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第37話 魔王様、ケルン公国を訪問する②「ポルト・ディエット」

 数分後。


 筋骨隆々、無精ひげをはやした大男が俺たちのところへ合流した。


「がっはっは! 初めまして! ワシはドグラ。ケルン公国海軍の将軍だ!」

 彼はそう言って自己紹介すると、俺たちに握手を求める。


 ケルン公国は中央六国で唯一海に面している。

 そのため、同国は六国で唯一「海軍」を保有しているのである。


「ドグラ将軍! お久しぶりです」

 グレゴリー卿が握手に応じながら話しかける


「おぉ! グレゴリー卿ではないか! 懐かしいな。前回の『神聖十字軍』の時以来か?」

 ドグラ将軍が豪快に笑う。


 メアリ教国の魔王国侵攻作戦、通称「神聖十字軍」では、属国である中央六国すべてに参戦義務がある。


 そのため、各国の将官同士は神聖十字軍を通じて知り合っているケースがほとんどなのである。


「さて、そろそろ出発しようか!」

 ゼファール大公の案内で、ポルト・ディエットの散策が始まる。


 まずは岬の上部に並んだ美しい街並み、第1階層から見ていくことにする。


「ここは公共施設の集まるフロア兼貴族の生活フロアでもある。まぁ、さながら『官庁街』とでも言おうか」

 ゼファール大公が説明する。


「とはいえ、別に貴族専用のエリアという訳でもない。噴水広場や図書館、展望台や劇場なんかもあり、一般市民や観光客も多くにぎわっている」


 確かに、道行く人々を見れば、身なりのいい格好をした貴族と思しき人物、子ども連れのごく一般的な感じの夫婦、どう見ても冒険者風の人物など、様々な人種が通りを行きかっている。


「ほぅ! これまた美しい建物だ!」

 モントロス伯が感心したように唸る。


 目の前は大きく開けた芝生広場になっており、その先に、ドーム状の屋根を持つ白い巨大な建造物が見える。


「アレが『貴族院』の議事堂だ」


 ゼファール大公が説明する。


「アルドニア王国の著名な芸術家、トーマス=マッツォ氏の作品だ。明日の条約交渉は、あの建物の一室で行うことになる」


 彼はチラリとこちらを見ながら説明する。


「さぁ、次は第2階層へ行ってみようか」


 第2階層は崖の斜面に沿って、上下に入り組んだ構造になっており、さらにあちこちにトンネルが通って非常に複雑に入り組んだ構造になっている。まるで立体迷路のような場所だ。


「崖をくり抜いた洞窟に扉や窓をはめ込んで民家や商店を作っているんだ。なので、どの家や店からも絶景のオーシャンビューが楽しめる。基本的には庶民のフロアだが、中には隠れ家的な高級洞窟(ケイブ)レストランなんかもあり、貴族がお忍びで通っている所もある。沈みゆく夕日と海を眺めながらの高級ディナーはデートにピッタリなんだよ」


「へぇ~、素敵! いいなぁ~」

 ルナがうっとりするように呟く。一瞬、俺と目が合った。




「おっ! なんかめっちゃいい匂いがするぜ!」

 アルマンド子爵がクンクンと鼻を鳴らす。


「あぁ、この先に『バル』がたくさん並んでいるエリアがあるからね」

 せっかくだから案内してもらうことにする。


 緩やかな下り坂に沿ってバル、つまり「大衆居酒屋」が延々と連なっている。屋外にもテーブルや椅子が出ており、まだ日が高いうちから住民たちがつまみを食べながらビールやワインを飲んでいる。


「これがこの国の日常さ。特に漁業関係者なんかは深夜から早朝のうちに仕事が終わってしまう人も多いから、昼ともなれば、バルはいつも酔っ払いでごった返しているよ」

 ゼファール大公が少し苦笑いしながら説明する。


 確かに、エルトリア王国や魔王国ではお目にかかれない光景だ。


「おぉ! うまそうだ!」

 彼は店先に並ぶ色とりどりのピンチョス(串に刺したパンと具材の軽食)を指さす。


「この国は海鮮が豊富だからね。具材はアンチョビやサーモン、タラ、ニシン、エビやカニや貝といったシーフードをメインにして、そこにオリーブやトウガラシ、チーズ(・・・)やピクルス、オニオン、トマトなんかを好きに乗せて食べるんだ。ツウ(・・)はビールを一杯引っかけて、少しつまみを食べたら、また別の店に行くのさ」


 いま、チーズといったな。これはメルベルチーズを売り込むチャンスがあるかもしれない。


「この国じゃ、そうやって5・6軒『ハシゴ酒』しながら色んな店の味を楽しむのがセオリーなんだよ」


「うぉぉ! 今日晩飯食ってからこよーぜ!」

 アルマンド子爵もテンションが上がってきたようだ。もはや完全に観光客である。


「がっはっは! 大将! 俺が行きつけの店を紹介してやるぜ!」

 ドグラ将軍が豪快に笑う。


「私も行きたい!」

 シルヴィがしゅばっと手を上げる。


 あなたは未成年だし、一応国家元首だから、防犯上の観点から却下です……。




 さて、一旦第2階層を離れ、崖を一番下まで下り、最後に第3階層に向かう。


 さすがに、このフロアは「磯臭い」感じだ。まぁ不快というほどではないが。

 浅瀬に桟橋(と、言っても結構頑丈な造りで、横幅も広い)が渡してあり、木造の簡易小屋や露店が大量に立ち並び、海産物や南方の交易品を買い求める客が大勢行きかっている。


 その更に奥、遠くの方に、何十隻も帆船が並んでいるのが見える。


 漁のおこぼれ(・・・・)を狙っているのか、頭上には大量の海鳥が舞っている。


「あっ、あれは何でしょうか!」

 シルヴィが崖沿いの巨大な装置を指さす。


「あぁ、あれは人力の『貨物エレベーター』だよ。海産物や交易品なんかを滑車を利用して第2階層や第1階層まで運ぶんだ」


「へぇ~」

 シルヴィが感心しながら頷く。


「さぁ、こっちへ。桟橋のわきの泥道には入らないようにね。非常にぬかるんでるから」

 ゼファール大公が注意を促す。


 べちゃ、べちゃ、べちゃ、ズボッ!


「ヴッ」


 言われたそばから好奇心旺盛なおてんば姫がぬかるみに足を突っ込む。


「びぇ~ん、アレク様~」


「……」







 近くにあった無人の漁師小屋を借りてシルヴィがお召し替え(ルナが同行した)してから散策を再開する。


「すごいですね! 見たことない魚がいっぱい!」

 シルヴィはすぐに気を取り直したようで、あっちへフラフラ、こっちへフラフラとまるで落ち着きのない子どものようにはしゃぎまわっている。


「これは、面白い模様ですな……。何ともエスニックというか……」

 モントロス伯が目をとめたのは、交易品を扱っている露店だ。


 幾何学的な模様が美しい衣類や、何らかの宗教的な儀式で使用すると思われる木彫りの像などが売られている。


「あれが南方諸島の交易で手に入る品の一部だよ。ほかでは見たことないだろう?」

 と、ゼファール大公。


「最近は交易船が入港してくることは滅多にないからね、ああいった『お土産』みたいなものしか売ってないんだ。以前は南国の珍しい果物や植物なんかも売っていたりして、世界中から商人たちが買い付けに来ていたんだけどね」


「どうして交易船が途絶えてしまったのですか?」


「ポルト・ディエットの港から南方諸島に行くには、ケルナ湾を超えて、非常に狭い『ガドガン海峡』を抜けて外海に出なければならないんだけど、海峡の両岸がそれぞれ、魔王国とダルタ人勢力圏の領土になっていてね。そこの領有権をめぐって、長年両国が対立しているんだ。特に最近は紛争が激しくなっていてね。両国の監視をかいくぐって、海峡をすり抜けるのが非常に難しいんだ」


 ガドガン海峡は、魔王国にとっても押さえておきたい重要な戦略的拠点だ。

 海峡を確保するため、魔王国は四天王のイザベラ=ローレライ率いる「魔王国海軍」を同地域に派遣している。


 彼女ら(・・・)の海上封鎖を突破して外海へ抜けるなど「不可能」だろう。


「ポルト・ディエット周辺の海は俺たちケルン海軍が守っているから安全だ! だが、沖へ出すぎると命はねぇぜ!」


 ドグラ将軍が説明を引き継ぐ。


「ちなみに岬をはさんで反対側が『軍港』だ。そっちは一般人は立ち入り禁止のフロアだがな。巨大な戦列艦やガレオン船が何十隻も並んでいる様は中々に壮観だぜ!」


 彼は誇らしげに説明していたが、何かを思い出したように表情を曇らせる。


「とはいえ、『魔王国海軍』相手じゃ戦列艦も『イカダ』もおんなじだがな。何せ向こうにゃ『群青の妖妃(ぐんじょうのようき)』がいる。あの女にかかりゃ、どんなにでかいガレオン船も一撃で木っ端みじんだ」


「群青の妖妃」とはイザベラ=ローレライの二つ名だ。

 世界中の船乗りで、彼女の名を知らない者はいない。


「海で彼女に会ったら命はない。それでも、彼女に会うために海に出たい」

 という船乗りの冗談がある。


 圧倒的な魔力で敵船を海中に引きずり込む彼女の恐ろしさと、世界中の男たちを魅了してやまない彼女の「絶世の美貌」を上手く表現した笑えない(・・・・)冗談だ。


 それほどに世界中の船乗りたちは彼女を恐れ、また狂おしいほどに彼女に魅了されてしまっているのだ。





「さて、そろそろいい時間だ。戻って歓迎パーティーの準備にしようか!」

 ゼファール大公がパンと手を叩く。


 ポルト・ディエットの散策はここまでだ。


 俺たちはゼファール大公に礼をいい、談笑しながら元来た道を戻っていく。


 その様子を、桟橋に止まったウミネコがじっと見つめていることに、俺たちは気づかなかった。















 ポルト・ディエットから百キロ以上離れた海上の「ある島」

 その地下、海底洞窟に作られた一室で「絶世の美女」が水晶玉を覗き込んでいる。


「ふふふっ、みーつけた。私の愛しい『魔王』ちゃん」


 彼女は尾びれ(・・・)を艶めかしくくびらせながら、そう呟くのであった。


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