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第56話 メルリッツ峠の戦い⑥

 位置関係


 北

西 東           ユードラント軍本隊1万

 南

           


先遣隊1万

VS(メルリッツ峠)     (デメトール山岳地帯)

待ち伏せ部隊3千



               (レンテン砦)

                守備隊2千



(カルデア城塞)

 兵力ほぼゼロ




 第4歴1299年5月28日。時刻は午後2時。

 ついに、中央六国同士が激突する「メルリッツ峠の戦い」が幕を開ける。


 まず、前哨戦は戦場の西側、ユードラント軍先遣隊1万 対 エルトリア軍待ち伏せ部隊3千の激突によって幕を開けることとなる。


「ふぉおおおおお!! ぶちかませ!!」

 ユードラント軍の猛将、ラロッカ将軍が雄たけびを上げながら騎馬隊を突撃させる。


「密集隊形! 横陣!」

 エルトリア軍はアレクの号令に従い、防御陣地を敷いてこれに対応する。


 第一陣が接触。


「報告します! 横陣決壊! 決壊です!」

 アレクの元へ報告が舞い込む。エルトリア軍自慢の防御陣地が粉々に粉砕されてしまった。一瞬の出来事である。


 まぁ、「数」を考えれば当然だろう。

 敵はエルトリア軍の3倍以上。「野戦」で「策略」も無い状態で数が多い方が勝つのは当たり前だ。


「くっ、全軍退却、退却だ!」


 ここから何か策を施すのか? と思われたが、アレクはあっさりと全軍に退却命令を出してしまった。




「うわっはっはっ! 腰抜けめ! 潔く『玉砕』するぐらいの根性はないんか!?」


 気持ちいいぐらい完璧に敵軍を打ち負かしたラロッカ将軍は上機嫌だ。すぐさま追撃の命令を出す。


「お待ちください。敵の罠かも知れません。一旦本隊と合流しましょう」

 シドニアが献策する。


 この意見は正しい。今回、先遣隊の任務は、敵の「待ち伏せ部隊」を叩くことだ。ほぼ犠牲ゼロでこれを成し遂げた以上、追撃は無用。速やかに本隊と合流し、当初の予定通り「攻城戦」に切り替えるべきだ。


「バカを申せ! 戦には『勢い』というものがあるのだ。見よ! オルデンハルト卿の情報通り、敵軍の総大将アレク自らが軍を率いて待ち伏せをしていたのだ。アレを追撃して撃破すれば、『大将首』を挙げることが出来るかもしれんのだぞ!」


 ラロッカ将軍はシドニアを怒鳴りつける。


 まぁ、彼が言うことも正しい。


 大将首を挙げることが出来れば戦果は莫大。運が良ければこのままこの戦争自体を終わらせることが出来るかもしれない。


 こうして、「ユードラント軍先遣隊1万」は「エルトリア軍待ち伏せ部隊3千」を追撃し、南へ南へと深く進攻していった。




 午後5時半。


「クソッ、完全に見失ったぞ……」

 日が傾き始めたころ、ラロッカ将軍は悪態をつきながら全軍を停止させる。


 当初、組織だって逃走していた敵軍だが、徐々に散り散りになって小隊ごとに霧散するように逃げ散ってしまったのだ。最後まで追い続けていた「敵将アレク」の一団も完全に見失ってしまい、もうこれ以上の追撃は不可能だ。


 敵地のど真ん中でこれから夜を迎えるというのはいくら何でも危険すぎる。


 速やかに本隊と合流すべきだ。だが、かなり敵地に深入りしてしまった。今から戻っても日暮れまでに本隊と合流するのは不可能だろう。


 さて、どうしたものか……。


 と思案していたその時。


「ユードラント軍、ラロッカ将軍で御座いますか? 私オルデンハルト卿の使いの者です」

 突如、ラロッカ将軍の元へ、オルデンハルト卿の使いを名乗る人物が現れたのだ。


「前哨戦での勝利、お見事で御座いました。皆さまお疲れでしょう。ここからもう少し南へ進んだところに、『カルデア城塞』が御座います。今日はそちらでお休みください」


「き、貴様、何を言っているのだ!?」

 ラロッカ将軍は目を白黒させる。


 カルデア城塞とは、レンテン砦と並んで、今回攻め落とすべき「二つの砦」のうちの一つだ。


 今回の戦の勝利条件にもなっている「敵」の戦略上の最重要拠点だ。そこで休めとはいったいどういうことであろうか?


「アレクが率いていたエルトリア軍待ち伏せ部隊は散り散りになって潰走し、現在も立て直しができておりません。わずかな兵が『カルデア城塞』に戻ってきましたが、まだ全軍が集結するには時間がかかります」


「……」


「今なら手薄な『カルデア城塞』を攻め落とすことが出来ます。城内の守備兵は500にも満たない数です」


「し、しかし……」


「さらに今、オルデンハルト卿が、アレク留守中のカルデア城塞の守備を担当しております。彼が、ユードラント軍を城内に招き入れる手はずを整えております」


「む、むぅ……」


 ラロッカ将軍も「流石に出来すぎた話だ」と感じてはいる。


 が、まるで白い(もや)がかかるかのように、彼の冷静な判断能力は失われていく。


 今から退却してユードラント軍本隊と合流するのは、非常に時間がかかる上、夜間の行軍にはリスクも付きまとう。出来れば避けたいところだ。


 そんな状況で、目の前に「がら空きの敵軍の城塞」があるというのだ。


 しかもその城塞は、今回の戦における最重要拠点の一つだ。


 これを無傷で手に入れることが出来れば、一体どれほどの戦果になるだろうか。


「ゴクッ……」


 それだけではない。


 カルデア城塞は「城壁都市」とのことだ。


 もしかしたら、城内には金銀財宝や美しい女たちが取り残されているかもしれない。城塞に一番乗りすることが出来れば、それらの「戦利品」を独り占めできる可能性もあるのだ。(中央六国同士の戦争で、略奪や暴行を行うことはメアリ教国の「交戦規定」により禁止されている。しかし、実際の戦場において、そんな「おりこうさん規定」が守られるはずがない。むしろ、「そういった行為」をすることに快感を覚え、戦場にいるような兵たちも多い)


 ラロッカ将軍もそう言った「俗物的」な欲求に目が眩んだのだろう。


「お急ぎください。アレクが『カルデア城塞』に帰還してしまえば、『このチャンス』は無くなってしまいます」


 使者がせかすように言う。


 この「時間的猶予がない」というのも、判断を焦る要因になる。


「ご心配なく。一度城内に入ってしまえば、全軍併せても合計たったの5千のエルトリア軍に手出しができるはずがありません」


 従者がとどめの「殺し文句」を言う。


 それもそうだ。我々は先遣隊だが、1万もの大軍だ。一方のエルトリア軍は全軍で5千。しかも、うち2千はもうひとつの「レンテン砦」の守備に回っている。


 一度「カルデア城塞」に入ってしまえば、仮に全軍の5千で包囲されようとも、ユードラント軍本隊が到着するまで、籠城戦を行うことは容易いだろう。


「よ、よし……。行こう、『カルデア城塞』へ。案内してくれ」


「お安い御用です」


 こうして、先遣隊は当初の目的を忘れ、北へ戻るどころか、更に南の奥深くへと誘い込まれてしまったのだ。






 午後7時ごろ。


「お待ちしておりました。ラロッカ将軍でございますね。私がオルデンハルトです」

 カルデア城塞の「北門」の前に立っていた男が、うやうやしく頭を下げる。


 北門は全開に開け放たれており、ユードラント軍を歓迎するかのように、かがり火まで焚かれている。


「城内の兵はすべて私の方へ寝返っております。ご安心ください」

 オルデンハルト卿が説明する。


 手際が良すぎないか?


 そう声をかけようとしていたラロッカ将軍だが、言葉が出なかった。


 城門の影から、とてつもなく「美しい女」が出てきたからだ。


「はじめまして、クロエと申します」

 女はラロッカ将軍にうやうやしく挨拶をする。


 長く艶やかな黒髪、ルビーのように赤い瞳。かがり火のたいまつに照らされて、それが妖しいくらいに美しく輝いている。


 南方の「踊り子」の衣装だろうか?


 女は非常に露出度の高い服を着ており、それがスタイルの良い胸や腰のあたりを強調している。


「まぁ、なんてたくましい殿方。今夜は戦の疲れを、たっぷりと癒して差し上げますね」

 クロエは意味深なセリフを投げかける。


「将軍のために、飛び切りの美女をご用意いたしました。ただいま歓迎の酒宴の準備をしております。ささっ、どうぞ中へ」


 オルデンハルト卿がラロッカ将軍をせかす。


「う、うむ、それでは……」


 つい先ほどまで、これが罠かどうか注意深く観察し冷静に判断しようと思っていたことなど完全に忘却の彼方だ。


 ラロッカ将軍は1万もの軍を伴い、まるで捕食者の口のように大きく開かれた城門の中へと、ふらふらと吸い寄せられてしまったのだ。


 こうして、ユードラント軍先遣隊は、本隊から遠く離れた「南の果て」に完全に分離されてしまったのである……。





 位置関係(5/28 午後7時現在)


 北

西 東           ユードラント軍本隊1万

 南

           



(メルリッツ峠)     (デメトール山岳地帯)

   ↓


   ↓

               (レンテン砦)

   ↓            守備隊2千

   

 先遣隊1万       

(カルデア城塞)


             エルトリア軍待ち伏せ部隊3千は現在行方不明


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