第38話 魔王様、ケルン公国を訪問する③「歓迎の宴」
あの後、ゼファール大公の案内で第1階層に戻った俺たちは、そのままケルン公国の迎賓館に案内され、今はそれぞれ個室でパーティーの準備をしている。
「ふぅ、こんなもんか」
俺は燕尾服に蝶ネクタイ姿になり、問題がないか念のため鏡で確認する。
―― やっぱりこういうのは苦手だなぁ。
魔王になる前は、魔族といっても代々「魔王城の召使い」の家系だったのだ。
当然、子どもの頃は「国賓として晩餐会に参加する」機会などあるはずがなく、こういったことに関する教養はすべて「魔王になってから」身につけたのだ。
ルナあたりはこういうの卒なくこなすんだろうけれど。何せ「先代魔王の娘」で正真正銘の令嬢だ。
それにシルヴィも、普段はおてんばだがそこは王族の娘。
十分に「場慣れ」はしているはずだ。
コンコンコン。
「アレク様、準備できましたか? 一緒に会場に参りましょう」
ルナの声が聞こえる。
「あ、あぁ。今行くよ」
俺は慌てて扉を開ける。
「あっ」
思わず声が出てしまった。
それほどに美しい。
今のルナは、ポニーテールを解いている。
長い朱の髪に蝶を模した髪飾りをつけ、首には美しいネックレスを着けている。
彼女の髪色に良く似合う赤のカクテルドレスを身にまとい、肩や胸元がセクシーに露出されている。
いつもの凛とした佇まいとは全く違う。
艶やかで上品な姿だ。
「いかがでしょうか?」
彼女は耳に手をかけ、髪をかき上げる仕草をする。
「あ、あぁ。すごく良く似合っているよ」
俺はドキドキしながらそう答えるのが精いっぱいだ。
我ながら、もう少し「気の利いた」言葉は出ないのかと思ってしまう。
「ふふっ。さぁ、参りましょう。エスコートしてくださいませんか?」
しかしルナは、俺の反応に思いのほか満足そうだ。俺に腕を絡めてくる。
俺たちは会場に向かうも、まだホールの方は準備中で入れないようだ。
仕方がないので、ウェイティングルームで待たせてもらうことにする。
ウェイティングルームには既に多くのゲストがおり、ウェルカムドリンクを飲みながら和やかに談笑している。
「あっ、アレク様! お待ちしておりました!」
シルヴィの声が聞こえる。
「!」
今度は声が出なかった。
シルヴィの可愛さは、「息を吞むほど」だったのだ。
眩い金色の髪を後ろで結っている。
普段は隠れていた白いうなじが美しい。
頭には銀の王冠を着けている。
淡い桃色のデコルデ・ドレスに身を包み、繊細な刺繍が施された白のロンググローブで手を覆っている。
先ほど浅瀬でぬかるみにはまっていたおてんば姫とは到底思えない。
楚々としながらも気品に満ちた佇まいだ。
「どうかされましたか? アレク様」
シルヴィは小首をかしげる。
「あ、いや、すごくきれいだなと思って」
「ほ、ホントですか、やった!」
彼女は小さくガッツポーズする。こういう仕草はいつも通りだなと、少し安心してしまう。
「こ、これは手ごわい……」
ルナが何ごとかつぶやいたような気がするが多分気のせいだ。
「お待たせしました。皆さま。どうぞ会場へお入りください」
係りの案内で、俺たちはホールに通される。
会場は豪華絢爛な装飾が施された大ホールだ。天井から吊り下げられた巨大なシャンデリアが目を引く。
大きな窓は少しだけ開けられており、少し潮気を含んだ春の夜風がそよそよと流れ込んでくる。
迎賓館が第1階層の高台に建てられているため、薄暗くなってきた外にはケルナ湾の絶景が一望できる。
室内の大きなテーブルには色とりどりの料理が並べられている。(ケルン公国では、歓迎パーティーは席についてコース料理を頂く「晩餐会形式」ではなく、このような「立食パーティー形式」でもてなすことが多いらしい)
メニューはシーフードを中心に、キャビアのクラッカーのせ、ロブスターのテルミドール、ワタリガニのスープ、海老とアスパラのゼリー寄せ、ムール貝のパスタなどどれもおいしそうだ。
「それでは、両国の発展を願って、乾杯!」
ゼファール大公の乾杯の音頭で宴が始まる。
「アレク様は宰相になる前は何をされていたんですか?」
「まだお若いですよね、恋人とかは?」
「えっと、あの……」
開始早々、俺はケルン公国の貴族のご令嬢方に囲まれて、質問攻めにされてしまう。
若い貴族の娘さんたちにとって、このようなパーティーは社交の場であると同時に、パートナーを探す婚活の場でもあるようだ。
「……」
ハッ!
気が付くと、ルナがじっとりとした目で、シルヴィがやさぐれた目で、それぞれ俺を見つめている。
「アレク様、料理を取ってきましょう。何がいいですか?」
「飲み物はワインでいいですね。私、もらってきます」
気づけば、両脇をシルヴィとルナにがっちりと固められてしまった。
もはや第三者の介入する余地はない……。
「もぅ、アルマンド様ったら」
「アッハッハ。皆可愛いね~」
アルマンド子爵は向こうで5人の女の子を侍らせながら楽しそうだ。
「シーレーン皇国は……、しかしメアリ教国もそこまでは……。」
モントロス伯は、ケルン公国の貴族たちと何やら六国の情勢について話している。
「がっはっは! どうしたグレゴリー卿! もうギブアップか!」
「なんの、勝負はまだまだこれからですぞ!」
グレゴリー卿はドグラ将軍と飲み比べ対決中だ。
皆思い思いに楽しんでいるようだ。
「これは『お酒』と言いまして、魔王国などで一般的な、米を原料としたアルコール飲料なのですが……」
宴が進み、シルヴィとルナの監視が弱まったところで、俺は「切り札」として持ってきた純米吟醸酒をケルン公国の貴族たちに振る舞って回る。もちろん昨年の秋に収穫されたエルトリア産の米で作られた一品だ。
自国の特産品をアピールして回るのも、宰相の仕事だ。(半分は趣味だろうと言われればそれまでだ!)
「おぉ、『酒』というのはシーフードと相性抜群ですな」
「でしょう? 本場魔王国では、つまみのことを『酒の肴』というのですが、これは魚介類が酒のつまみとして最適であるから……。」
魔王様の営業トークは止まらない!
「やぁ、楽しんでくれているかい?」
宴もたけなわといった頃、ゼファール大公が俺たちに声をかけてくる。
「えぇ、おかげさまで」
俺が一礼しながら彼に答える。
「しかしシルヴィ。お父上のことがあって心配していたが、元気そうで何よりだ」
彼はシルヴィに声をかける。
確かゼファール大公とは遠い親戚同士だと言っていた。彼女の父親であるエルドールⅢ世とゼファール大公も、当然面識があったのだろう。
「はい、ゼファール大公。最初は凄く悲しかったですけれど、今はアレク様がそばにいてくれますから」
シルヴィがそう答える。
「そうか、アレク殿。シルヴィのことをこれからもよろしく頼むよ」
「はい、大公!」
俺が答える。
「しかしおてんばは直ってないね。覚えているかい、シルヴィが5歳の時にポルト・ディエットに来た時もやっぱり第3階層の泥道で……」
「もぅ、ゼファール大公!」
などと和やかな様子で公式訪問1日目の夜が更けていった。
魔王様が講釈を垂れていた「酒の肴」の話は本当です。昔は魚類のことを「魚」と呼んでいたのですが、酒のつまみとして魚介類が提供されることが多かったため、肴から転じて魚と呼ぶようになったのです。