第66話 王女様、特産品を作る①
こんにちは。皆さま。
私はシルヴィア=フォン=エルトリア。
エルトリア王国の第一王女です。
今、アレク様は「神聖十字軍」に向けて軍隊の強化に専念されているため、その間、私が「宰相」のお仕事を引き受けています。
アレク様のように格好良く宰相のお仕事ができるかは不安ですが、精一杯頑張りたいと思います!
さて、今日のお仕事は……。
「ユードラント共和国に購入させられた、大量の『大豆』の使い道について、ですか……」
「左様です。姫様」
私の言葉にウォーレン侯が頷きます。
先日の「メルリッツ峠の戦い」の前に、我が国はユードラント共和国から大量の武器や「農産物」を購入するよう不平等条約を締結させられてしまいました(※47・48話参照)
戦争に勝ったのですから、本来は不平等条約も破棄されて然るべきですが、メアリ教国より「無条件で講和せよ」と通達を受けてしまったため、この不平等条約も撤回することができなかったのです。
そして、その不平等条約に基づき、ユードラント共和国から「大量の大豆」が送り付けられてきてしまったのです。
返品は出来ず、国内で消費しきれない場合はエルトリア政府に「買取義務」があるため、なんとか王国内で大豆を使い切る方法を考えなければなりません。
「少し試食してみましたが、ぱさぱさ、ぽそぽそしてほとんど味もありません。こんなものが本当に売れるのでしょうか?」
モントロス伯が報告します。彼は「炒り豆」にした大豆を少しだけ試食されたようです。
ちなみに、中央六国、特にエルトリア王国やケルン公国などの「南部」の国々では、大豆を食べるという文化はありません。
しかしアレク様は以前、「お米」を食べる文化がなかったエルトリア王国に、見事に「お酒」や「ごはん」を浸透させました。
これを見習って工夫すれば、必ずエルトリア王国にも、「大豆」文化を浸透させることが出来るはずです!
「アレク様のお話では、魔王国などでは大豆はそのまま食べるのではなく、様々な食品に加工して食べると聞きました。今回『食品サンプル』をいくつかご用意頂いたので、試食してみて、我が国の食文化に合った食品を浸透させましょう」
私の提案に皆さまが頷かれます。
さすがアレク様! こんなこともあろうかと、魔王国で一般的な大豆製品を取り寄せてくださっていたのです。
せっかくアレク様がここまでしてくださったのですから、後は私たちで、「大豆の活用法」を発見して見せますね!
「トウフ、アツアゲ、ミソ、ショウユ……。う~ん、他にもまだまだ種類がありますな。正直どれも見たことがないので、味は全く想像できませんが……。しかし、これだけあれば、きっとエルトリア王国に合う食材も見つかるでしょう」
カスティーリョ伯が意見を述べられます。
正直、私も大豆製品を食べるのは今日が初めてなので、どんな食べ物なのか緊張する反面、とっても楽しみです。
「じゃあ姫、早速試食しましょう。俺はこのトウフを食ってみたいです。きっとチーズかヨーグルトみたいな味がすると思いますよ!」
アルマンド子爵がトウフをナイフで切り分けて小皿に移し、皆に配ります。
確かに! 白く固まって少しプルプルしてて、見た目はホワイトチーズやヨーグルトにも似ています。とってもおいしそう!
早速試食してみます。
「……」
「な、何だコレは!? 全然味がしないぞ!?」
ブレンハイム子爵が目を白黒させながら感想を述べられます。
う~ん、確かに。つるっとして食感はいいんですが、味は想像していたものとだいぶ違いますね……。
「で、ではこのショウユという黒い液体はどうだろうか? 見た目はコーヒーそっくりだ! きっと魔王国では一般的な飲み物なのだろう!」
カスティーリョ伯がガラス製の容器に入った黒い液体を指さします。
あっ! 確かに。見た目はコーヒーそっくりですね。コーヒー豆と同じく、大豆も「豆」ですから、きっとそれを抽出した飲み物なのでしょう。
では試飲。
ぐいっ。
「!?」
「ウゲッ!? げほっ、げほっ……。な、何だこれ!? 辛すぎて飲めねーぞ!?」
アルマンド子爵が咳込みながら感想を述べられます。
う、う~ん。確かに……。
この「ショウユ」という飲み物はとてもしおっからくて、正直このままで飲むことはとても無理です。
水で薄めたりして飲むものなのでしょうか?
「ま、まさか、ここにある『大豆製品』というのはどれもこれもみんな『こんな感じ』なのでは……」
カスティーリョ伯が恐る恐るといった様子で、「まだ試していない」その他の大豆製品を見つめます。
「うっ……」
貴族の皆さんが若干「引き気味」です。
いけない!!
ここで「宰相」である私が頑張らなければ! きっとおいしい大豆製品があるはずです!
「こ、コレ! コレはきっとおいしいに違いありません!」
私は「藁に包まれた大豆製品」を指さします。
これは「ナットウ」という大豆製品です。
実は、以前アレク様が廊下でルナリエさんと話していたのを偶然聞いたことがあります。
(こ、こっそり後を付けていたとかそんなことはしてませんよ! 偶然、本当に偶然ですから!)
その当時のやり取りを再現すると……。
「エルトリア王国に来てもうずいぶん経ちますね。すごく快適で過ごしやすいんですが、それでもやっぱり、時々『魔王国』が懐かしくなりますね」
ルナリエさんがアレク様に話しかけます。
「まぁ、多少はね。特に食文化は全然違うからね。エルトリア王国の食事ももちろんおいしいんだけど、たまに魔王国の食事が恋しくなるのってのは、どうしてもあるね」
アレク様が少しだけ笑いながら答えられます。
「アレク様は魔王国のどんな食事が懐かしいですか?」
ルナリエさんが質問されます。
チャ、チャンス!
アレク様の「好きな食べ物」を知ることが出来るかもしれません!
「俺は……」
アレク様が答えられるのを、ドキドキしながら待つ私。
「久しぶりに『ナットウ』が食べたいなぁ。エルトリア王国でも『白米』が食べられるようになったのは嬉しいけど、それだけだと何か物足りなくてね~」
「あ~、それ分かります。炊き立てご飯があるからこそ余計に欲しくなるというか……」
な、ナットウ!
見たことも聞いたこともありませんが、それがアレク様の好きな食べ物なのですね。
何とかセバスチャンに頼んで、エルトリア王国でも手に入れることはできないかしら……。
(以上、回想終わり)
と、いうことが以前あったのです。(結局、アルドニア王国の商会ですら「ナットウ」は取り扱っておらず、手に入れることができませんでしたが)
しかし、今回、ついに念願の「ナットウ」を入手することが出来ました。アレク様が好きな食べ物なのですから、おいしいに違いありません。
「では早速食べてみましょう!」
私は藁を開いて、中に入っていた「ナットウ」を小皿に取り分けます。
「うっ、ひ、姫!? この匂いは!?」
モントロス伯が鼻をつまんで、小皿を凝視します。
な、何と言うか、チーズなどの乳製品とはまた違う、独特かつ非常に強烈な「発酵臭」が鼻をつきます。
「だ、大丈夫です。きっとこの独特の風味が、ナットウのおいしさの秘訣なのです」
私は恐る恐る、小皿に取り分けたナットウをフォークですくい取ります。
「い、いやいやいや。糸引いてますよ姫。これ絶対腐ってますって。やめた方がいいっすよ」
アルマンド子爵が警告を発されます。
「も、問題ありません。チーズだって、程よく『アオカビ』が付いているものの方がおいしいではないですか」
私はカタカタと震える手を抑えながら、なんとかナットウを口の前まで運びます。
目の前に来るとまた、本当に強烈なにおいがします。アルマンド子爵がおっしゃるように、ねばねばと糸を引いているのがよく分かります。
正直逃げ出してしまいたい。
で、でもでも、あのアレク様が好きな食べ物なのですから、おいしいに違いありません。
「で、では、いただきます」
私は覚悟を決めて、ナットウを口に放り込みます。
ぱくっ。
「ブフッ!?」
※ ただいま、美少女が出したらいけない声が出てしまいました。シルヴィちゃんに代わり、深く謝罪させていただきます。モカ亭。
「けほけほけほっ、う、うぇ~」
む、ムリムリムリ、これは無理です。
食べた瞬間に、あの強烈なにおいが口の中いっぱいに広がり、同時にねばねばした独特の食感が絡みついてきて……。
ひゃ~!
た、助けてください!!
セバスチャン! セバスチャンはいませんか!?
「ひ、姫様、大丈夫ですか!?」
「と、とにかくまずは口の中を洗浄して、それから胃薬を……」
「衛兵! 衛兵! 来てくれー!!」
貴族の皆さんも大パニック。衛兵まで駆けつける大騒ぎになってしまい、試食会は中止となってしまいました。
その日の夜。
私はお城の図書館から借りてきた大量の本を抱えて、自室に戻ります。
正直、お昼は「大変な目」に遭いました。でも、あれぐらいでくじける訳にはいきません!
私は大豆について、エルトリア王国で集められる可能な限りの様々な本を取り寄せました。
きっとどこかに、大豆の活用法に関する知識が載っているはずです。
アレク様にお伺いすれば、すぐに解決する問題なのかもしれません。でもそれではいけません。まずは自分で調べてみることが大事。そうでなくては、いつまでも安心して宰相のお仕事を任せてもらえませんから。
その日私は、様々な書籍に目を通しながら、夜通し大豆についてお勉強することになりました。
こんばんは。モカ亭です。
本日のお話は、納豆好きの方には申し訳ない内容になってしまいましてすみませんでした。シルヴィちゃんも悪気があってやった訳ではないので、どうか広い心で許してやってくださいませ。
ちなみにモカ亭は納豆大好きです(笑)