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第36話 魔王様、ケルン公国を訪問する①「海が見えた!」

「うわぁ、海だぁ!」

 シルヴィが馬車から身を乗り出し、嬉しそうな声をあげる。


 街道からは、太陽の光をあびて輝く海が果てしなく広がっているのが見える。

 潮の香りが心地よい。


 カモメの鳴き声が聞こえる。


 今日は第4歴1299年4月6日。


 天気は快晴。すっかりと暖かくなり、日中は汗ばむぐらいの陽気だ。


 今、俺たちはエルトリア王国の公式な訪問団として、隣国ケルン公国を訪れている。


 主なメンバーは、訪問団が、シルヴィ、俺、モントロス伯、アルマンド子爵

 護衛がルナ、グレゴリー卿以下騎士50名だ。


 軍部ではダイルンやナユタが国内の護衛として残っている。


 また、パメラさんも連れてきてあげたかったが、少々長旅になってしまうのと、その間、牧場の動物たちが気がかりであるとのこともあったため、今回はお留守番だ。


「周囲に敵の気配はありませんね。ギャズから、『オークが暴れまわっている』なんて聞いてたので少し警戒していましたが。やはり被害は国境付近の限られた地域のみということのようですね」


 ルナが俺に報告する。


「『魔王国』がケルン公国に侵攻するようになったのはごく最近です。この国は『ダルタ人勢力圏』とも国境を接しており、これまではそちらの被害の方が大きかったのです」


 グレゴリー卿が俺たちに話す。


 そう、ケルン公国は中央六国の南東の端に位置し、南のダルタ人勢力圏と東の魔王国バルナシア帝国に国境を接しているのだ。


 もっとも、南には「キュレンダールの長城」があるため、ダルタ人勢力圏から大規模な部隊が侵攻してくることはあまりなく(ムンドゥール族のような下部民族の小規模な侵攻はたまにあるが)、魔王国についてはロドムスが国権を掌握するまでは一切侵攻をしてこなかったため、「四大勢力」のうち二国と国境を接している割にはこれまでは比較的平和であったのだ。





「見えてまいりました。あれがケルン公国首都、『ポルト・ディエット』です」

 護衛の兵が海岸線沿いをずっと行った先の遠方を指さす。


 遥か彼方に、海へと突き出す大きな半島が見える。


 半島の上には大小さまざまな建物がびっしりと立ち並び、白い壁、赤いレンガ、青い屋根がまるでモザイクタイルのような美しい景観を生み出している。


 付近の海上には貿易や漁業用と思われる無数の帆船が浮かんでいるのが見える。


「うわぁ~!!」

 シルヴィが目を輝かせる。


「ポルト・ディエットは海に突き出した大きな崖に作られた街になります。全部で3階層となっております」


 衛兵が説明する。


「第1階層が、あの崖の上につくられた部分です。大公様をはじめとする貴族の方々のお屋敷、議事堂、裁判所、役所、礼拝堂などが立ち並ぶ、国の中心部です」


 兵が崖の上の美しい街並みを指さす。


「続いて第2階層が、崖の斜面です。ここは岩を削ったりして作られた道沿いに、洞窟を掘った無数の住宅が並んでおり、一般市民の生活フロアとなっております。酒場や宿屋や商店街、ギルドなどの各種組合の寄合所などが置かれております」


 兵が崖の斜面を指さす。


 なるほど確かに言われてみれば、崖の斜面に通路や植木、住民が干している色とりどりの洗濯物などがかすかに見える。


「最後に第3階層、海岸線までおりたところになります。ここは船着き場に直結しておりまして、貿易商や漁業関係者が行きかうフロアです。交易品のバザーや魚市場があり、運が良ければ、南方からの大変貴重な品が手に入るかもしれません」


 兵が崖の下の海沿いの部分を指さす。


 桟橋や、漁師小屋と思われる木造の建物が並んでいるのが見える。


「行きたい! ぜひ行きたいです!」

 シルヴィは先ほどからテンションMAXだ。


「ひ、姫様! いけません! 遊びではないのですよ!」

 モントロス伯がたしなめる。


「むぅ~」


 シルヴィはむくれながら、チラッと俺の方を見る。

「あとでこっそり連れて行ってくれ」と無言で訴えているようだ。


 さてどうしたものか……。




 しかしそれはそうと、崖の上、斜面、海岸線と半島丸ごと一つ巨大な街になっているとは、非常に面白い造りだ。


「さぁ、間もなく街に到着します」


 待ちの入口には重厚そうな門があり、見張りの兵が出入りする人々を厳しくチェックしている。


「やぁ、シルヴィ。よく来たね」

 眼鏡をかけた人のよさそうな中年の男性が、声をかけてくる。

 身なりの良さと、衛兵を引き連れていることから、「それなりの身分」ではあるようだが。


「えっ!? ゼファール大公!?」

 シルヴィが慌てて馬車を降りる。


「大公」ということはこの人物が……。


「あぁ、一応、ケルン公国の国家元首ということになる。よろしくね」


「それなりの身分」どころではなかった。

 なんと、国家元首自ら出迎えてくれたのか、俺たちも慌てて挨拶をする。


「あぁ、そんなにかしこまらなくていい。国家元首といっても、『選ばれた』だけだから……。」


 ケルン公国は、その名の通り、「王」が存在しない国である。


 国家元首である「大公」は貴族の中から貴族によって選任される。


 一度選任されれば任期の定めはなく、終身(・・)大公となるが、世襲制ではないため、大公の息子や娘が、必ずしも次の大公になれるわけではない。


 また、国家の重要な決定事項は、「貴族院」と呼ばれる貴族のみで構成される議会による多数決で決定されるため、「国家元首」といってもそれほど特別な権限を持っているわけではない。(会期内に議論がまとまらない場合にのみ、最終的に「強制決定権」を行使することができるが、これが使える場面はごくごく限られている。ほかにも多少は特権もあるが、大したものではない)


 要は「国家を象徴する貴族の代表」に過ぎないという訳だ。


 まぁ、そうは言っても、「国家元首」であることには変わりない。俺は改めて、わざわざ出迎えてもらったことについて礼を述べる。


「いや、気にしなくていい。それにしても、貴殿が『宰相アレク』殿か。噂はかねがね、聞かせてもらっているよ」


 彼が握手を求める。


「使者から大雑把な提案内容は聞いている。私は『素晴らしい案』だと思っているが、先も言ったように、最終的な決定権は『貴族院』にある。通るかどうかは、君次第だぞ」


「えぇ、心得ております。ゼファール大公」

 俺は握手に応じながら答える。


「さて、疲れたろう。今夜は歓迎のパーティーを開催させていただくから、それまでゆっくりと休むかい?」


 公式訪問は往復の旅程を除いて3日間の予定だ。

 今日は元々歓迎会のみの予定であり、明日一日かけて条約締結に関する交渉、明後日の午前中ぐらいまでに何らかの合意文書に両国が調印したいと考えている。


「あの、少し街を回って見てみたいのですが、ダメでしょうか? 『民の声』を実際に「聞いてみたいのです」


 シルヴィが「公式」にお願いしてみる。


 どうせダメだと言われたところで、あとでコッソリと出かけるつもりだったろうことは置いといて。


「街に出て『民の声』を実際に聞くのがいい」とシルヴィに教えたのは俺だ。


 彼女は学んだことを素直に実践してくれるので、こちらとしても教えがいがある。


「へぇ、それは良い心がけだね! よし、私が案内しよう!」

 なんと、予想外なことに、ゼファール大公が自ら案内役を申し出る。


「そんな、大公殿の手をそこまで煩わせるわけには……」

 モントロス伯が遠慮の言葉を口にする。


「いや、市街地をウロチョロするのはいつものことなんでね。気にしなくていいよ」


「じゃあ俺も同行しますよ」

 アルマンド子爵も乗り気だ。


「では、念のため護衛として私も」

 ルナも同行を申し出る。


 結局、モントロス伯やグレゴリー卿も同行することとなり、さながら「視察団」といった様子になってしまった。


「エルトリア王国の方々に護衛をすべて任せるのも申し訳ない。ウチからも護衛を出させてくれないか?」


 ゼファール大公が申し出る。

 当初、予定になかった視察とはいえ、万が一何かあっては国の沽券にかかわる。


 この申し出は至極当然だ。


「我が国の将軍が、ちょうど今朝、『港』に戻ってきたんだ。彼に護衛を依頼しようと思う」


 彼はそう言って、「将軍」を呼ぶように兵士に依頼した。






 魔王様は中央六国の王たちと面識ないの?


 もちろん名前や、どんな人物なのかは知っています。

 が、基本的には「敵国同士」であり、直接顔を合わせることは基本ありません。


 史上初、魔王国と中央六国の王が直接顔を会わせたのが、8年前、魔王アレクとエルドールⅢ世(シルヴィの父)との会談です。(本編では第3話でその時のことをシルヴィが語っています)


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