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第68話 魔王様、アルドニア王国を訪問する①「王都クレムドール」

 7月11日。早朝。デメトール山岳地帯。山頂の山小屋。


「以上が魔王国の近況になります」


 俺とルナは、戦争前最後の(・・・・・・)クロエの報告を受け取る。


 この後、俺とルナが所属しているエルトリア王国と、クロエが所属している魔王国は、「神聖十字軍」を通じて「戦争状態」となる。


 以後、情報漏洩や敵国のスパイを警戒して、両国間の出入りはこれまで以上に厳しくなる。


 少なくとも戦争が終わるまでは、これまでのような形でクロエと「密会」し、魔王国の情報を入手することはできなくなるだろう。


「最後に、ヴァンデッタ様から魔王様宛にお手紙を賜っております」


 クロエが俺に手紙を渡す。


 ヴァンデッタは、魔王国に代々伝わる「魔剣」の制作者であり、遥か昔の「創成暦」のころから生き続ける(いにしえ)の魔族だ。


 ロドムスではなく、俺が現在も正当なる「魔剣」の所有者であると公言するなど、俺のことを支持してくれている協力者の一人だ。


 だが、彼女は、魔王国において知らぬものはいないほど有名であり、その影響力も絶大であるがゆえに、ロドムスが実権を握った現在の魔王国においては、半ば「幽閉状態」となっている。


 だから彼女と直接会うことはできず、こうしてクロエを通じてメッセージを受け取るぐらいしかやり取りをする方法はない。


「……」


 俺はヴァンデッタからの手紙に目を通す。


「了解した。ありがとう、クロエ」


「では、魔王様、ルナリエお嬢様。どうか、ご武運を」


 クロエが深々と頭を下げる。


 彼女と次に会うのは「戦場」しかも「敵同士」だ。


 無論、エルトリア軍とクロエ率いる魔王国空軍(今は前団長ルナの逃亡により、魔王国空挺師団に格下げとなっているが……)が、広大な戦場において「直接」対峙する可能性は低い。


 が、決して、「ありえないこと」とも言い切れない。


「その時はコチラで何とかしますから。魔王様はとにかく、敵にも味方にも『正体』がバレないよう十分にお気を付けください」


 クロエが俺に言う。


「あぁ、ありがとう。クロエ」


「あんたも気を付けなさいよ」


 ルナがクロエに優しく声をかける。


「嗚呼、ルナリエお嬢様がクロエに優しい言葉をかけてくださるなんて! クロエはもう、それだけで達してしまいます!」


「あんたって子は……」


 ルナがいつものごとくツッコミを入れるが、いつもの(・・・・)勢いがない。


 ルナについては、ある意味俺より深刻だ。


 魔王国空挺師団と激突した場合、クロエをはじめとする彼女の直属の部下と「殺し合い」をしなければならないかもしれないからだ。


「大丈夫だよ。ルナ、クロエ」


 俺が二人に声をかける。


「君らが戦うような事態には絶対にさせない。俺が約束するよ」


「ハイ! アレク様」

 ルナが勢い良く頷く。その眼には、俺に対する全幅の信頼が宿っている。


「ありがとうございます。魔王様」

 クロエが深々と頭を下げる。いつも通り(・・・・・)に振る舞ってはいたのだが、彼女が不安を抱えていたことが分かる。


「では魔王様、ルナリエお嬢様。お元気で」


 そう言い残し、クロエは飛竜を駆って朝もやの中に消えていった……。













 あれから約二週間が経過した7月23日。


 俺たちは今、アルドニア王国の王都クレムドールに向かって馬車で旅をしている。


 今回の神聖十字軍の開始時期・期間・戦略目標・戦術など「具体的な」内容について、各国の首脳・最高司令官クラスを交えて決定していくための会合が同国で開かれるからだ。


 今回の旅に参加しているのは、国家元首であるシルヴィと、俺やルナをはじめとする「軍部」の人間たちだ。(ウォーレン侯をはじめとする貴族たちは、今回の訪問団に参加していない)


 今、俺たちが訪れているアルドニア王国は、中央六国最大最強の国、位置的にはエルトリア王国の西に広がっている。


 エルトリア王国の10倍以上の国土、経済規模、軍事力を誇り、農業・工業ともにバランスよく発達している。さらに学術・芸術・音楽・食文化・観光資源などなどにも非常に恵まれている。


 また、中央六国の中では最も「神聖メアリ教国」との結びつきが強く、そう言った理由(・・・・・・・)もあって、中央六国同士の「首脳会議」や「サミット」が開催される場合、同国で開催されることがほとんどである。


「見えてまいりました。アレがアルドニア王国の王都クレムドールです」


 案内の兵士が指さす。


 平原の向こうに、地の果てまで広がっていると思われるほどの大きな街が見える。


「すっげ~! オラこんなでけぇ街初めて見ただ!」


 第五軍副長、巨漢のモームが素っ頓狂な声を上げる。


 ケルン公国の片田舎から出てきた彼は、こんな巨大な街を見るのは初めてなのだろう。


 エルトリア王国の王都はもちろん、ケルン公国の首都、ポルト・ディエットよりも更に大きい。圧倒的なスケールだ。


「あれはなんでしょうか、河に見えますが?」

 第三軍副長、ニールが遠く地平線を指さす。


 確かに、街並みの向こうに、かすかにキラキラと大きな河のようなものが見える。


「あれは湖です」


 兵士が説明する。


「アルドニア王国の王都クレムドールは、世界一大きな淡水湖である『シルベス湖』のまわりに作られた街です。湖をぐるりと取り囲むように街が広がっています」


「ってことはここから見えているのは街の一部だけということですか!?」

 第四軍副長、ウィルソンが驚きの声をあげる。


「はい、今見えているのは、『南区画』です。クレムドールは湖を円形状に取り囲み、東西南北、そして王城の5つの区画に分かれているのです」


 兵士がそれぞれの区画について説明を始める。


「今見えている南区画は、一般市民の生活エリアです。アルドニア下町文化の中心地とでも言っておきましょうか。世界中から珍しいモノやおいしい食べ物が集まってくる、『文化の交差点』ですね」


「オラ、アルドニア料理を腹いっぱい食べるのが夢だったんだぁ」

 モームが目を輝かせる。


「続いて東区画、こちらは観光スポットが多く立ち並ぶエリアです。大聖堂や教会、芸術劇場や美術館などなど、アルドニア様式の美しい街並みが並んでいます。世界的に有名な、アルドニア闘技場もここにあります」


「マジか、闘技場があんのかよ!? 出場してぇ!」


 ナユタが目を輝かせる。


「次に西区画、こちらは富裕層の方々の居住エリアです。ちなみに西門を出て、更に西へ西へ進むと、『天国の門』と呼ばれる巨大な門があり、その先は『神聖メアリ教国』へと続いています」


「西区画から湖へ向けて大きな橋が架かっております。湖の中心に島があり、そこにアルドニア王国の王宮、ロイヤル・デサント宮殿が立っているのです」


 ちなみに、西門がアルドニア王都クレムドールの「正門」だ。


「神聖メアリ教国」が存在する方向に正門があり、ロイヤル・デサント宮殿が建つ島へと向かう橋も西区画にのみ存在する。


 こういう細かい部分からも、アルドニア王国が宗主国メアリ教国をいかに重視しているかが分かるというものだ。(要はメアリ教国からアルドニア王国に訪れる神官たちのために、「西側」に正門と宮殿に続く橋が作られているのだ)


 現在、湖には(もや)がかかって島の様子などは、ここからでは確認できない。俺も実際に訪れたことはないが、話によるとかなり大きな島で、貴族や王族の居住区画や巨大な庭園、豪華絢爛な美しい建造物が広がっており、宮殿と言うより、それだけで一つの街のようだと聞いている。


「すごい、美しく、荘厳な街ですね」


 ウィルソンが感動した様子で呟く。


「へっ、そんなにいいもんじゃねぇよ、オイ、北区画についても説明してやれよ」


 第四軍隊長、ワルター=ダビッツが酒を飲みながら独り言ちる。


「あ、はい……」

 説明していた兵士も若干歯切れが悪い。


「北区画は、『スラム』および『犯罪者収容地区』です。衛生状態も劣悪で、治安も悪いため、一般の方は立ち入りをお勧めしません……」


 アルドニアのスラムは酷い、と言うのは世界的に有名な話だ。犯罪率の高さ、病気の蔓延、慢性的な栄養失調、更には売春や薬物の蔓延により、毎日何千・何万という命が失われている。この北区画だけ、まわりをぐるりと取り囲むように大きな壁が張り巡らされており、外部から中の様子を見ることはできない。この閉ざされた「魔窟」がどうなっているのか、その全容を知るものはアルドニア王国内にも誰もいないだろう。


「そう言うこった。妙な幻想をいだくんじゃねぇよ」


 ワルターは飲み終わった酒瓶を道端に放り投げながら愚痴る。


「……」


 ふと、シルヴィを見ると、硬い表情をして押し黙っていることに気付く。


 ケルン公国の王都、ポルト・ディエットを見て大はしゃぎしていた時とはまるで違う様子だ。


「どうしたの? シルヴィ」


 俺は彼女に問いかける。


「……」


「シルヴィ?」


「あっ、はい、アレク様! どうされました?」


 ハッと我に返った様子のシルヴィ。どうも元気がない。


「さぁ、到着しました。開門です!」


 何か気になることがあったのかい? と問いかけようとしたが、クレムドールの「南門」に到着してしまい、声をかける機会を失ってしまったのであった……。


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