殺すことが出来る?」
新魔王となったロドムスがダンタリオンに問いかける。
「恐らく、敵軍の1割ほどかと」
ダンタリオンが即答する。通常の戦争での死傷者の数は「そんなもの」だ。
「全滅」などそうそう起こるものでもない。
今回の戦争も、魔王軍からしてみれば、イカルガ城塞に立て籠もって徹底的に守る戦いだ。ジオルガ辺りは不満がるかもしれないが、こちらから積極果敢に出撃し、敵を殺しまくるようなことは想定していない。
攻める神聖十字軍側からしても、大量の死傷者を出すことは政治的にも国民感情的にも避けたいであろう。
ある程度犠牲が出たところで早々に引き揚げるはずだ。
ところが……。
「足りぬ」
予想外の言葉を、新魔王ロドムスが口にする。
「足りぬ、とは?」
すかさずダンタリオンが聞き返す。冷静な目に、ほんの一瞬、わずかに疑念の色が宿る。
「それではまるで足りぬ。私は此度の神聖十字軍を『撤退』させたいのではない。『皆殺し』にしたいのだ」
新魔王ロドムスは、ジオルガ以上に過激なことを、ダンタリオン以上に冷徹に言い放つ。
そこには、「感情」というものが微塵も感じられなかった。
「貴官らの立案した作戦では私の望みを叶えることが出来ぬ。そこで、私から貴官らに『策』を授ける。敵を罠の中へ誘い込み、退路を断ち、一人残らず皆殺しにするための策だ」
かつてアレクが魔王であった御代に、「参謀長」であった男はそう言って、神聖十字軍を全滅させるための策を、四天王たちに施すのであった。