第73話 魔王様、アルドニア王国を訪問する⑥「宿敵との対面」
「侵攻作戦は、北の『山脈ルート』を採用するしかないでしょう」
俺は皆に向けてハッキリと告げるのであった。
「そんな! いくら何でも無謀です」
クレイオンが即座に反対する。
無論、それは俺もわかっている。
山脈の行軍は、地形的には下策中の下策だ。
道が狭いため全軍が間延びし、敵の待ち伏せにあった場合に壊滅的な被害を受ける危険がある。
急こう配な山道は、兵糧などの補給物資を運搬する上でも難易度が跳ね上がる。
土砂崩れ、道の崩落。
ほかにもリスクを上げればきりがない。
おまけに、侵攻作戦の開始時期が秋から冬にかけてであり、雪が降り積もる中の行軍が予想される。
雪崩、遭難のリスク、凍傷、困難なルートを困難な時期に選択するのは、あまりにも危険だ。
だが……。
「敵も思うでしょう。この時期に、『山脈ルートを選択するはずがない』と。だからこそ奇襲が成立するのです」
魔王軍の目は、現在、「中央」から「南」へ向いている。南方ダルタ人との勢力争いが激化しており、同地域にイザベラ=ローレライを派遣しているのが何よりの証拠だ。
そして、今年初めにオークの襲撃事件がケルン公国の国境線沿いで発生していたという情報。ケンタウロス騎士団がイカルガ城塞の手前、タイネーブ騎士団領の目と鼻の先で大規模な軍事演習を行っていたという情報を以前に入手している。(※第31話、32話参照)
オーク襲撃事件にジオルガ=ギルディが、ケンタウロス騎士団の軍事演習にダンタリオンがかかわっているとするならば、3人の四天王のうち2名が南方に、1名が中央にいることになる。
だから北は元々手薄なのだ。
更に寒さの厳しい時期、普通に考えたら、「こんなところから敵が侵入してくるはずがない」と誰もが考える。
奇襲とは、敵の予期しない時期・場所・方法などにより攻撃を加えることだ。
更に、敵が想定していなかった場所に新たに戦線を構築することは、敵を後手後手に回し、戦局を有利に進めるという点でもよい手だ。
「狙うは、魔王国北方の要衝、要塞都市『トラキウム』です」
俺は皆に「戦略目標」を伝える。
トラキウムとは、魔王国北方の重要拠点となる都市だ。今回の侵攻作戦では、北方のノア山脈を抜けて魔王国に突入し、要塞都市トラキウムを奪還し、ここを中央六国側の「前線基地」として不動の拠点にすることが目標だ。
ここを確保することで、今後、再び魔王国への侵攻作戦を実施する際、北から安定的に魔王国に突入することが出来るようになる。(これが成功すれば神聖メアリ教国を利することになってしまうが、見方を変えれば、ロドムス率いる現魔王国政権を弱体化させることにもつながる。俺にとっても、完全に「悪い話」ではないという訳だ)
「メリットは十分にわかります。しかし、それを差し引いても、危険性の方が……」
クレイオンはまだ渋っているようだ。
「ご心配なく。俺と、ここにいる副官のレナは、多少あのあたりの地形に詳しいもので……」
魔王と四天王だ。当然自国の地理には詳しいし、あのあたりの地形での軍事演習も何度も実施している。土地勘がない人間が進軍するより、危険度はかなり抑えられる。
「ですが、死者の国に不穏な動きも……」
なお食い下がるクレイオン。
「私は良い作戦だと思います」
流れを変えたのは、何と、あのシドニア=ホワイトナイトであった。
「もし、アレク殿の言うように、安全に北のノア山脈を抜けることが出来るというのであれば、戦略的一手としては悪くない選択です」
「フム、確かに」
「少なくとも、中央、南ルートに比べれば、妥当かもしれんな」
列国の将たちも口々に賛成の言葉を述べ始める。
「ですが……」
「いい加減に諦めな。クレイオン」
なおも渋る副官に対し、シーレーン皇国の総司令官、「怖しの魔女」ゾーヤが告げる。
「アレク坊やの意見の方が『筋』が通っている。アンタの言う、死者の国に『不穏な動きがある』ってのは現時点じゃあ、まだ『憶測』の域を出ないよ」
この一言で、完全にこの場の流れは決まった。
「善し、成ったな」
ベルモンド卿が満足そうに告げる。
「ワシも異論なしだ」
ドグラ将軍が賛同の意を告げる。
「同じく」
セオドール将軍がそれに続く。
「まぁ、いいだろう。乗ってやるよ」
最後に魔女ゾーヤが意思表示したことで、この場の意見がまとまった。
「では、『中央六国』としては、北方、ノア山脈を抜けるルートを推薦します」
こうして、会議は無事に終了した。明日以降、アルドニア王国と、神聖メアリ教国を交えたうえで最終的な作戦計画を決定することになる。
「アレク様、お見事でしたね」
会議が終わった後で、ルナが俺に話しかける。
「あぁ、何とか四天王の網をかいくぐって、早期に今回の神聖十字軍を終わらせることが出来れば上々だ」
冬の雪山を行軍するのだ。どんなに注意していても、多少の犠牲は絶対に出るに違いない。
それでも、四天王とぶつかるよりははるかに「まし」だ。
今回の神聖十字軍、何としても四天王と激突するような事態だけは避けたいものだ。
そういう意味では、先ほどの会議、出だしとしては「悪くない」結果と言っていいだろう。
会議が終わって室外へ出ると、既に「いい時間」になっており、夕暮れ時の太陽がシルベス湖を朱く染めて、幻想的な雰囲気を作り出していた。
この後夕食だが、宗主国である神聖メアリ教国およびホスト国であるアルドニア王国の代表団がまだ到着していないので、宮中での大晩餐会は明日になるとのことだ。
今日は各国、国ごとに「ささやかに」夕食を済ませることになる。
俺とルナは、エルトリア王国の夕食会場へ向かう。
「ぜ、全然『ささやか』じゃなかった……」
そこらへんは流石アルドニア王国。用意された夕食は、高級アルドニア料理のフルコースであった。
お品書きは……。
・アミューズ ブーシュ
・エビとアスパラガスのテリーヌ
・茸とほうれん草のクリームスープ
・スイショウマスのムニエル ホワイトソース仕込み
・グラニテ
・虹色鳥のもも肉のコンフィ ローズマリー添え
・季節のデザート
・コーヒー
といった具合だ。
スイショウマスや虹色鳥はアルドニア料理にも使用される。一般人の釣りや狩猟が禁止されている一方で、貴族の晩餐会には普通に饗されているというのは、やはり何とも複雑な気分になってしまう。
「あれ? そう言えばシルヴィは?」
俺はハッと気づいてあたりを見渡す。
会場には俺とルナ、それに別室で待機していたグレゴリー卿をはじめとするエルトリア軍将官の面々が一堂に会しているが、国家元首であるはずのシルヴィの姿がどこにもない。
「シルヴィア姫様は、今夜神聖メアリ教国の方々と夕食を伴にされるため、こちらにはいらしておりません」
従事が俺に説明する。
な、なんだって? 昼食のことといい、「そんな話」は何も聞いていないぞ。
何やら嫌な予感がする……。
おかげでせっかくの夕食もあんまり楽しめなかった。
食事が終わって、用意された客間に案内されたが、全然くつろげない。
昼間、シルヴィが、「後で相談したいことがある」と言っていたので、彼女が訪ねてきてくれるのを自室で大人しく待つしかない。
そわそわと時計ばかり見ながら、時間が過ぎていくのを待つ。
時刻は間もなく深夜0時をまわろうという頃。
コンコンコン
「アレク様、いらっしゃいますか?」
ドアをノックする音に続いて、ようやく待ちに待った彼女の声が聞こえる。
俺ははじかれるように立ち上がり、扉を開ける。
「やぁ、シルヴィ。遅かったね。どうしたの? とりあえず中に入りなよ」
「あ、あのですね……。アレク様……。じ、実は……」
しかし、彼女は部屋の前で立ち止まり、何やらバツが悪そうに、伏し目がちに言いよどんでいる。
その時
「シルヴィ! こんなところにいたのか」
若い男の声が聞こえる。
「ダメじゃないか。君は『光の巫女』として僕のパートナーになるんだから、一人で他の男の部屋を訪ねるなんて!」
男はそう言いながら近づいてくる。
少しカールした金髪。整った顔立ち。白地に金の細工が施された派手な鎧を身にまとっている。
ビクッ!
おびえた様子のシルヴィ。
すがるような目で俺を見つめてくる。
「君は何者だい? 僕のシルヴィと、一体どういう関係だい?」
男は目の前までやってきて、俺に詰め寄る。
「おっと、『人にものを尋ねる時は、まず自分から』だっけね」
俺が何も答えぬ間に、男はそんなことを言い始め、自らの「素性」を明かす。
「僕はジュリアン=サラザール。神聖メアリ教国の『五聖将』にして、魔王を討ち滅ぼす使命を負った『光の勇者』だ!」
※注意!
この作品は、「戦争」を扱っている関係で、人が死亡する描写は存在します。しかし、ヒロインが奪われるといったような鬱展開は決してありませんので、その点は安心してお楽しみください。突然現れて意味不明なことを言い始めたこのバカヤロウを、次回以降でアレク様が懲らしめていってやりますので、どうぞお楽しみに!