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第47話 魔王様、因縁をつけられる①

 今日は4月30日。

 もうすぐ春の麦刈り、そのあとで二毛作の田植えが始まる時期だ。


 国内の政策は順調そのものだ。天候に恵まれ、麦は豊作。昨年破壊されたメルベル牧場もかなり復旧が進み、子馬や子牛たちもすくすくと育っている。これなら早々にメルベルチーズの生産も再開できそうだ。


 街道の整備計画も滞りなく進んでおり、物流もスムーズに流れるようになっている。


 そして、ケルン公国との交易も開始され、整備が完了した国内の街道は、大いににぎわっている。



 国内は順調なのだが、問題は国外の動向だ……。



 ここはエルトリア王国北部のデメトール山岳地帯。


「そうですか、イザベラ様とそんなことが……」

 漆黒の飛竜を携えた黒髪の美女、クロエ=フォーゲンリッターがため息をつく。


「嗚呼、ルナリエお嬢様がイザベラ様に激昂されるお姿はさぞやまばゆいほどに美しかったでしょうに。その場に居られなかったことがクロエは残念でなりません」


「そこじゃないでしょ」

 ルナがツッコミを入れる。


 俺とルナは、以前約束していた通りデメトール山岳地帯の山小屋で、魔王国に潜伏してもらっているクロエから情報をもらっているところだ。


「しかし、イザベラ様が魔王様との約束を破られたとは思えません。恐らく、ロドムスに『何も報告していない』というのは本当でしょう。魔王国内では、特段変わった動きは見られませんから」


 イザベラは気まぐれで行動が読めないが、約束をあっさりと反故にするようなタイプの人物ではない。


「しかしお気を付けください。『魔王様とルナリエお嬢様の捜索』は既に始まっております。魔王国のスパイが、中央六国にも潜伏しているはずです」


「あぁ、分かっている。十分に気を付けるよ。ありがとう、クロエ」


「いえ、とんでもございません。他にも何かございましたら、何なりとお申し付けください」





「……」

 俺はクロエの報告を聞いて、思案中だ。


 向こうで、


「そう言えば先ほど、ルナリエお嬢様が飛竜に乗って山小屋に降りてこられる際に、失礼ながらスカートの中を拝見させていただきましたが、大層可愛らしい柄の下着をお召しですね。クロエは……」


 というクロエのセリフの後で、


 ゴシャッ!!


 という何かが潰れるような音が聞こえた気がしないでもないが、多分気のせいだ。


「……」


 クロエの報告はまぁ、「予想通り」の範疇だ。


 ロドムスは俺の行方を追っているが、まだ掴めていない。俺を捕らえるなり暗殺するなりして、魔王国内の「反ロドムス派」を一掃してから、中央六国への侵攻を開始するつもりなのだろうと予想される。(中央六国へ侵攻を開始すれば、流石に神聖メアリ教国も動く。魔王国の内部がガタついている状況で、全面戦争へ突入するのはロドムスも避けたいと考えるだろう)


 つまり、現時点で「魔王国」への差し迫った対応等は必要ないということだ。


 それよりもまずは……。






 俺とルナはクロエの報告を聞いた後、エルトリア城に戻ってきた(去り際、別れを惜しむクロエとルナの間でひと悶着あったの言うまでもない)


 その足で、俺はエルトリア城の会議室に向かう。


「魔王国」よりも前に、全く予想外のところから一つ厄介な問題が浮上したのだ。


「クソッ、ユードラント共和国め。まさかこんな因縁を吹っ掛けてくるとは……」

 カスティーリョ伯が苦々しげに吐き捨てるように呟く。


 エルトリア王国とケルン公国の間で結ばれた貿易条約に関して、予想外のところから猛反発が飛んできたのだ。


 その相手は「ユードラント共和国」


 中央六国の中央部に位置する、共和制の武器輸出大国だ。


 何故(なにゆえ)、かの国はエルトリア王国とケルン公国の貿易協定にいちゃもんを付けてきたのだろうか。


 理由は、エルトリア王国が新しく整備した貿易ルート、通称「エルトリアルート」にある。


 従来、ケルン公国は貿易の際に、タイネーブ騎士団領からユードラント共和国を経由して運搬する「ユードラントルート」を使っていた。


 ユードラント共和国は、この「ユードラントルート」を通るケルン公国の貿易商に対し、極めて高額な「通行料」を課し、大きな収入を上げていたのだ。


 これが、「エルトリアルート」という新ルートの使用により、今後「使われなくなる」こと、もっと言えば「通行料が入ってこなくなること」に怒っているのだ。


 しかしながら、それは完全にユードラント共和国の「自業自得」だ。中央六国の中央部に位置しているという地の利を利用して、これまでそこを「通らざるを得なかった」ケルン公国の貿易商たちに対して法外な通行料を要求していたから、今回このような事態になってしまったのだ。


 自国のことだけを考え、暴利を貪っていたのだ。相手国(ケルン公国)が代替案を探し、エルトリア王国がそれを提案できるとなれば、「乗り換え」られるのは当然ではないか。


 しかも、それでエルトリア王国にいちゃもんを付けてくるのは、「逆恨み」も甚だしい。


 事実、「ユードラントルート」では、ユードラント共和国の他に「タイネーブ騎士団領」も通過することになるが、騎士団領からはエルトリアやケルンに対して理不尽な要求は一切入っていない。(それどころか、行商が活発になるということで、荷馬車用、あるいは護衛騎士用の馬が良く売れるということで、今回の条約締結を歓迎しているぐらいだ)


「ユードラント側からは、『ケルン公国との条約を破棄せよ』との通告が入っています」

 ブレンハイム子爵が報告する。


「できるわけがなかろう!」

 ウォーレン侯が珍しく語気を強める。


 そう、できるわけがないのだ。


 だいたい、エルトリアとケルンの条約締結に関し、第三国であるユードラントが口出しすること自体が、そもそも非常識極まりない。


 ましてや、「条約を破棄せよ」など言える立場にないことは明白だ。


 まぁ、逆にいえば、彼らはそれだけ、エルトリア王国のことを「下に見ている」ということでもあるのだが……。


「これは、何か他に狙いがありそうですね」

 モントロス伯が呟く。


 恐らくそうだろう。


 条約の破棄などできるはずがない。それが分かった上でこのような理不尽な要求を突き付けてきたのだ。


 つまり、この要求を拒否したところで、ユードラント共和国は「真の狙い」をエルトリア王国に突き付けてくるはずだ。


「いずれにせよ、ユードラント共和国の使節団と会ってみないことには、向こうの『真意』が分かりません」


 俺の意見に、一同頷く。


 会議では、ユードラント共和国の要求は拒否すること、および、同国から使節団を呼び、会談の場を設けること、で合意した。(今回のような理不尽な要求を突き付けられたケースでは、こちらから相手国に出向くようなことは決してしない。「理不尽な要求に怒っている」ことを伝えるためにも、あえてユードラント側をエルトリア王国に「呼びつける」のである)





「どうして国家間ではこうなってしまうのでしょう。ナユタ君とクレアちゃんは、まだ子どもだというのに、互いに分かり合い、仲直りできたというのに……」


 会議後、シルヴィと二人きりになったところで、彼女はため息をつきながらそう呟く。


 ちなみに、「ナユタとクレアちゃんの一件」はシルヴィの耳にも入れてある。


「そうだね……。でもまだ、『交渉が決裂』した訳じゃない。相手の言い分も聞きつつ、何とかユードラント共和国にわかってもらえるように頑張ろう」


 俺はそう言ってシルヴィを励ます。


「ハイ! 私にも何かお手伝いできることはありませんか?」


「そうだね、じゃあ……」


 俺はシルヴィの意見も聞きながら、ユードラント共和国の理不尽な要求にどのように対応すべきか、遅くまで検討を重ねたのであった。



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