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第53話 メルリッツ峠の戦い③

 第4歴1299年5月21日。午前10時。


 昨晩遅くに、ユードラント共和国(正確にはへクソン侯を盟主とする『エルトリア愛国解放戦線』)から宣戦布告の通達が届いた。


 が、すでに敵軍の動向はスパイやギャズからの報告もあり、「完全に把握済」だ。焦る必要はない。


 エルトリア軍は、予定通り本日迎撃部隊を「出陣」させることになる。


「シルヴィ、大丈夫かい?」

 俺は緊張でカチコチに固まったシルヴィに声をかける


「は、ハイ、ダイジョウブです……」

 全然大丈夫には見えないが、彼女は何とかそう答える。


 ここはエルトリア城のバルコニー(正確にはその裏手)。以前クレイド平原の戦いの際に魔王アレクが「出陣の演説」をした広間でもある。


 今回はそれを、国家元首であるシルヴィが行うことになる。


 眼下の中庭には、既に完全武装した数千もの兵士が整列している。


「で、では行って参ります」

 彼女は意を決したように、バルコニーへと向かう。


 彼女は今、とんでもなく緊張しているのだ。


 むろん、国家元首として行事などの場で「あいさつ」を行うこともあるため、「こういう場」が苦手という訳ではない。


 が、今回行わなければならないのは、出陣する兵たちを奮い立たせる「演説」だ。


 言葉を選ばずに言えば、今から「殺し合い」に行く兵士たちに、何と言葉をかけていいのか、彼女はずっと悩んでいたのだ。


「そんなに考え込まなくても、シルヴィが思ったことを素直に言葉に乗せて兵たちに聞かせてあげればいい」と彼女に伝えていたが、大丈夫だろうか……。


 本当は横で支えてあげたいが、俺は舞台裏でじっと我慢して彼女の様子を見守る。


「み、皆さん。私はエルトリア王国の王女、シルヴィア=フォン=エルトリアです」

 彼女のあいさつに、兵たちからどよめきが上がる。


 まさか、王女様自ら「このような場面」に現れるとは思ってもみなかったからだ。


「まずは皆さんに謝らなければなりません。今回、戦争を避けることが出来なかったのは、私たちの責任です」


 当然、常識から言ったら「このような場」での演説で謝罪などするべきではない。


 だが、これでいい(・・・・・)のだ。飾らない彼女の本心だからこそ、兵たちの心に届くのだ。


「これから戦争に向かう皆さんに、戦争のことを何も知らない私が言う言葉は、無責任に聞こえてしまうかもしれません。しかし皆さん、どうか、どうか無事に帰ってきてください」


「生きて、再び、この場所で、皆さんとお会いしましょう。私は、私は……」


 演説の途中だが、彼女は感極まって泣き出してしまった。


 俺は慌てて駆け寄ろうとするが、


「私は、この国をもっと素敵で、もっと笑顔があふれる、もっと幸せな国にすると皆さんに約束しますから! だから、皆さんは絶対に『生きて』帰ってきて、もっと素敵になったエルトリア王国を、見て、聞いて、感じてください!」


 彼女は泣きじゃくりながらも、大きな声でそう宣言したのだ。


「……」

 兵士たちはその様子を呆然と見つめていたが、やがて……。


「……ぉぉおおおおおおお!!!」


 どこからともなく歓声が上がり始め、それが徐々に大きくなる。


「ウオオオオオオ!!!」


 やがてそれは、地を揺るがすほどの大歓声に変わった。


 これ以上俺が何かを言う必要はない。(というか、せっかくシルヴィが「本気の想い」を伝えてくれたのに、ここに何かを「被せる」なんて野暮な真似ができるはずがない)


 俺はバルコニーに少しだけ顔を出し、下にいるグレゴリー卿に合図を出す。


「姫様の御心は確かに届いた。我々は必ず、『生き残らなければ』ならないぞ!」

 グレゴリー卿が大声を張り上げる。


「進め! エルトリア軍! 生きて帰るために!!」

 彼の合図で、「出陣」となった。


 その間に、俺はシルヴィの元に駆け寄る。


「ごめんなさい。アレク様、泣き出したりして、『大失敗』でしたよね」

 彼女は涙をぬぐいながら、俺に話しかける。


「いや、そんなことはない。君の想いは、確かに届いたよ」


 世の中には、耳触りの良い感動的な演説で兵をたきつけておきながら、自身は安全な後方でのうのうとしている。そんな為政者が腐るほどいる。


 だが、彼女は違う。


 兵たちを戦争に送り込んでしまうことを謝罪し、無事に帰ってきてほしいとの願いを伝え、これからこの国を良くしていきたいとの願い(「約束」ともいえる)を伝えたのだ。


 確かに、お世辞にも「格好のいい」演説とは言えなかったかもしれない。


 だが、彼女の演説は、まさに「兵たちが聞きたかった言葉」そのものだ。


 これで奮い立たなければ、エルトリア人ではない!


「行ってくる、シルヴィ。必ず生きてシルヴィの元に帰ってくるから、待っていてくれ!」


「ハイ、アレク様! どうか、どうかご武運を!」


 こうして、4千 対 2万 という「圧倒的に不利な状況」の中での、「生きて帰るための戦い」をするために、エルトリア軍は全軍出撃することとなった。









 一方そのころ……。


「よろしくお願いしますぞ。ポロゾフ将軍」

 へクソン侯が握手を求める。


「うむ、必ずや貴公を、エルトリア王国に返り咲かせて見せましょう!」

 小太りな男が握手に応じる。「武人」にしては、ややだらしない体形だ。


「我が軍自慢の『攻城兵器』の数々はもうご覧になられましたかな? 特に巨大攻城櫓は、10メートルを超える城壁だろうと、難なく突破できますぞ!」


 ポロゾフ将軍は得意げに話す。さながらこれから、攻城兵器を売り込むための「実演」にでも出かけるような雰囲気だ。


「しかしお気を付けください。敵軍のアレクという将は、計略を得意とする智将ですから」


「ご忠告感謝いたします、へクソン侯。しかし、その心配は無用ですぞ」

 ポロゾフ将軍はニヤリと笑う。


「今回は『城攻め』です。まぁ、敵にとっては『籠城戦』になるわけですが。基本的に『籠城戦』で策を施す余地はありません。守る方の『城壁』、攻める方の『兵器』。この2つの単純な『力比べ』です。強い方が勝ちます」


 まぁ、あながち「見当はずれ」な意見ではない。敵が本当に「籠城戦」をするつもりがあるのかは置いてといて……。


 だが、実は、無能なポロゾフ将軍と違い、「この点」に鋭く気付いた人物が、実はユードラント軍の中にいたのだ。


「どう思う。ヒューゴ? 俺はそもそも、今のエルトリア軍の状況で、『籠城戦』を選択するというのが凡将の発想だと思うのだが……」


 へクソン侯とポロゾフ将軍のやり取りを小高い丘の上から眺めながら、「白銀の髪」をした美しい青年が相方に意見を求める。


「同感でございます、シドニア様。しかし、司令部にその点をご指摘なされないのですか?」

「白銀の髪」の美青年とは対照的な、「黒の短髪」のイケメン騎士が彼の問いに応じる。


 騎士の左腕は、「ひじ」のところで無くなっている……。


「何度も具申したさ。しかしあの『贅肉だるま』は俺の意見を聞こうともしない」

 青年はポロゾフ将軍を苦々しげに睨みつける。


 この白銀の髪の美青年はシドニア=ホワイトナイト。ユードラント騎士団の小隊長の一人だ。


 そして片腕の騎士はヒューゴ=マインツ。シドニアの副官だ。


「まぁ良い。上層部が無能ならば、それだけ俺たちは戦果を挙げやすいということだ」


 シドニアは不敵な笑みを浮かべると、ヒューゴを伴って、その場を後にしたのであった……。


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