第46話 クソガキ、チンチクリンに会う②
「畜生、いってぇ……」
ナユタは先ほど、クレアと名乗った少女と取っ組み合いになった際にできた傷をさすりながら、一人呟く。
彼の腕や顔には、先ほどの乱闘で引っかかれたり噛み付かれたりして出来た無数の傷が生々しく残っている。
少年とはいえ、戦闘の天才であるダルタ人のナユタを相手に、よくもまぁここまで大立ち回りをしたものだと、少女に関心すら覚えてしまう。
ちなみにここは、バルマ砦の懲罰房の一室だ。
あの後、偶然食堂にやってきた小隊長(ダイルンではなく、別の隊の隊長だ)に運悪く「現場」を抑えられてしまった。
民間人の、それもまだ幼い少女に手を挙げるとは何事だ! とその小隊長はカンカンに怒ってしまい、ナユタは弁明の機会すら与えられないまま、懲罰房にぶち込まれてしまったのだ。
「よう大将。またこっぴどくやられたな」
「ダイルン……」
ナユタのもとに、彼の隊の小隊長であるダイルンがやってきた。
「先に手を出したのはあっちだ」
「言い訳すんな! と言いたいところだが、トレックから詳細は聞いた。流石に今回はお前さんに同情するよ。まぁ『災難』だったな」
ダイルンはそう言いながら、「飯、食うか?」と持ってきたトレイを差し出す。
「んっ」
ナユタは礼も言わず、手掴みでもしゃもしゃと「遅い晩飯」を食い始める。
ローストチキンとパン、それに余り物の小鉢。(スープは先ほどの乱闘で鍋ごと全部ぶちまけてしまったので、メニューには無い様だ)どれも冷え切ってしまっていたが、なぜかナユタには、今まで食ったどんな飯よりも旨いモノに感じたのだった。
「現場を押さえた小隊長には俺からも抗議しておいた。こりゃ『正当防衛だ』ってね。まぁ今回は、ちぃ~っとばかり、『やりすぎちまった』のは否定できんがね」
ダイルンはナユタの様子を見ながら、苦笑いする。
「明日の朝には懲罰房から出られる。まぁ、何だったら明日は特別に、訓練休んでもいいぞ」
「別にいいよ。そんなの」
「そうか……」
しばし沈黙。
「ありがとよ。ダイルン」
ナユタがぼそりと呟く
「わっはっは! まさか『クソガキ』にお礼を言われるとはな。流石のお前さんも、ちったぁ懲りたかね」
「何だよ。からかうなよ」
「わっはっは……」
再び沈黙。
「なぁ」
「おぅ?」
「あの、クレアって『チンチクリン』は一体何者なんだ?」
「あぁ、あの子か……」
ダイルンは少しだけ考えるように沈黙し、やがて語りだす。
「あの子は去年、ムンドゥール軍がエルトリア王国に侵攻してきた『バーク街道の戦い』の時に、被害を受けた戦争孤児だ」
「彼女が両親と一緒に住んでた『レド村』は、俺たちエルトリア軍が駆けつける前に壊滅しちまったんだ。彼女の両親も、村中の知り合いも、ほとんど皆殺しにされちまったんだとよ」
「……」
「彼女は母親に言われて自宅のクローゼットの中に隠れてたおかげで、なんとか生き残ったらしいが、両親は殺され、村は壊滅。彼女はエルトリア城下町に住む遠い親戚に引き取られたらしい」
「その親戚ってのが、バルマ砦の民間スタッフをやってるらしくて、彼女もその親戚にくっついて、お手伝いとしてたまに砦に出入りしているんだとよ」
「そうか……」
「まぁ、その子からしてみりゃ、お前さんはどっからどう見ても『南方の異民族』ダルタ人だ。感情を抑えきれんのも無理ないぜ」
そこまで説明してダイルンはため息をつく。
「……」
ナユタは黙り込んでいる。
説明は理解できた。だが納得はできない。といった表情だ。
確かにナユタはダルタ人であるが、奴隷歩兵としてムンドゥール軍に強制徴兵された身だ。ムンドゥール軍から虐待や拷問を受け、無理やり戦わされていたのだ。
しかも、「レド村の虐殺」にはナユタたち奴隷歩兵は関与していない。(「奴隷」なので、村や町の破壊活動の混乱に乗じて、彼らが逃走する恐れがあるため、基本的に「このような場」で彼らが駆り出されることはない)
また、例え拷問を受けても、無抵抗の民を虐殺するような非道な真似は決してしない、という正義感もナユタはちゃんと持ち合わせている。
このような状況に鑑みれば、ナユタもクレアという少女と同様、ムンドゥール軍の「犠牲者」なのである。
二人とも同じ犠牲者という立場のはずである。なのに、「ダルタ人」というだけでなぜ自分だけが責められなければいけないのか。
「言いたいことは判るし、お前さんの意見が正しいと俺も思う。だが、それを彼女に理解してもらうのは難しいぜ。彼女は実際に両親を南方異民族に殺され、南方異民族全体を憎んじまっているからな」
ダイルンが言う。
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」とでも言おうか。今の彼女は、「南方異民族」というだけでナユタのことを毛嫌いしてしまっているようだ。
「んで、お前さんはどうしたい?」
ダイルンがナユタに問いかける。
「俺は……」
ナユタは一瞬考えるが、やがて口を開く。
「そりゃ、できれば誤解を解きたいさ。確かにすげぇ腹は立ったけど、『そう言う理由』があったのなら、あの行動も仕方ねぇからな」
「ただ、それは完全な誤解だってことは伝えたいんだ。俺は確かにダルタ人だけど、南方に住んで略奪を繰り返してる『悪いダルタ人』じゃないって、クレアにはわかってほしいんだ」
「そうかい……」
ナユタの話を聞いていたダイルンは、口を開く。
「よし、部下の尻拭いは上司の務めだ。手伝ってやるよ」
「ほんとか!?」
こうして、ナユタとダイルンは、クレアとの「仲直り」作戦について夜遅くまで話し合った。
2日後の4月8日。
バルマ砦の一室に、4人の人物が集まっていた。
こちら側がナユタ、ダイルンの2名。
向こう側がクレア、ポーラおばさん(クレアを引き取ったという遠い親戚)の2名だ。
「ごめんなさいねぇ。ナユタさん。クレアにはきつく言っておいたのだけれども……」
両者が顔を会わせると、さっそくポーラおばさんが先日のことをクレアに代わり詫びてくる。
「いえいえ、とんでもございません。こちらこそ、うちのナユタがご迷惑をおかけしました」
ダイルンがポーラおばさんに謝罪する。
保護者同士の謝罪が終わったところで、いよいよ本人たちの直接対決だ。
「何よ、嫌みを言いに来たの?」
クレアは最初からかなり好戦的だ。
「何おう!?」
ナユタが怒り始める。
「オイオイ、ナユタ。お前さん一体何しに来たんだよ」
「こら、クレア。そんな態度はないでしょう!」
両保護者の仲介により、一旦仕切り直しだ。
「えっと、その、クレア、こないだはごめん。俺もやりすぎた」
まず、ナユタが謝罪する。
「今日はその、謝りたかったのと、どうしてクレアが『あんなこと』したのか知りたくて来たんだ……」
横でダイルンがうんうんと頷いている。
「はぁ!? なんで私が、あんたと話をしないといけないのよ」
一方のクレアは、まだ戦闘モードを解除していない。
「――ッ!」
ナユタがキレそうになるのを、ダイルンが無言でなだめている。
「訳を説明するぐらいいいじゃない。それともクレアは、理由もなくナユタさんに『あんな酷いこと』をしたのかしら?」
ポーラおばさんがナユタの援護に回る。いいパスだ。
「それは……」
クレアが急に言いよどむ。
「こいつが、『異民族』だからよ……」
クレアは小さい声で呟くように言う。
「どうして彼が『異民族』だと『あんなこと』をしないといけないんだい?」
ダイルンがクレアに優しい声で、しかし核心をつく質問をズバッと斬り込む。
「そんなの、そんなの決まってるじゃない!!」
クレアは今度は、泣きながら大声を張り上げる。
「こいつら異民族は、村を滅茶苦茶にして、お父さんとお母さんを殺したの! 絶対に許せるわけないじゃない!!」
彼女はそう言い捨てると、ポーラおばさんに掴まってワンワンと泣き出してしまった。
「クレアちゃんの言う通りだ。お父さんとお母さんを殺した、悪い南方の異民族たちは、決して許せないよね。俺たちエルトリア軍が、きっと仇を取ってみせるよ」
彼女が泣き止んだところで、ダイルンが再び声をかける。
「だけどね、ここにいるナユタは、『異民族』だけども、君のお父さんとお母さんを殺した、悪い異民族の仲間じゃないんだよ。ちょっとだけ、彼の話を聞いてやってもらえないかい?」
そこまでお膳立てをした上で、ダイルンはナユタにバトンを渡す。
「あのさ、クレア。俺は実はさ……」
ナユタはクレアに対し、自分がダルタ人であるが親に捨てられ、奴隷として売り飛ばされたこと。ムンドゥール軍には拷問や虐待などのひどい目に遭わされていたこと。そしてこれから、エルトリア軍の兵士として「悪い異民族」から皆を守るためにここにいることなどを熱心に彼女に語ったのだ。
「ホント? あなたは『悪い異民族』じゃないの?」
ナユタの説明を聞いて落ち着きを取り戻したクレアは、改めて彼に問いかける。
「あぁ、その『悪い異民族』をやっつけるためにここにいるんだ」
ナユタが力強く肯定する。
「……」
「ホラ、クレア、ナユタさんに言うことがあるんじゃないの?」
ポーラおばさんがクレアをせかす。
「あ、あの、その、な、ナユタ。この前は酷いことをしてしまって、ごめんなさい」
クレアはそう言ってぺこりと頭を下げる。
「あ、いや、その、お、俺の方こそ悪かった。クレアがそんな目に遭ってたとは知らなかったし、その、俺もやりすぎちゃったし……」
ナユタも恥ずかしそうに謝罪の言葉を述べる。
「よし、ちゃんと仲直りできたな。じゃあお互い、握手でもして、この件は『一件落着』にしようか」
最後に、ダイルンが提案する。
少年と少女は、大人たちに促されて、おずおずと、しかし、しっかりと握手を交わしたのでした……。
「……なんてことが、アレク殿の留守中にありましてね」
ここはバルマ砦の司令官用の執務室。
ケルン公国から帰国した俺のもとに、留守を預かってもらっていたダイルンが、「ナユタとクレアの一件」について報告をしてくれたところだ。
「そうか」
俺はコーヒーを飲みながら、ダイルンの報告に満足する。
「あれ以来、クレアちゃんはナユタに『ぞっこん』ですわ。食事から洗濯から、かいがいしくナユタの面倒を見る様は、まさに『押しかけ女房』です」
「ふふっ、あの年でナユタも『所帯持ち』か」
俺はついつい吹き出してしまう。「何だよもう、やめろよ~」とうっとおしがるナユタの様子が目に浮かぶようだ。
「ありがとうダイルン。留守中苦労を掛けたね」
「いえいえ、とんでもございません。憎たらしいが放っておけない『クソガキ』のためですから」
ダイルンはそう言ってにやりと笑う。
「あいつは『大物』になりますぜ、アレク殿」
「あぁ、そうだな。それまではまだまだ手間がかかるだろうけど、よろしく頼むよ、ダイルン」
「ハッ!」
こうして、アレク不在のエルトリア王国で起きた「ちょっとした大騒動」は幕を閉じたのであった。
To be continued