第81話 神聖十字軍「一輪の花」①
「皆さま。どうかご無事で。我々エルトリアの子女たちは、勇敢なる兵たちが一人でも多く、祖国に生きて帰ってこられることを心から願っております。祖霊の加護がありますように」
シルヴィの演説が終わると、会場から割れんばかりの喝さいが巻き起こる。兵たちの士気も最高潮だ。
時は第4歴1299年9月17日午前10時。
ついに、メアリ教国より「神聖十字軍」が発令された。
この召集令状に基づき、我がエルトリア軍も、これから魔王国へと兵を進めることになる。
「エルトリア軍! 万歳!!」「アレク将軍! 万歳!!」
大通りには大勢の見送りの人々が詰めかけている。
「モートン、ちゃんと帰ってくるんだよ!」
「ありがとう。母ちゃん、行ってきます!」
「お父さん、必ず帰ってきてね」
「あぁ、行ってきます! 俺がいない間、ちゃんと母ちゃんのいうことを聞くんだぞ」
見送りの人々が、それぞれの「愛する人」たちに様々な言葉を投げかけ、そして「一輪の花」を戦地へ向かう兵士に手渡している。
受け取った兵たちはそれを胸に差し、必ず生きて帰るとの誓いを立てるのだ。
「アンタ! しんだら承知しないからね!!」
「ゲッ! クレア!? 恥ずかしいからやめろよな~」
向こうで、クレアちゃんがナユタに花を渡している。周りの兵たちが、「お似合いだぜ」「くぅ~羨ましい」なんてはやし立てながら爆笑しているのが聞こえる。
「アレク様、どうかご無事で」
パメラさんが人ごみをかき分け俺の元へやってきて、一輪の花を渡してくれる。彼女はもうすでに半分泣いている。
「ありがとう。パメラさん。必ず帰ってくるから、そしたらまた、牧場の動物たちの話を一杯聞かせてね」
「はい! 必ず!!」
そう言って、彼女はほんの少しだけ笑顔を見せる。
「アレク様!」
シルヴィだ。
彼女は俺のところまでやってくると、「アネモネの花」を手渡してくる。色は紫。
アネモネの花言葉は、「あなたを愛しています」
そして紫の場合は「あなたを信じて待つ」という意味も加わる。
「ありがとうシルヴィ。約束は必ず果たす」
「えぇ、約束ですよ。アレク様。どうか、ご武運を」
シルヴィは意外に落ち着いている。それは「信頼」しているからこその態度といえよう。「待つ者」としての彼女の覚悟だ。
さぁ、名残惜しいが、いつまでもこうしているわけにもいくまい。
俺は大きく息を吸い込むと、広場全体に聞こえるような大声で言い放つ。
「エルトリア軍! 全軍出陣だ!!!」
9月17日。午後1時
エルトリア軍。バルマ砦を通過。
「エルトリア軍、万歳!」
バルマ砦から、居残り組の兵士たちが歓声を上げ、旗を振って見送っている。
今回の戦争で、第一軍~第五軍までのうち、戦争に参加するのは第二軍、第三軍、第四軍の3軍だ。
グレゴリー卿率いる第一軍と、ガロン弟率いる第五軍は、エルトリア王国に駐留することになる。
これは神聖十字軍による派兵で国内ががら空きになった隙をついて、ダルタ人勢力圏から攻撃されたりする事態を防ぐためだ。
それともう一つ……。
「予定通り、第五軍には南方のキュレンダールの長城へ入ってもらい、ダルタ人を警戒させます。そして第一軍は、北方のカルデア城塞に入城してもらい、ユードラント共和国を警戒してもらいます」
第二軍の隊長、ダイルンが俺に報告する。
そう、今回国内駐留部隊にはダルタ人の他にも、ユードラント共和国を警戒してもらう狙いがある。
神聖十字軍では連合軍としてともに戦う仲ではあるが、彼らとはつい数か月前まで戦争をしていたのだ。
「仲間だと思って信じていたら、戦争のどさくさに紛れて王国北部を占領されていました」では笑い話にもならない。
だが、逆を言えば、そんな連中と肩を並べて魔王国の奥深くへと侵攻していかなければならないということでもある。
俺は後ろに続く行軍の列を見渡す。
まだ戦場まで遠いこともあって、エルトリア軍の兵士たちは、思い思いに談笑しながら、リラックスした様子だ。
皆、先ほど受け取った色とりどりの花を胸に差している。
あの一つ一つの花すべてに、それぞれの兵たちの帰りを待つ、それぞれの家族や友人、恋人たちの「願い」が込められているのだ。
彼らを無事に、それぞれの「待つ人」たちのもとへ帰らせてあげるのが、この戦争における俺の最大の使命だ。
断じて、魔王国を侵略することなどではない。
俺は誓いを新たに、魔王国が存在する「東」へ向けて、進軍を再開するのであった。
シルヴィの送った花の花言葉をもう少し詳しく解説させていただきます。
紫のアネモネの花言葉は「あなたを信じて待つ」ですが、この場合「信じて待つ」の対象が、「アレクが戦場から帰ってくること」の他にもう一つのことを意味しています。それは第76話で、初夜を捧げようとしたシルヴィに対し、アレクが「もう少しだけ待ってほしい」。と答えております。これに対するシルヴィの返事が、この花言葉であるという訳です。だからアレクは、「必ず帰ってくる」ではなく、「約束は果たす」と誓いを立てているわけです。