第34話 魔王様、協力者を得る①
今日は3月26日。
隣国ケルン公国への訪問団の派遣まで、あと一週間に迫っている。
出発前に溜まっている事務仕事を片付けてしまいたいと思い、今日は一日中執務室にこもっている。
「護衛騎士の編成と装備ですが……」
今、室内にいるのはパメラさんではなくルナだ。
来週からのケルン公国訪問の際の、シルヴィや重臣たちの護衛にエルトリア王国軍からも騎士を派遣することになるので、この時間はそれに関する打ち合わせ中だ。
コンコンコン。
執務室のドアがノックされる。
「アレク殿、お手紙が届いております」
打ち合わせをしていると、衛兵が俺を呼ぶ声が聞こえる。
「手紙?」
「差出人は『アニータ』殿とありますが」
アニータ? 知らない名前だな……。
「今度はどこの女ですか?」
ルナがじっとりとした目で俺を見つめる。
ほ、ホントに知らないって!
とりあえず、手紙を受け取り蝋で施された封を割る。
「なっ!?」
手紙には、以下のように記載されていた。
「親愛なる魔王様、四天王ルナリエ様。魔王国を追われしお二人に、お会いしてお話ししたいことがございます。4月1日までお待ちしておりますので、エルトリア王国北、デメトール山岳の山小屋にお越しください。必ずお二人だけで、お越しください」
「こ、これは……」
ルナも驚きの表情で手紙を見ている。
手紙を送り付けてきた人物は、俺が魔王であり、ルナが四天王であることを知っている。しかも、俺たちが魔王国を追われ、逃亡中であることまで……。
「ルナ、すぐに向かおう。テンペストは飛べるかい?」
「は、ハイ! 直ちに!」
とにかくこの手紙を送り付けてきた人物に会ってみるより他にない。
俺たちは打ち合わせを中断し、デメトール山岳地帯に急行することにした。
「……あれか」
俺はルナの操る飛竜、テンペストの背に乗りながら、山頂付近に建つ小さな山小屋を見る。
「ルナ、少し離れたところに降りようか」
「ハイ」
俺たちは小屋から少し離れた場所に静かに降りる。
「……」
音を立てないように慎重に小屋に近づく。
窓からそっと中を確認するが、室内には誰もおらず、小屋からは人の気配が感じられない。
罠か?
少し迷ったが、俺はルナに目配せする。
ルナが無言でうなずく。
ガチャ!!
俺はドアを勢いよく開けて、室内に突入する。
が、室内にはやはり誰もいない。
「魔王様、ルナリエお嬢様、お待ちしておりました」
「!!」
驚いて振り返ると、小屋の入口に美しい女性が立っていた。
腰まで伸びた黒く艶やかな髪。
切れ長の美しい目には赤い瞳が宿っている。
漆黒の鎧を身にまとい、黒のミニスカートからは美しい脚が見える。
「く、クロエ!?」
そう、俺たちはこの女性を知っている。
クロエ=フォーゲンリッター
ルナが団長を務める魔王国飛竜騎士団の副団長だ。
思慮深く冷静沈着、まさに「クールビューティー」という言葉がぴったりだ。
だが、
「げ、げぇっ、クロエ!?」
ルナがひきつった表情を見せる。
なぜなら……。
「あぁ、ルナリエお嬢様がまるでゴミ虫を見るような目で私を蔑んでいらっしゃる。ハァハァ、そ、その表情がたまりません。もっと、もっとえぐるように、このいやらしいメス豚を蔑んでくださいまし」
クロエがそんなセリフを吐きながら、もぞもぞと身悶えし始める。
そう!
彼女は一見するとクールビューティーで大変優秀そうな女性であるが、実際はルナのことを変態的に愛している非常に残念なお姉さんなのだ!
非常に残念なお姉さんなのだ!!
「フ、フヒヒ、少し見ない間に、ますますお美しくなられて。あぁ、ルナリエお嬢様! クロエは、クロエはもう、辛抱たまりません!」
クロエは手をワキワキさせながら、ルナににじり寄っていく。
「ちょ、ちょっとクロエ! あんた、そのいやらしい手つきは何!?」
ルナがたじろく。
「ま、待ってくれクロエ、一体なんで君がこんなところに? どうやって俺たちの居場所を?」
これ以上はいろいろまずいと思った俺は、クロエを制止しつつ、立て続けに質問をする。
「ハッ、これは魔王様、大変失礼いたしました。順を追って説明いたします」
クロエが俺に敬礼する。
うん、ルナ以外の人物と話す時は、いつもの事務的で淡々とした口調だ。
どうみても「優秀そうなお姉さん」にしか見えない。
実際にものすごく優秀なのだが、「ルナ絡み」でなければ……。
「クーデター発生後、ロドムスは自らを『魔剣の所有者』であると宣言し……」
クロエは、ロドムスが「魔剣の所有者」(つまり魔王位の正当なる承継者)であると自ら証明したこと、魔剣の制作者であるヴァンデッタがこれに関し異を唱えたこと、そして現在魔王国がロドムスを魔王と認めるか、認めないかで世論が真っ二つに割れていることなどを話してくれた。
「ま、まさかそんなことになっていたなんて……」
俺は驚愕に事態にただただ驚くばかりだ。
「しかし、ロドムスは一体どうやって魔剣を……」
「魔王様もお心当たりがないのですね?」
クロエがほんの少し首をかしげ、俺の方を見つめる。
こうして見ると、とても綺麗なお姉さんにしか見えないのだが……。
「あぁ、『魔剣』は今も俺が間違いなく所有している。証明して見せようか?」
「いえ、大丈夫です。ヴァンデッタ様が、魔剣が現在、人間界のエルトリア王国に存在すると教えてくれました。だから私はここにたどり着くことができたのです」
クロエが答える。
ヴァンデッタは魔剣の制作者だから、魔剣がどこにあってもその魔力を正確に感じ取ることができるらしい。
「無論、今回私がエルトリア王国に密入国したことは極秘中の極秘です。ロドムス一派はもちろん、私の部下でさえ知りません」
クロエがロドムス派に何も情報を与えていないということは……。
「無論、私は今でも、魔王様とルナリエお嬢様に絶対の忠誠を誓っております」
彼女は俺の前に跪く。
「ありがとう、クロエ。本当に心強い限りだ!」
魔王国にまだ俺の味方がいてくれた。 正直これはとても嬉しいことだ。
「私からもお礼を言うわ。ありがとう、クロエ、一緒に戦いましょう!」
「――ッ! ――ッ!」
クロエはルナの言葉を聞いて、声にならない声をあげながらビクンビクンと悶絶し始めた。
これがなければ完璧なんだがなぁ……。
「し、失礼しました……」
彼女はボタボタと鼻血を垂らしながら話を続ける。
「先ほど、世論は真っ二つに割れていると申しましたが、『軍部』に関しては、既にロドムス派が完全に掌握しております」
「四天王のジオルガ様、イザベラ様、ダンタリオン様はいずれもロドムス支持を明言されました。また、ルナリエお嬢様が逃亡されたのち、『魔王国空軍』は『魔王国空挺師団』に格下げとなり、現在はダンタリオン様の麾下に収まっております」
ルナが総司令官を務めていた「魔王国空軍」が解体された。
これは現魔王、つまり「俺」を支持する者は今後徹底的に粛正していくぞという「見せしめ」を意味するのだろう。
「ルナリエお嬢様の後任の四天王も、間もなく就任する予定だそうです。どんな人物かは、まだ私も存じ上げておりませんが……」
「ごめんなさいクロエ。あなたたちには迷惑をかけてしまったわ」
ルナがクロエに謝罪する。
「何をおっしゃいますルナリエお嬢様。ここにおられるお方こそが『真の魔王』。あなたは忠義を尽くしたのです。非難されるいわれはどこにもありません」
「クロエ……」
そのあと、「しかしお嬢様のその困り顔だけでご飯三杯は行けます」という意味不明な供述をしなければよかったのに。
今二人は「あんた五秒ぐらいまじめにできないの!?」「あぁ、その眼、その眼がたまりません! ふひょ――!!」などと仲のいい様子でじゃれあっている。
「して、魔王様。いかがなさいますか? 『我こそが正当な魔王である』と宣言し、ロドムスに不満を持つ者たちを集め、魔王国に攻め入りますか?」
一通り戯れが終わったところで、クロエが俺にまじめな質問をする。
「俺は……」
俺はひと呼吸おいて、クロエの質問に答える。