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第69話 魔王様、アルドニア王国を訪問する②「歪んだ格差社会」

 アルドニア王国王都クレムドール。


 南門から街に入った俺たちは、先導の兵士と出迎えたアルドニア王国の文官の案内で、湖にかかる橋がある「西区画」を目指す。


 中央六国すべての国から国家元首が来訪するということもあって、街は「厳重警備」そのものだ。


 至る所に衛兵が配置されており、交通規制もなされているため、こんなに大きな街なのに、目抜き通りには人っ子一人おらず、がらんと遠くまで見渡せる。(もっとも、大通りから外れた脇道には、野次馬が大勢詰めかけ、歓声を上げている)


 大通りを真っすぐ見ると、はるか遠くにシルベス湖が輝いているのが分かる。


 さすがに、魔王国帝都エルダーガルムほどではないが、それでもかなり大きな都市であることは間違いない。(少なくともエルトリア王国の王都よりははるかに大きい)


 街は碁盤の目のように綺麗に区画ごとに整備され、「秩序」や「規範」を象徴するかのようだ。


「もうすぐ、シルベス湖の中心に浮かぶ、ロイヤル・デサント宮殿へ架かる『橋』が見えてきます」


 案内の兵士が説明する。


「皆さまご存知だとは思いますが、念のため……。シルベス湖はアルドニア王家にとって、極めて神聖な湖です」


「そのため、湖での遊泳、ボートその他の水遊びは一切禁止。見つかった場合は即刻『打ち首』となります」


「えぇ!? マジかよ! たったそれだけで!?」


 ナユタが素っ頓狂な声を上げる。


「ごみの投げ捨ては『両腕切断』、湖につばを吐きかけただけでも『百叩き』の刑です」


「昔、酔っ払って湖目掛けて立小便をしたバカがいたらしいぜ。見つかってそいつがどうなったと思う?」


 ワルターがニヤリと笑いながら、股間を指さし、「はさみでちょぎる」仕草をする。


「ゴ、ゴホン」

 兵士が咳払いをしてから、説明を続ける。


「また、湖での漁業や、水辺の野鳥を捕まえることも禁止です。これも見つかった場合は『死刑』となります」


 だが、貴族や王族、あるいは彼らから許可を受けたごく一部の富裕層だけは、湖で釣りをしたり、野鳥を弓矢で撃ったりしても「おとがめなし」だ。(むしろ、シルベス湖での釣りや狩猟は、アルドニア王国の貴族や王族たちにとって、メジャーな「娯楽」だ。どう考えても理不尽な法律だが、郷にいては郷に従うほかはない)


 そしてこれまた皮肉なことに、シルベス湖で採れるスイショウマスという魚は「観賞用」として、虹色鳥(にじいろちょう)という鳥の羽毛は「羽帽子」として世界中の貴族や王族たちに愛されている。


 つまり、これらを狙った「密漁」が後を絶えないのだ。


 見つかれば間違いなく死刑だが、闇ルートでこれらを捌くことが出来れば巨万の富を得ることが出来る。(この街の北区画には「スラム」がある。貧しい人々が一攫千金の夢を見て、「密漁」に手を染めるのはある意味「当然」のことであろう)


 そんな理由もあって、毎年多くの密漁者が不法にシルベス湖に侵入し、そして捕まり、ギロチン台に送られているのだ。


 シルベス湖は、「世界一大きな淡水湖」であると同時に、「世界一人を殺してきた湖」でもあるのだ。(「(おぼ)れる」という理由ではない。「死刑」によってだ)


 俺に言わせれば、「無意味」な法律だ。「神聖な湖」だか何だか知らないが、そんな理由(・・・・・)で人を殺していいはずがない。


 この悪法を撤廃し、まっとうな業者に許可を与えて操業させれば、スイショウマスや虹色鳥は立派な産業になるし、それで多くの庶民が生計を立てることが出来るはずだ。


 スラムができるほど経済格差があるのに、それを是正するどころか、「法律」に乗っ取って貧しい人々を「密漁者」として処刑している。


 この国の「歪み」が透けて見えるようだ。


「見えてまいりました。あれがロイヤル・デサント宮殿と、そこへ向かう橋、ホワイトローズ・ブリッジです」


 目の前に、白く美しい巨大な橋が架かっている。橋の欄干(らんかん)や手すりには、橋の名が示す通り、薔薇(ばら)の美しく繊細な彫刻が施され、路面にはタイルを用いたモザイク画が描かれている。


 トーマス・マッツォというアルドニアの著名な芸術家の作品だ。


 橋の入口のところに巨大な門があり、屈強そうな衛兵が並んでいる。


 この橋を渡ることが出来るのは、アルドニア王国の貴族や王族、または許可を受けた一部の富裕層、それに俺たちのような外国から招待された訪問団だけだ。


 ケルン公国の王都、ポルト・ディエットの場合は、第一階層が貴族のフロアであると言っても、一般人や冒険者も出入り自由であったが、それとは対照的であると言えよう。(※第36話、37話参照)


 この国では、宮殿に住む「貴族や王族」、西区画の高級住宅街に住む「富裕層」南区画に住む「平民」、そして北区画のスラムに隔離された「貧民」という身分の違いが、よりはっきり現れている。


 我がエルトリア王国や、隣国のケルン公国では存在しない光景だ。


 そんなわけで、護衛として連れてきたエルトリア軍の一般兵士などはここから先のフロアへ入ることが出来ない。


 彼らを残し、俺やシルヴィ、そしてルナと各軍団の隊長、副長クラスまでの面々が、橋を渡り、ロイヤル・デサント宮殿へ向かうことになる。


「開門!」


 橋の前の門が開かれ、ついに、奥にロイヤル・デサント宮殿が姿を見せる。


「なんとまぁ、豪華絢爛な造りだこと」


 第五軍の隊長、ガロンの弟の方が、半分感心したような、半分呆れたような声を上げる。


 シルベス湖の中に浮かぶ島が丸ごと一つ巨大な宮殿になっており、まさに「アルドニア芸術の粋」を結集したような佇まいだ。


 雲一つなく晴れ渡る空、美しい湖の青、湖畔の木々と、巨大な宮殿のコントラストは、思わず息を飲んでしまうほどの「壮観」だ。


 だが、これが先に小耳にはさんだ、「数えきれないほどの市民の犠牲」の上に成り立っているものだと考えると、素直に感動できないというのもまた事実だ。


「さぁ、観光気分はこれぐらいにしておけよ。これから、『神聖十字軍』の具体的な戦闘陣容に関する話し合いだ」


 ガロン兄が、弟をたしなめる。


 そう言うことだ。ここで決定される作戦や、その中でエルトリア軍が担当する役割が、我が軍の「生存率」を大きく左右することになる。


「危険な配置」や「無茶な任務」はどの国の軍隊もやりたがらない。


 魔王国に対する連合軍とはいっても、普段いがみ合っている国同士もあるのだ。当然、イヤな役回りの「押し付け合い」も存在する。


 注意深く、うまく立ち回り、なんとかエルトリア軍におよぶ危険を少しでも少なくしたいものだ。


 橋を渡り切ったところで、ロイヤル・デサント宮殿の正門にたどり着く。


 もうすでに「戦争」は始まっている。


 俺は改めて気を引き締めて、宮殿に足を踏み入れるのであった。


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