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第33話 魔王様、長期戦略を考える

「中央六国各国との経済・軍事同盟の締結ですか……」

 モントロス伯が俺の提案を確認するように呟く。


「えぇ、むろん、すぐには無理だと思いますが、長期戦略として考えております」


 今日は3月18日。


 すっかりと春めいてきた中、エルトリア王国の会議室に「いつもの」メンバーが集結していた。


「圧力を強める魔王国に対抗するには、各国がバラバラではいけません。中央六国全土が一丸となってこれにあたる必要があります」


「それが理想的なのは十分理解できる。だが、あくまでそれは理想論(・・・)だ」

 カスティーリョ伯が言う。


「おっしゃる通りです。そんなに上手く一致団結できるなら、初めからそうしているはずですから」

 俺は彼の意見に賛成する。


 中央六国同士はお互い、必ずしも仲が良いわけではない。


 領土問題や経済対立を抱えている国もあり、宗主国であるメアリ教国から「睨まれない範囲」で、小規模な戦争が発生することすらある。


 こんな状況で「魔王国に対抗するため経済・軍事同盟を締結しよう」と言ってみたところで各国から猛反発されるのは目に見えている。


「なのであくまでも、『理想論』としてお聞きください。そのあとで、少しでも理想に近づくために何をすべきなのかという『現実論』をお話しします」


「分かった」

 カスティーリョ伯が頷く。


「私は、中央六国を人間の連合国家として、メアリ教国・ダルタ人勢力圏・アモンドゥール帝国・バルナシア帝国に続く『5番目の勢力』にしたいと考えております」


 俺は端的かつ簡潔に「究極の目標」をズバッと切り出す。


「中央六国各国の軍事力・領土・経済規模は現在の『四大勢力』と比べて、大きな隔たりがあります。六国中最強のアルドニア王国ですら、単体では『四大勢力』には全く歯が立たないでしょう。各国がバラバラに対策を講じてみたところで、『焼け石に水』程度の効果も期待できません」


「ま、まぁ……。それは間違いないだろうな」


「そこで、六国を『一つの共同体』として、再構築するのです。そうすることで、大きなメリットが生まれます」


「どんなだね?」


「まずは、『生産の最適化』ですね。ユードラント共和国は武器の生産、タイネーブ騎士団領は軍馬の育成、など各国が得意な分野に集中投資するのです」


 今の中央六国は、各国に「得意分野」は存在するが、「それ以外の産業」もバラバラに行っている。


 各国は最低限自給自足ができるように、農業・工業・牧畜などをまんべんなく行っているのだが、逆にいえばそれは「苦手な分野」にも投資していることを意味する。


 例えば工業立国ユードラント共和国で馬の育成を行っている業者もあるし、名馬の一大生産地、タイネーブ騎士団領で鍛冶師をやっている人物もいるのだ。


 もしこれが、「中央六国」という一つの連合体として統合されれば、ユードラント共和国は六国全土で使用する武器の生産だけに注力し、タイネーブ騎士団領は馬の生産にのみ特化することができる。こうすることで、圧倒的に「生産効率」が上がるのだ。


 そして、各国の関税障壁を撤廃し、ヒト・モノ・カネが自由に六国中を行き来できるようにし、「最適地生産」で生み出された財を自由に交換できるようにすれば、六国全体の生産力は大きく底上げされるはずだ。


 軍部に関しても同様。


 各国が歩兵隊・騎馬隊・弓兵隊などの似たり寄ったりの構成の軍を、バラバラに育成してバラバラに運用している。

(魔道国家シーレーンの魔道兵など、「その国でなければ運用できない」例外も存在する)


 同盟軍として魔王国と戦おうとしても、司令部の意思が統一されていないため、大きな枠組みでの戦略的行動を取りにくい。


 中央六国全土を防衛するための「統合軍」として各国の軍隊を一元化するのが理想だ。


「おっしゃることはごもっともだと思います。しかし、難しいですな……」

 ウォーレン侯が渋い顔をする。


 そう、俺がいった長期戦略はあくまで「理想論」に過ぎないのだ。


 なぜなら、まず、宗主国メアリ教国が猛反対することが予想されるからだ。


 教国が、中央六国が5番目の勢力として独立することを「善し」とするはずがない。

 軍を派遣してでも、これを阻止しようとするだろう。


 ほかの四大勢力も、5番目の勢力が興ることを歓迎はすまい。(短期的には、メアリ教国が乱れるため喜ぶかもしれないが……)


 中央六国同士の仲が良くないのは先ほども話した通り。先の案は中央六国同士が互いに信頼関係で結ばれていることを大前提とした長期戦略なので、現時点ではあまりにも理想とかけ離れている。


 また、仮に理想を実現できたとしても、運用面から途方もない労力が必要となる。


 例えば最適地生産により一時的に失業者が出るという問題が考えられる。(例:タイネーブ騎士団領の鍛冶師は最適地生産により廃業しなければならない)


 彼らの生活保障および職業訓練(タイネーブ騎士団領で馬の育成業者として生きていけるように職業訓練するか、もしくはユードラント共和国に移住して鍛冶師を続けるか)は絶対に必要だ。


 ほかにも、何らかの理由によりバランスが崩れた場合(例:馬の疫病がはやり、タイネーブ騎士団領で馬の生産が激減した場合)生産が戻るまでの補償制度の設立など、やらなければならない課題は山積みとなる。


 正直、いままでエルトリア王国国内で取り組んできた各種改革とは比べ物にならないほどの難事業となることは間違いない。


「なので、あくまで理想論なのです」

 俺がバッサリと言い切る。


「とはいえ、長期的な方向性だけでもご理解いただければ幸いです。ではここから、『現実論』でお話しします」


「つまり、現実論としては、先ほどの理想論を超簡略化した戦略で動くという訳です」


「と、言いますと?」

 ブレンハイム子爵が身を乗り出す。


「まずは二国間で貿易協定・安全保障協定を締結することを目標にします」


「ほぅ」


「私が最初に協定を結びたいと考えているのは、隣の『ケルン公国』です」


「ケルン公国!?」


「はい、六国中唯一、『海に面した国』です。同国で採れる『塩』や『海産物』はほかの国では供給不可能な貴重な戦略的物資です」


「また、南方交易により香辛料や香木、象牙といった大変貴重な品が手に入ることもあります」


「う、うむ……。」


「これを、世界中に輸出できるように、ケルン公国と協力体制を敷きたいと考えています」


「具体的には?」


「エルトリア王国で始まった、例の『街道計画』を利用してもらいます」


 暖かい時期になり、街道の整備計画は本格的にスタートしている。現在はバーク街道などの主要街道から順に、路面の舗装、宿泊施設や馬の貸し出し施設の整備が開始され、順調に進んでいる。


「ケルン公国は六国の南東の端に位置し、人間界では『エルトリア王国』および『タイネーブ騎士団領』としか国境を接しておりません」


「なので、せっかくの優れた海産物を、『アルドニア王国』や『ユードラント共和国』などの『一大消費地』に運搬するのに、とてつもない時間と労力がかかります」


 場合によっては海産物を新鮮なまま消費地に運搬することができない。


「そこで、新しく整備したエルトリア王国の街道を彼らに使ってもらおうという訳です。国境での検問の簡略化および関税無しという条件で」


「な、なるほど……」


「代わりに、ケルン公国から六国中唯一の海であるケルナ湾での『港湾の使用許可』を取り付けたいと考えております。数量限定という条件付きだったとしても、エルトリア船籍の船で漁業や交易が許可されれば、我が国にとっても、とんでもない『好条件』です」


「お、おぉ! 我がエルトリア王国が、まさか海洋進出できるとは!!」

 皆興奮してきたようだ。


「海」というのは、それほどに重要なものなのだ。


「これが先ほどお話しした『理想論』の初めの一歩ですね。少しずついろんな国と、少しずついろんな品目で、徐々に徐々に連携を深めていくのです」


「そういう訳で、シルヴィア姫、それに重臣の皆さんにも『ケルン公国』への訪問団に加わっていただきたいのです」


「『エルトリア王国』として隣国『ケルン公国』へ正式な訪問団を派遣するという訳ですな」

 モントロス伯が確認する。


「えぇ、おっしゃる通りです」


「では、まずはケルン公国へ使者を送りましょう。訪問の時期は先方と調整します。よろしいですかな、姫?」

 ウォーレン侯がシルヴィに確認する。


「はい。ケルン大公とは遠い親戚です。私がまだ幼いころに何度かお会いしたこともありますから、少しはお役に立てるかと思います」


 シルヴィがそう言って了承する。


「かしこまりました。それでは、今日の会議はこれまでということで!」







「海! 海! 海ですよアレク様! 楽しみですね~」

 会議が終わってから、シルヴィは目をキラキラと輝かせてうれしそうな顔をしている。


「あっ、ごめんなさい。観光ではないですよね。私ったらはしゃいでしまって……」


「いや、俺も楽しみだよ。ケルン公国の代表団と面会が終わって時間があれば、一緒に海を見に行こう」


「ほ、本当ですか! やったぁ!」

 まぁ、うまくことが運んだら、少しぐらい息抜きをしてもバチは当たらないだろう。


「アレク様、先ほどの会議でのお話は、『エルトリア王国単独で栄えることはできない』ということですよね」

 シルヴィがふと、先ほどの会議の内容を質問してくる。


「さすがだねシルヴィ。その通り」

 俺が答える。


 例えば、「エルトリア王国の国益」だけを考えて行動すれば、今回のような話にはならなかったはずだ。


 他国をだましても、あるいは出し抜いても自国の利益を追求する。


 その方法では、「一瞬は」国は潤うかもしれない。


 だが、そういった独善的な行動は、いずれ他者から恨みと反感を買い、結局は長続きしない。


 お互いにメリットがあり、ともに潤う。

 こういう政策がベストだ。


 魔王国にいた時も「その考え」に基づいて行動していた。


 もっとも、ロドムス率いる今の魔王国は完全に真逆の道を行っているが。


 彼らが現在行っているような、強硬な手段で圧力を加えるやり方では、長期的には必ず失敗するというのに……。


「大丈夫です。アレク様! 私たちは私たちのやり方で頑張りましょう! きっとうまくいきますよ!」


 シルヴィが俺に声をかける。


 そうだな。


 魔王国では一度失敗し、追放されてしまったが、エルトリア王国では必ず成功させて見せる。


 俺は決意を新たに、「ケルン公国訪問」の準備を開始することにした。


 To be continued


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