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第82話 神聖十字軍②「4対5」

 第4歴1299年9月25日。タイネーブ騎士団、某所。


 イカルガ城塞まで約70キロに迫った、魔王国との国境付近。


「見えました。あそこが、『集合地点』です」


 案内の兵が指さす。


 小高い丘の上から眼下を見渡せば、無数のテントや天幕が見渡す限りに広がっている。色とりどりの軍旗や国旗が立ち並び、待機中の兵たちが ―― 恐らくは命令が下るまである程度の自由行動が認められているのだろう ―― 談笑したり、何やらスポーツに興じたりしている様子が伺える。


 この規模と人数、もはや一つの街を成しているといっても過言ではないほどのものだ。


 これが現在の神聖十字軍の「総司令部」である。


 各国の軍は一旦この地に集結し、しかる後に魔王国へ向けて作戦行動を開始することになる。


 現時点での集合状況は、これでもまだ、「6割」といったところか。


「さぁ、もたもたするな! 我々も宿営地を設立するぞ!」

 第三軍の隊長、ガロン兄が兵たちに号令をかける。





 2日後の9月27日。夕刻。


 まだ一部の後続部隊が到着していないが、概ね各国の軍が出そろったところで、将官たちに召集がかかる。


 俺とルナは、(いや、今はレナ(・・)という偽名で呼ぶべきか?)は、戦陣会議に参加するため、神聖メアリ教国軍の宿営地を訪れる。


 ひと際巨大な天幕は、そのまわりを取り囲むように各国の国旗が掲揚されていた。


 これが、総大将ジュリアン=サラザール卿率いる「統合作戦本部」という訳だ。


 中に入ると、メアリ教国以外の将官たちは、既にその場に集まっていた。


「貴官がアレク殿か。私はハミルトン。アルドニア王国軍の総司令官だ。こちらが副官のブライス将軍だ」


「よろしく頼むぞ」


 前回、アルドニア王国を訪れた際、タイミングの関係で面会することが叶わなかった同国の総司令官と副官が挨拶をする。


 あくの強い(・・・・・)他の中央六国の将たちに比べ、この二人は極めて平凡な印象を受ける。


 武将が放つ強烈なオーラというか、覇気というか、そういったものが、この二人にはまるで感じられない。


 それもそのはず。


 現在のアルドニア王国は著しく政治腐敗が進んでおり、同国の実権は国王ではなく、宰相のブルボン卿が握っているのだ。


 ゆえに、同国の政治および軍部における上級職は、軒並みブルボン派閥により固められているのだ。


 無論、アルドニア王国が中央六国最大最強の国家であることには違いない。


「十将」と呼ばれる将軍たちをはじめ、優秀な人材も多く揃っている。


 が、それを率いるものが、軍才ではなく、「お手盛り」で選ばれた将官と言うのは何とも頼りない。


 これが今回の神聖十字軍全体にとって「凶」と出なければよいが……。


 バサッ。


 そんなことを考えていると、天幕を分けて、ついに、今回の神聖十字軍全軍総大将「五聖将」ジュリアン=サラザール卿がその場に現れた。


「……」


 彼はほんの一瞬、睨みつけるようにこちらを見たが、まるで「この前」のことなどなかったかのように、尊大な態度で話し始める。


「よく来てくれた。僕が今回の全軍総司令官を預かった、『神童』ジュリアン=サラザールだ。皆、今回の戦争では、僕の手足となって、全力で働いてもらうことを期待する」


 彼はそう挨拶をしてから、作戦案を説明し始めた。






 その内容は、以前俺が提示した策そのものであった。


 すなわち、中央ルート・南ルートに固まって布陣する魔王軍に対して、意表をついて北方の山脈ルートから「山越え」し、魔王国への侵入を試みるというものだ。


 これは、俺の策が採用されたというよりも、サラザール卿が前回あのような(・・・・・)状況であったため、まともに作戦を立てられず、俺の策を「採用せざるを得なかった」と言ったところであろう。


 まぁ、理由はともあれ、三つのルートの中では(比較的)損害が少なくて済むと考えられる「北方ルート」が採用されたのは幸いであるというべきか。


 ところが……。


「北方山脈ルートには、ケルン公国軍、タイネーブ騎士団軍、シーレーン皇国軍、そしてエルトリア軍の4か国軍が、『先遣隊』として侵入する」


「なっ!?」


 サラザール卿の提案に、思わず声が出る。


「先遣隊の魔王国突入が成功し、安全が確保されたのち、残るユードラント共和国、アルドニア王国、そして我が神聖メアリ教国本軍が後続部隊としてそれに続く形を取る」


 サラザール卿は怨みのこもった嫌みたっぷりの視線をこちらに向けながら、そう言い放つ。


 つまりこういうことだ。


 俺たちメアリ教国軍(と、アルドニア、ユードラント軍)は後ろの安全なところで待機しているから、お前たち(ケルン、タイネーブ、シーレーン、そしてエルトリア)だけで魔王国への突入ルートを確保せよ。


 さすがにこの理不尽極まる提案には、諸国の将たちも憤る。


「そんなバカな話があるか!?」

 ケルン公国総大将、ドグラ将軍が大声で怒鳴る。


「我々はメアリ教国の呼びかけに応じて今回の神聖十字軍に参加しました。協力国を危険にさらし、自身は安全な後方に下がっておられるなど、とてもまともな思考回路とは思えません。メアリ教国軍こそが先頭に立って、全軍の先駆けとなるべきでは?」


 シーレーン皇国の副官、大賢者クレイオンが静かに、しかし多分に毒を帯びた口調で淡々と正論を述べる。






「黙れ!!!!」


 サラザール卿が突如、机を叩きつけて大声を張り上げる。


「き、君たちは属国の将の分際で、僕に、史上最年少の五聖将であり、『神童』と呼ばれるこの僕に、さ、逆らうというのか!?」


 どうにも様子がおかしい。


 この前ほど(・・・・・)ではないものの、サラザール卿は軽いヒステリック状態だ。


「まぁまぁ、皆さま。落ち着きましょう」

 ユードラント共和国の「大傭兵団長」ベルモンド卿がニヤリと笑いながらその場をなだめる。


「サラザール卿の作戦は、アレク殿の原案を修正されたものです。万が一、全軍で北方ルートに侵入し、敵の待ち伏せ等にあったら、『全滅』する恐れがあります。それを避けるために、部隊を分けるというのは、私は素晴らしい案だと思いますが」


「う、うむ、ベルモンド卿のおっしゃる通りですな」

 アルドニア王国総大将、ハミルトン大将軍はハンカチで汗を拭きながら、挙動不審な様子で、ベルモンド卿に追従する。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」


 ヒステリックは収まったが未だ興奮状態のサラザール卿が、肩で息をしながらこちらを睨みつけている。




 ま、まさか、この3か国は……。


「では、サラザール卿のご提案を、『投票』にかけますかな?」


 ベルモンド卿が勝ち誇ったように言う。


 神聖十字軍では、意見が割れた時、「投票制度」により進退を決定する仕組みがある。


 中央六国各国の議決権は1票だが、宗主国であるメアリ教国だけは3票の権利を有する。


 つまり、この提案に反対のエルトリア・ケルン・タイネーブ・シーレーンが4票。


 対して、この提案に賛成のユードラント・アルドニアが2票。そしてここにメアリ教国の3票が加わり、5票で、この作戦案は「可決」となる。


「そ、そんなバカな……」

 タイネーブ騎士団領の「人間戦車」ことセオドール将軍が絶句する。




 サラザール卿が、ずかずかと俺の方に寄ってくる。目つきがおかしい。


「僕のシルヴィが『あんなこと』言うはずがない。お、お前がシルヴィをおかしくしたんだ」


「お前が死ねば、シルヴィは元の優しいシルヴィに戻ってくれるはず。そうだ、そうに違いない。お前を殺してやるぞ。死ね! 死ね!!」


 彼は俺だけに聞こえるように小さな声で、しかしはっきりと、まるで呪いの言葉でもぶつけるようにそう呟くのであった。


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