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第3話 魔王様、兵を募集する①

「うぅ……。で、では失礼します」

 ルナは意気消沈しながらエルトリア城であてがわれた自室に向かっていった。


 結局、俺と同じ寝室で寝泊まりしようというルナの野望は、シルヴィの「高度に政治的な判断」により潰えたようで、俺たちには別々の部屋が用意された。


 俺も自室に引き上げることにする。


 部屋はさほど大きくはないが、机や椅子、本棚やベッドなど、造りの良い調度品でバランスよくコーディネートされ、絵画や花瓶などの美しくかつ派手すぎない装飾品が目を楽しませてくれる。


 これならとても快適に過ごせそうだ。シルヴィとセバスチャン殿に感謝だ。


 部屋には個室の浴室までついている。今日は非常に疲れた。風呂に入って早めに休もう。




 風呂上り、俺は温かいハーブティーを飲みながら就寝前の読書に耽っていた。


「コンコンコン」


 部屋のドアをノックする音が聞こえる。

 扉を開けると、そこにシルヴィが立っていた。


 就寝前なのか、薄い桃色のキャミソール姿であり、胸元やふともものあたりなど、少々目のやり場に困る。


「や、やぁシルヴィ。こんな時間にどうしたんだい?」


「アレク様。少しご相談させていただきたいことがありまして」

 シルヴィが俺に告げる。


「うん? まぁこんなところで立ち話もなんだから、中に入りなよ」

 そう言って、俺は彼女を部屋に招き入れた。


「素敵な部屋を用意してくれてありがとう」


「ふふっ。気にいっていただけたなら何よりです」


「座ってて。今何か飲み物を用意するよ。ココアでいいかい?」


「ありがとうございます。いただきます」

 俺はホットココアを用意し、シルヴィに手渡す。


「それで、話って何?」


「あの、その、えっと……」

 シルヴィはマグカップを手に持ちながらもじもじしている。心なしか顔が紅いように見える。


「アレク様、今日は助けていただいて本当にありがとうございました。覚えていますか? 助けていただいたのはこれで二回目なんですよ」

 シルヴィはカップを見つめながら話す。


「二回目?」


「あっ、やっぱり覚えてなかったんですね」

 そう言って彼女は少しだけむくれる。その様子はまさに、可愛らしい年相応の女の子だ。


「ご、ごめん……」


「ふふっ、いいんですよ。ちょっとからかっただけです」

 そう言って彼女はココアに口をつけると、何のことなのか説明してくれた。


「今から八年前、アレク様が人間界と平和条約を結ぶために中央六国の王たちと会談を行ったことがありますよね」


 もちろん覚えている。


 俺は魔王としては極めて異端だった。歴代魔王たちは、人間界を力と恐怖で支配すべく、侵略戦争に明け暮れていた。だが俺は、そんな方針を180度転換し、人間と平和条約を結び、交易や交流を通じて相互理解を深めていくことを政策目標にし、魔王としての執政を行ってきた。


 初めは国内から猛烈に反対され、人間界からも警戒されたが、辛抱強く理念を説き続けることにより、ついに8年前、史上初となる魔王と人間界の王との会談が実現したのだ。


「あの時まだ小さかった私も、父エルドールに連れられて、生まれて初めて魔王国に行きました。人間界では見たことが無いような魔族の皆さんも、初めは凄く怖かったけど、実はとても優しくて面白い方たちばかりで、私もすぐに魔王国が大好きになりました」


 シルヴィはそこまで話して少しだけ表情を落とす。


「でも、その時にあの襲撃事件が起きたんです」

 そこまで聞いて俺もはっきりと思い出す。


 人間との融和路線を推進する俺のことを快く思わない魔族も当然多く存在する。一部の過激派が会談期間中に人間界の王族の娘を拉致し、交渉を決裂させようとテロを実行したのだ。


 俺と、当時はまだ忠誠を誓ってくれていた参謀長のロドムスが電撃作戦を実行し、2人で敵のアジトに潜入し、捕らえられていた王女を解放したのだ。


「まさかあの時の……」


「ふふっ。思い出していただけましたか?」


「私にとっては今でも忘れられない思い出です。白馬に乗った王子様ではなく、飛竜に乗った魔王様があこがれだなんていうと、同年代の女の子たちからは笑われましたけど」


「だから今日、魔王様に助けていただけるなんて信じられませんでした。こうしてまた私の危機に現れていただけるなんて」

 シルヴィはそう言って力強い視線を俺に向ける。


 彼女が言っている「危機」とは恐らく今日盗賊団に攫われそうになったことではない。この国の現状すべてのことを言っているのだ。


 それほどまでに、彼女は追い詰められていたのだ。


「大丈夫だよシルヴイ。俺が力になる。この国を立て直そう」


「はい、アレク様!」

 そう言って彼女は嬉しそうに笑う。


「あの、アレク様……」

 シルヴィは再び何事かを言いよどんでいる。


もう一つの約束(・・・・・・・)の方もお忘れですか?」


「もう一つの約束?」


「もぉ! 私がオトナになったら、『魔王様のお嫁さんにしてくれる』って約束したじゃないですか!」


 ガタッ! クローゼットの中で何かが落ちた。


 言われて思い出す。


 言った。確かに言いました。


 ただそれは「大きくなったらお父さんのお嫁さんになる」的なアレで、子ども心の憧れというかなんというか。


 そ、それに確か「大人になってももし気持ちが変わらなければ」って条件付きだったような気がするが……。


「私、あの時と少しも気持ちは変わってません。それに私、もうオトナですよ?」

 シルヴィはそう言って俺にゆっくりと近づく。


 お風呂上りなのだろうか。甘くて良い香りが鼻をくすぐる。


 彼女が大胆に俺に近づいてきた。

 ゆるく着崩れたキャミソールから、胸元がチラリと見える。

 

 潤んだ瞳。


 紅潮した頬。


 ハァハァと興奮した息遣いが聞こえる。


 艶やかに濡れた唇が、ゆっくりと俺の口に近づいてくる。


「アレク様……」







「ちょっと待ったー!!!!!」


 突如、クローゼットが勢いよく開き、ルナが現れる。


 うん、何でクローゼットの中から出てきたんだろうね?


「もぉ、いいところだったのに」

 シルヴイはため息をつきながら着崩れた服を直す。


「アレク様から離れろ! このドスケベ王女が!!」


「あら? そういうあなたはなぜアレク様の部屋のクローゼットの中にいたんでしょうね。変態従者さん」


 場の空気が一気に凍りつく。これは良くない。非常に良くない。


「ちょ、ちょっと落ち着いてよ二人とも。今日はもう遅いし、喧嘩はやめよう」

 俺は仲裁に入る。


「仕方ありません」

「ぐぬぬぬぬ……。アレク様がそう仰るのであれば」


 すんでのところで武力衝突は回避できたようだ。


「それではアレク様、お休みなさいませ」

 シルヴィはうやうやしくお辞儀をすると、自室へと戻っていった。


「いや違うんですアレク様クローゼットの中にいたのは身辺警護といいますか断じて寝静まったころに夜這いをかけようとしていたわけではなく……」


 などと意味不明な供述を繰り返すルナにもお引き取りいただいた。


「つ、疲れた……」

 正直今日はいろいろなことがあったが、今のが一番疲れたかもしれない。


 ベッドに入ると、疲労困憊の俺はすぐに眠りについた。










――翌朝、朝食もそこそこに俺はすぐに自室で執務を開始する。

 エルトリア王国宰相としての初仕事だ。


「さて、始めますか」

 俺は目の前に世界地図を広げ、腕を組む。


 地図にはこの世界の唯一大陸「アークランド」がでかでかと描かれている。

 アークランドには大きく分けて4つの勢力が存在する。


 まず俺は地図の左手、白く塗りつぶされた勢力を見る。


 大陸西方の神聖メアリ教国。天使と神官の統べる国だ。人間たちの信じるメアリ教の総本山であり、エルトリア王国含むすべての人間国家の宗主国でもある。魔王が諸悪の根源であるとの教義に基づき、勇者や光の巫女を育成し、魔王討伐のために「神聖十字軍」を派遣するなど、とにかく魔王軍せん滅を至上目標として行動する国家だ。


 次に地図の下側、橙色の勢力を見る。


 南方異民族ダルタ人の勢力圏だ。ダルタ人は褐色の肌をした民族で、身長も成人男性でも150~160センチと小柄だ。だが、その戦闘力はとにかくすさまじい。彼らは略奪や奴隷交易、傭兵などを生業とし、他の勢力圏へと積極的に侵攻してくる生粋の戦闘民族なのだ。魔王国すら例外ではなく、俺が王位にあった際にも何度も手を焼かされた。


 続けて地図の上段、黒色の勢力を見る。


 大陸北部に広がる死者の国、アモンドゥール帝国だ。「闇王」が統べている。よく勘違いされるが、闇王と魔王は全くの別物だ。魔王は魔族を統べる王。ゴブリンやオークやマーメイドや飛竜や、とにかく魔族を統べるもののことを指す。だが、闇王とは、死を司る暗黒王のことだ。ゾンビや死霊を操り、死に魅了された外法の魔術師を配下に収める。以前は積極的に他勢力に侵攻していた時期もあったが、ここ数十年他国と一切の交流を持っておらず、不気味なぐらい全く大人しい……。


 最後に地図右側、紫の勢力を見る。


 大陸東方に広がるのは、魔王国バルナシア帝国だ。俺の故郷にして、魔王を追放された国だ。現在は参謀長ロドムスが実効支配している。魔王軍四天王を中心に、精強を誇る魔王軍を擁し、軍事力、経済規模ともに桁外れの力を持っている。俺が魔王にあったころは、人間との交易や交流を推進し、メアリ教国の神聖十字軍侵攻時以外は人間界とは一切戦争を行っていなかったが、今後どう動くかは不明だ。


 そして、


 俺は地図の中央、何も色が塗られていない地域を見る。


 この4つの巨大な勢力に囲まれた不安定な地域こそ、今いる人間界、通称「中央六国(ちゅうおうりっこく)」だ。6つの国からなるが、いずれも万が一4大勢力から攻め込まれればひとたまりもない規模の軍事力しか持たない。そして我がエルトリア王国はその中でも最弱最小、位置的には六国の南端やや東よりに存在する。


 つまり、4大勢力でいうと、ダルタ人勢力圏に隣接し、かつ魔王国バルナシア帝国に近い位置にある。


 やはり……。


 俺は思案する。


 今のエルトリア王国は危険すぎる。国内には盗賊団の討伐すらできない戦力しか保有していない状況で、4大勢力のうち「最も好戦的」なダルタ人勢力圏に肉薄している。


 緊急かつ最重要課題は明白だ。


 軍事力の強化、すなわち「兵の募集」である。


 俺はすぐさまシルヴイに提案すべく、自室を飛び出した。


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