第42話 魔王様、ケルン公国を訪問する⑦「死闘、そして・・・」
「はぁぁ!」
ルナは愛用のジャベリンを手に、テンペストに騎乗したまま弾丸のような速度でイザベラ目掛けて突進する。
「もぅ! 厄介なのが来たわね」
イザベラは一旦人間状態を解除し、人魚の姿に戻ると、宙返りをして海に飛び込む。
「アレク様! シルヴィア姫も、ご無事ですか!?」
「あぁ、助かったよ!」
「ルナリエさん、ありがとうございます!」
俺たちは互いの無事を確認する。
が、「あの女」がこの程度であきらめるはずがない。
「あらあら、相変わらず空気の読めない無粋な娘。恋人同士の遊びを邪魔するなんて」
海面が大きく盛り上がり、その頂点に水でできた「玉座」が現れる。
イザベラはそこに座りながら、「心底うんざり」といった表情でルナを睨む。
「ふざけるな! アレク様をこんな目に遭わせておいて、何が『恋人』だ!!」
ルナが激昂する。ここまで怒りを露わにする彼女は珍しい。
だが、「その確率」は「イザベラ相手」であれば一気に跳ね上がる。
ルナリエ=クランクハイドとイザベラ=ローレライ。
ある意味予想通りと言えるが、この二人、史上最悪に仲が悪い。「犬猿の仲」などという生易しいものではない。
魔王に「ベタ惚れ」しているルナリエが、「思わせぶり」な態度を取り魔王を誘惑するイザベラに事あるごとに噛み付くのは魔王城では「日常茶飯事」であったのだ。(イザベラもわざわざルナリエを挑発するような態度を取るので、「お互い様」なのだが……)
両者が出会うだけで、「災害」が発生するかの如く、他の魔族たちはそそくさと逃げ出すのだ。
そんなに険悪な二人の間柄で、さらに今、ルナリエが敬愛してやまない魔王にイザベラは危害を加えようとしたのだ。
ルナリエが本気でブチ切れるのは火を見るよりも明らかだろう。
先ほどまでの魔王 VS イザベラの「お遊び」の戦闘とはわけが違う。
「焔の舞姫」 VS 「群青の妖妃」の四天王同士の本気の「死合い」が、今、開始される。
「羽ばたけ、テンペスト!」
ルナの合図でテンペストが一気に空へと跳躍する。
彼女は一旦、イザベラから大きく距離を取るように旋回し、次の瞬間、獲物を狩る隼のごとく、猛然と敵を狙い急降下する。
「撃ち落としてあげる」
イザベラが手を挙げると、何十本もの巨大な水柱がテンペスト目掛けて撃ちあがる。
「はぁぁ!」
ルナはテンペストを巧みに操り、ギリギリのところでこれを躱しながら、イザベラへと迫る。
「喰らえ!」
「させないわ」
ルナが炎を纏わせたジャベリンを突き出すが、イザベラは水を一瞬で凍らせ、長槍を作り出してこれを受け止める。
ドゴオォォォォン!!
二人の魔力がぶつかった衝撃で、轟音が響き渡り、空間が激しく振動する。
「クッ!」
ルナは一旦距離を取り、再び上空を大きく旋回しながら、次の突撃のチャンスを伺う。
「ふふっ、『竜』には『龍』ね」
イザベラがそう呟きながら、ひと際膨大な魔力を収束させる。
先ほどまで撃ち上がっていた水柱より、更に大きな水柱が一本、ゆっくりと空へ向けて立ち上る。
と、その水柱は見る見る「水龍」の姿へと変貌していく。
リヴァイアサン。
イザベラが水と魔力を錬成して作り上げた、「伝説上の怪物」のレプリカだ。
「行きなさい!」
イザベラの合図で、それはまるで生きた本物の水龍であるかの如く、大木のような蛇体をくねらせ、ルナとテンペストに迫る。
アレクたちが乗る遊覧船さえ一呑みにしてしまうであろうほどの大きな口で、ルナたちを丸吞みにしようと飛び掛かる。
「テンペスト、避けて!」
ルナはテンペストと一心同体であるかのような見事な動作でこれを躱す。
が、リヴァイアサンは彼女らを執拗に追いかける。
水柱も再び撃ち上がり、リヴァイアサンとの連携で、少しずつルナたちが追い詰められていく。
だが、
「今度はこっちの番よ!」
ルナがそう言って魔力を収束すると、彼女が手にしていたジャベリンが巨大な炎をまとい、激しく燃え上がる。
それは最早、槍というより、炎でできた「巨剣」だ。
「炎剣、レヴァンテイン!!」
ルナはリヴァイアサンの攻撃をすんでのところで避けると、手にした巨剣をそのまま水龍の頭に目掛けて一気に振り下ろす。
「オォォォォ!!」
炎の巨剣で頭を斬り落とされたリヴァイアサンは、魔力を失い、「ただの水」となって轟音とともに海へと崩れ落ちる。
その衝撃で大津波が発生し、遊覧船がひっくり返りそうになる。
「きゃあ!!」
「大丈夫かい、シルヴィ!」
俺はシルヴィをかばいながら、四天王二人の戦いを見守る。
今の戦況は、「五分五分」だ。
リヴァイアサンは撃破したが、ルナもかなりの魔力を浪費してしまった。
このままでは、持久戦となるだろう。
イザベラの得意な海というフィールドで、持久戦に持ち込まれるのはルナにとって望ましくない。
それに、このまま戦いが続けば、遊覧船に乗るシルヴィや乗客たちに被害が及ぶ危険性も高い。
やはり……。
「あ、アレク様、一体何を!?」
「大丈夫だよ、シルヴィ。この戦いを終わらせてくる」
俺は彼女にそう告げると、騎士剣を手に、海へと飛び込んだ。