第45話 クソガキ、チンチクリンに会う①
これはアレクやシルヴィが、ケルン公国に公式訪問をしている間に、エルトリア王国で起こった出来事……。
俺はナユタ! ダルタ人だ!
夢は「デアルマジード」を倒して世界最強の将軍になることだ!!
今は、エルトリア王国っていう国で兵士として雇われてやってるんだぜ。
この国での生活は、それまでムンドゥール族の奴隷としてひどい扱いを受けてきたのとは比べ物にならないほど快適だ。
飯も美味いし、誰も鞭で叩いたりしないし、(小隊長のダイルンからゲンコツを見舞われることはしょっちゅうだが……)、ふかふかのベッドで寝られるし、
それに何と言っても、「お姫様」がすげぇ美人なんだぜ!
いい匂いがするし、手もすべすべだし……。
おっと、俺は「硬派」な男だからな。いくらお姫様が超美人だからといって、鼻の下を伸ばすようなことはしないぜ。
さて、まぁそんな感じで、それなりにエルトリア王国での生活を満喫していた俺のもとに、突如として「天敵」が出現することになってしまったのだ。
「へへっ、今日の訓練終了! さ~て、晩飯は何かな~」
4月6日、夜。アレクたちがケルン公国の迎賓館で晩餐会を楽しんでいるころ、エルトリア王国のバルマ砦に、一日の訓練を終えたナユタたちが帰投していた。
「な、ナユタ、流石だな……。あの訓練でバテもしねぇのか」
兵士のトレックがナユタに声をかける。彼はナユタとほぼ時期を同じくしてエルトリア軍に加入した。年も近く、今ではすっかり悪友同士だ。
「なんだよトレック、あれぐらいの訓練でだらしねぇな~」
「ハハッ、相変わらずすげぇな。俺はパノラマ河での水練で、もう少しで溺れそうだったってのに……」
「ま~な、俺は無敵だからな」
ナユタがドヤ顔で自慢する。
が、実際のところ、彼の基礎体力をはじめとする剣術、馬術、格闘術、その他の戦闘技術はエルトリア軍の中でも、「圧倒的」であるのは事実だ。
「純粋な戦闘技術」だけで考えるなら、エルトリア軍の中でも、魔王アレク、四天王ルナに次ぐNo.3の実力者であることは間違いない。
「ほ~う、まだまだ『余裕』って訳か。じゃあ晩飯を食ったら、夜間の走り込み演習を追加してやろうか?」
ナユタとトレックが所属する小隊の隊長、ダイルンが彼らの小話を聞きつけ、ニヤニヤと笑みを浮かべながら彼らの後ろに立っていた。
「ゲッ、ダイルン! 聞いてたのかよ!!」
「ハッハッハッ! 冗談だ! 今日はゆっくり休め。あとナユタ、いい加減俺のことは『ダイルン小隊長』と呼べよ」
「何だよ! ダイルンだって俺のこといつも『クソガキ』呼ばわりするじゃねぇか!」
「そりゃお前が『クソガキ』だからだよ」
「何だよ! そりゃあ」
「ハッハッハッ」
まぁ、いつも大体「こんな感じ」である。
ナユタは戦闘技術に関しては大変すばらしいものを持っているが、部下を率いる「将」になりたいならば、まだまだ他に学ぶべきことが多そうだ。
とはいえ、憎まれ口をたたきながらも、小隊長のダイルンやトレックをはじめとする同僚たちとの関係も良好なようである。
「じゃあ、俺は報告書を仕上げるから先に上がるぜ。明日も早いんだから、バカ騒ぎはほどほどにしておけよ」
「ヘイヘイ、わかってるよ」
「さてさて、待ちに待った晩飯だぜ!」
ナユタ、トレックはダイルンと別れた後、そのままバルマ砦の食堂にやってきた。
すでに食堂は、多くの兵たちでいっぱいだ。
二人は給仕用のカウンターに、トレイを持って並ぶ。
軍の食事が旨いこと。
これは魔王アレクが非常に重視していることの一つであり、バルマ砦の食堂でも民間のスタッフを雇い入れ、旨くて栄養価の高い食事が毎日提供されている。
ムンドゥール軍奴隷歩兵として、残飯以下の酷い食事しか与えられていなかったナユタにとって、旨い食事を腹一杯食べられるこの時間は何よりの楽しみ、まさに「至福のひと時」なのである。
ちなみに本日の献立は、
メインがローストチキン、バジルと岩塩で味付けをし、オーブンで焼き上げた逸品だ。外はパリパリ、中は肉汁たっぷりで非常にジューシー。付け合わせにマッシュポテトとニンジン、ブロッコリー、カリフラワーの温野菜が添えられている。
続いてスープ。今日はトマトたっぷりのミネストローネだ。トマトのほかにも、タマネギ、ジャガイモ、ニンジン、キャベツ、空豆、マカロニなどとにかく具沢山だ。
この2点を給仕に取り分けてもらった後は、バイキング形式でサラダ、小鉢などの一品料理、デザート、飲み物などを自分で好きな分だけ取り分ける。
また、焼き立てパンと炊き立てご飯も山盛り用意されており、こちらは好きなだけお代わり自由だ。
「へっへっへ、今日は『ミートボール丼』にしようかな~」
ナユタが舌なめずりをしながら、カウンターに並ぶ色とりどりの料理を見る。
最近の彼は、白いご飯に付け合わせの小鉢をぶっかけて食すという謎のマイブームにはまっているようで、今日も新たな世界を開拓すべく、あれやこれやと組み合わせを検討中のようである。
「ってなんだよ、このローストチキン、『切れ端』じゃねえか!」
ナユタが何ごとかに気付いたようで、給仕に文句を言う。
なるほど、確かにほかの兵士たちに配られているローストチキンは、骨付きのもも肉の部位を丸々焼き上げたボリューム満点のモノだが、ナユタに配られたのは、その切れ端と言うかなんというか、とにかく非常に小さな肉片が一切れだけであった。
「あら、あんたにはそれでも贅沢すぎるぐらいよ」
給仕が嫌味を言う。
「何だと! このチンチクリンが!」
ナユタがやり返す。怒りのボルテージが上がっていくのが目に見えてわかるようだ。
しかし、確かに「チンチクリン」である。
目の前の給仕係は、どう見てもまだまだ幼い「女の子」である。8・9歳ぐらいだろうか?
「おいおい、何やってんだよナユタ。後ろがつっかえてるんだ」
トレックがナユタに注意する。
「だけどよ!」
「肉なら後で俺が交換してやるよ。訓練が終わってから腹が痛いんだ。今日はあんまり食欲がない」
「……」
釈然としない、といった様子ではあったが、とりあえずその場は一旦矛を収めたナユタであった。
「俺はシルヴィア王女派かな~。可愛くて少し天然入ってるところがやっぱり……」
「俺は断然ルナリエ副長派、美人でスタイルもいいし、あ~、罵られたいぜ……」
「ナユタはシルヴィア王女派? ルナリエ副長派? どっちよ?」
先ほどの騒ぎはどこへやら、男たちは何事もなかったかのように、すぐにくだらない猥談で盛り上がりだし、ナユタもそれに巻き込まれることになった。
「な、何だよそれ」
「オイオイ、すっとぼけるなよ。分かってるくせに~」
「いや、俺は別に……。って、熱っちぃ!!」
ナユタが突然大声を上げる。
見れば、給仕に入れてもらった熱々のミネストローネスープがこぼれ、ナユタの手にかかっている。
「テメェ! さっきの!!」
ナユタが驚きと怒りを込めた眼差しで給仕を睨みつける。
なんと、ナユタの手にスープをこぼしたのは、先ほどの「チンチクリン」な女の子の給仕であったのだ。
「あらごめんなさい。野蛮人は手でスープを飲むと思ったから」
「何だと! このチンチクリンが!!」
ついにナユタがブチ切れる。女の子の胸倉をつかんで声を荒げる。
カーン!!!
一瞬何の音か分からなかった。
が、次の瞬間、その音は女の子が手にした給仕用の大きな「お玉」でナユタの頭をぶん殴った音だと判明した。
ブチッ!
音はしていないはずだが、ナユタの堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた気がしてならない。
「この野郎!!」
ナユタは女の子に掴み掛る。
「離してよ! この野蛮人!!」
女の子も負けじと大暴れだ。
二人はその場で取っ組み合いの大ゲンカを始めてしまった
ガッシャーン! パリン! パリン!
スープが入った巨大な鍋、配ぜん用のトレイ、食器などなどを派手にひっくり返しながら、二人の取っ組み合いは続く。
「オイオイ! 止めろ止めろ!」
「何やってんだよ! とにかく二人を引き離せ!」
食堂は大混乱だ。周りの兵たちが慌てて仲裁に入る。
「はぁ、はぁ……」
それぞれ3人ずつの6人がかりで、ようやく二人を引き剥がす。
「テメェ何なんだよ! 突然わけわかんねぇケンカ吹っ掛けやがって!!」
なおも興奮収まらない様子のナユタは、大声で女の子に吠え掛かる。
「教えてあげるわ!」
負けじと女の子も大きな声を張り上げ、ナユタを睨みつける。
「私はクレア! 8歳! 南方の異民族に両親を殺されたの!! だから私が、あんたたち野蛮人を滅ぼしてやるんだ!!」
彼女はそう言うと、手に持ったままになっていた「お玉」をナユタ目掛けて投げつけたのだった。