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第5話 魔王様、民の話を聞く

 今日は第4歴1298年6月10日。あれから一週間ほど経過した。


 訓練は順調に進んでいる。

 とはいえ、現段階では基礎体力作りがほとんどで、実戦訓練はまだまだ先の話だ。


 今は朝から晩までひたすら「走り込み」の訓練を行っている。最も重要な訓練だ。


 歩兵の基礎体力は軍の基礎体力そのもの。


 平原を、森林を、沼地を、山岳地帯を、ありとあらゆる地形を走破できる歩兵が軍の要となる。


 そこに騎兵や弓兵、魔導士などの兵種を組み合わせて軍を構成し、その組み合わせでできること、できないことを想定し、戦術を練り上げていく。


 魔王としての、俺の兵法の基礎だ。


 事実、魔王軍ハイオーク歩兵団「鉄の拳(アイアンフィスト)」はパワーはもちろん、歩兵とは思えない圧倒的な機動力で神聖十字軍を恐怖に陥れた。


 我がエルトリア王国軍歩兵にも、まずはその「タフさ」を身に着けてもらう必要がある。


 とはいえ、これにはどうしても日数がかかるし、宰相として、練兵だけにかかずらっているわけにもいくまい。


 練兵の指揮は一旦ルナに任せて、俺は別の仕事に取り掛かることにする。


「さて、出かけるとするか」

 俺は身支度を整えて部屋を出る。


「アレク様。お出かけですか?」

 廊下でシルヴィと会った。


「あぁ、村や町で住民の声を聴きたくてね」

 俺は答える。


 前回の兵の募集のような緊急事態の案件は別として、基本的に何らかの政策を考える際は、「民の声」を聴くことがとても重要だ。


 税制にせよ法律にせよ、その影響を受けるのは貴族ではなく民なのだ。

 その声を無視して政策を進めれば、必ず民の反感を買い、さらにそれを力で抑圧するような真似をすれば、いずれその国は亡びてしまうだろう。


「なるほど。勉強になります。あの、アレク様。私も連れて行ってもらえませんか?」

 シルヴィが俺に同行したいと申し出る。


 彼女にとっても君主として学ぶべきところは大きいだろう。

 俺は二つ返事で快諾した。


「では、変装用の村娘の服に着替えてきますね」

 シルヴィはそういって嬉しそうに駆けていった。




―― 1時間後、俺とシルヴィは「例の抜け道」から町へ出た。

 今回はちゃんとセバスチャン殿にも説明してある。


 今日は中央広場から東門の方へ散策してみることにする。


 通りは人でにぎわい、様々な話声が聞こえてくる。


「なんでこんなに高いのよ!」

「ケルンの交易船が……」


「バルナシアの関所が封鎖されたらしい」

「ほう、それで……」


「次の神聖十字軍はいつになんのかね」

「俺はこないだまでメシアに行ってたんだがね、なんでも……」


 これだけでも色々な情報を収集できる。


「確かに! 今までそんな風に住民の立ち話を聞いてみたことはなかったです。流石ですね! アレク様」

 シルヴィが目を輝かせながら褒めてくれるのはなんだかくすぐったい。


 少し小腹が空いてきたので、パン屋でサンドウィッチを買ってみる。

 俺はシルヴィと二人分のカスクートを購入した。


 うん! うまい!

 少し固い焼き立てのバケットとシャキッとしたレタスの食感がたまらない。

 濃厚なクリームチーズとあっさりとしたトマトの相性も抜群だ。

 肉汁たっぷりのローストビーフもありがたい。


「わぁ~。おいしいですね!」

 シルヴィが顔をほころばせる。


 こういった形で庶民の店で買い食いした経験などいままでなかったのだろう。


「ありがとよ。お嬢ちゃん。彼氏とデートかい?」

 シルヴィの反応に気を良くした店主が俺たちに声をかけてくる。


「ハイ、デートです。私たちラブラブなんですよ!」

 シルヴィが俺に腕を絡ませてくる。腕に柔らかい感触が……。


 シルヴィって見かけによらず結構大胆なところあるよな。

 俺はこないだのことも思い出し、ついドキドキとしてしまう。


「はっはっはっ! いいねぇ! 青春だねぇ!」

 店長は嬉しそうに笑う。


「そ、それにしても店主。すごく流行ってますね」

 俺は強引に話題を切り替える。


 店は満員で、次から次へと客足が途絶える気配がない。


「おかげさまで客足は上々だ。でもねぇ、材料が高騰してるから、もうけは全然だぜ。忙しいだけさ。」

 店主はそう言ってヤレヤレとかぶりを振る。


「そ、そうなんですか? 確か今年は小麦が豊作だと聞いていたんですが」

 シルヴィがおろおろと尋ねる。


「豊作だよ。でもほら、値段をつり上げてる奴らがさ……」

 店主は声をひそめる。


 なるほど、これは良い情報だ。これ以上の長話は営業の邪魔になるので、俺たちは礼を言って店を出た。


「う~ん。値段をつり上げている人って誰なんでしょう?」

「いい質問だね。確認しに行ってみよう」


 俺たちは東門から外に出る。

 あたりには麦畑が一面に広がっており、ちょうど収穫の真っ最中だ。


「こんにちは。精が出ますね」

 俺は麦を刈っていた老夫婦に声をかける。


「えぇえぇ、メアリ様のおかげで天候に恵まれて、今年は豊作ですよ」

 おばあさんが笑いながら答える。


「そうですか。お孫さんたちもお腹いっぱい食べられますね」

 俺は近くで遊んでいた孫たちにも挨拶をしながら、話を続ける。


「あぁ、いえ、アタシたちや孫の分は……」

 おばあさんは表情をこわばらせる。


 これ以上は悪いと思い、俺たちは礼を言って立ち去ることにした。


「値段をつり上げているのは生産者の農家の方ではないですよね……」

 シルヴィはう~んと考え込んでいる。


 自分で考えてみるのはとても良いことだ。


「あの~、もしかしてぇ~、アレクさんではございませんかぁ?」

 突如、おっとりとした声の女性に呼び止められる。


 ふんわりとした栗毛色の髪を三つ編みにした女性だ。

 複雑な刺繍が施されたスカーフを頭にかぶり、白のブラウス、緑のロングスカートのいでたちだ。


 そして見事なプロポーションである。


「あ、あの、どちら様でしょうか?」

 俺は彼女に尋ねる。


 シルヴィがじっとりとした目でこちらを見ているように感じるが多分気のせいだ。


「わたしはパメラといいますぅ。この先のメルベル牧場でお父さんのお手伝いをしてるんです。実はこないだ、盗賊につかまってしまったところをアレクさんに助けていただきまして~」


 彼女はそう言って頭を下げる。


 そう言えば、捕虜の中に若い女性がいたっけな?

 彼女だったのか。


「危ないところでした~。お買い物の帰りにちょっと木陰で休憩していたらついウトウトと眠ってしまって、その時に捕まってしまったみたいです。もう少しで盗賊の皆さんに乱暴されてしまうところでしたぁ」


 彼女はのんびりと話を続ける。かなりマイペースなお嬢さんだ。


「そうでしたか。無事で何よりです。改めて俺はアレクです。よろしくお願いします」


「私はアンナ(・・・)といいます。よろしくね。パメラさん」

 シルヴィがお忍び用の偽名を名乗る。


「よろしくお願いしますぅ」

 彼女は深々と頭を下げる。


「助けていただいたのにご挨拶もできなかったので。何かお礼をと思ってずっとアレクさんを探していたんです」


「そんな、お礼なんていいですよ」

 俺は辞退する。


「むぅ~。でもでも、殿方に借りを作るわけにはいきません。いつか利息とともにカラダで支払わなければいけませんから~」


 うん? 後半よくわからなかったが、彼女も簡単には引き下がってくれないようだ。


「じゃ、じゃあパメラさん。もしお邪魔でなければ、お礼の代わりに牧場を見学させてもらえませんか?」


 俺は別の提案をする。これぐらいなら負担もないだろうし、何より住民の声を聴いて回るのにもうってつけだ。


「そんなことでいいんですかぁ? もちろん私は構いませんよ。では、せっかくなので、牧場特製ソフトクリームをご馳走します」


「そ、ソフトクリーム!」

 シルヴィもといアンナ嬢が目を輝かせる。


 こうして、俺たちはパメラさんに連れられて、近くのメルベル牧場へ向かうことにした。









どうやってソフトクリーム冷やしてるの?


 この世界では、魔法石に魔力を閉じ込めて日用品として使っています。火の魔法石は調理の熱や灯りに。水の魔法石は冷凍、冷蔵に。風の魔法石は風車の動力や送風機などに。土の魔法石は家を建てる際の耐震補強に。などなどです。


 これらの魔法石の錬成は魔導士にしかできないので、便利ですが結構いいお値段します。

(普通の一般家庭では中々お目にかかれないレベルです)


 なのでお金さえあれば電子レンジや冷蔵庫、クーラーやお風呂の給湯器など、現代の家電製品等の代替はほぼ可能で、結構快適に暮らすことが可能です。


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