第6話 魔王様、農地改革を行う①
「うわぁ。甘くておいしい♪」
シルヴィがお子様のように満足げにソフトクリームを召し上がっていらっしゃる。
確かに絶品だ。
濃厚でクリーミーなソフトは栄養満点で、ワッフルコーンもパリパリ、あっという間にぺろりと平らげてしまう。
俺たちはパメラさんに連れられてメルベル牧場へとやってきた。
「娘の命の恩人ですから、こんな牧場でよければ、いくらでも見学していってください」
パメラさんの父親で牧場主のバーノン氏も俺たちを歓迎してくれたので、ありがたく施設内を見学させてもらっている。
エルトリア城南東に位置するメルベル牧場は、王都への畜産物の供給を担う大きな牧場だ。牛、馬、羊、山羊、鶏と様々な動物の飼育を行っている。
そこで採れたミルクや卵、さらには加工されたチーズやバター、ヨーグルトなどなどを毎朝王都に販売に行くそうだ。
ちなみにメルベル牧場特製濃厚ソフトクリームは数量限定品で、毎日一瞬で完売してしまうほどの人気らしい。
「ぜひお城じゃなかった私の屋敷にも届けてほしいものです。執事にお願いしなくちゃ」
シルヴィさん、ほっぺたにクリームがついてます。
「ありがとうございますぅ。でもでもこれ以上牛さんを飼うと経営が大変なんですよ~」
パメラさんが答える。
「そうなんですか? 広大な牧場だし、まだまだ余裕がありそうですけど?」
俺はまわりを見渡す。スペース的にはまだ全然余裕そうなのだが……。
「違うんですよ~。飼料の牧草が高騰してて、エサ代だけで家計がピンチなんですぅ」
パメラさんがフルフルと頭を振りながら答える。
「そ、そうなんですか? 町で小麦が高騰しているという話も聞きましたが、何が原因なんでしょうか?」
シルヴィが真剣な顔で質問する。
「う~ん。それは……」
パメラさんは少し困った顔をしてから話を続ける。
「貴族の方たちと商業ギルドさんのせいですよ~」
「前の王様が亡くなってからすごくすご~く税金が高くなったんです。農家の方も、豊作なのにほとんど全部貴族に取られてしまってるんですぅ。」
「あと、商業ギルドが日用品の値段を高くしてるんでぇ、物価も上がりましたねぇ」
「あっ、これ人前では内緒ですよ。貴族の方たちの悪口をいうとどこかに連れていかれて二度と帰ってこれなくなるのでぇ」
パメラさんが指を口に当てて「し~っ」のポーズをしながら俺たちに言う。
ついに答えにたどり着いた。
なぜ、豊作なのに小麦の値段が高騰しているのか。なぜパン屋や牧場が繁盛しているのに儲かっていないのか。
原因は大貴族たちと商業ギルドにある。
つまり、豊作であるが貴族が年貢として要求する超税額が著しく増加しているため、農家は貧しいままである。→よってパンの原料の小麦や家畜の飼料である牧草が高騰。
さらに、商業ギルドが日用品の販売を独占しており、意図的に値段をつり上げて荒稼ぎしている(恐らくこちらにもバックに大貴族がついているのだろう)ため、一般庶民の生活は苦しくなる一方なのだろう。
「そ、そんな!」
シルヴィが悲痛な顔をする。
無理もない。父や兄が亡くなるまで政治の「せ」の字も知らなかったのだ。
王位継承後わずか一か月でそれを背負わせるのはあまりに酷だ。
俺たちはパメラさんに丁寧にお礼を言って、メルベル牧場を後にした。
―― 「貴族の徴税権を放棄させる、ですか……」
「はい! 町の人たちが困っているんです!」
ここはエルトリア城会議室。
城に帰ってすぐにシルヴィの緊急招集によって前回のメンバー(今回はルナも参加している)が集められた。
「お気持ちはよくわかります。しかし……」
ウォーレン伯が渋い顔をしている。
何が言いたいのかはよくわかる。
そんなこと、ベルマンテ公やへクソン侯が許すはずがなく、下手をすれば大貴族派と全面戦争になってしまうからだ。
「上等! 今こそ悪の大貴族どもに正義の鉄槌を下してやりましょう!」
アルマンド男爵が息巻く。
「いや、自殺行為だ。気持ちは判るが、それだけは絶対にやってはいけない」
モントロス子爵が男爵をなだめる。
そう、現時点では、非常にまずい。
例えば、シルヴィが「税額を下げる」命令を出し、俺が魔王の力で大貴族たちにこれを強要する。
物理的には可能だが、これをやった瞬間にエルトリア王国は崩壊するだろう。
大貴族たちは、「税金で私腹を肥やしている無能なバカ」では決してない。(もちろんそういった面も否定はできないが……)
彼らは領地の徴税権を得る代わりに、王より警察、裁判、行政など様々な仕事を任されているのだ。
現状、これらのほぼ全てを大貴族派が取り仕切っている。
こんな状況で王女派が大貴族派の徴税権を取り上げたらどうなるか?
最悪内戦に突入、良くても大貴族派は仕事をサボタージュするだろう。
大貴族派が放棄した仕事を王女派が代行できる力は現時点では皆無だ。いくら魔王がいてもこの人数で国内の仕事すべてを回せるはずがない。
逆に言えば、「王女派で国内を問題なく取り仕切ることができる」程に力がつけば、その瞬間に大貴族派は不要となる。
つまり、その瞬間に我々王女派の勝利が確定し、大貴族たちを強制排除できるのである。
それまでは、大貴族たちと可能な限り対立を避けるべきである。
「で、でも!」
シルヴィが悲痛な声で訴えかける。
実際に民の惨状を目の当たりにしたからこそ、なんとかしたいという気持ちが強いのだろう。
よし! こういう時のための参謀だ!
「ウォーレン伯、モントロス子爵のおっしゃる通りです。現状、大貴族たちから徴税権を奪うことは不可能です」
俺ははっきりと告げる。
「そんな、アレク様!」
「なので、『税金を下げずに、民の生活を向上』させましょう」
俺はシルヴィに目配せする。
「何かいい方法を思いつかれたんですね」
それまで黙って聞いていたルナが俺の様子を見て目を輝かせる。
「名付けて、『所得倍増・農地改革』です!」
俺は高らかに宣言する。