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第30話 魔王様、街道の整備を行う②

 12月31日。大晦日だ。ここ数日降り続いていた雪がやみ、珍しく天気の良い一日だった。あと数時間で年が明ける。


「んっ?」

 俺は城の廊下から、ふと、シルヴィの自室の灯りがついているのを確認する。


 年末のここ一週間当たりは特に業務が目白押しで、国の代表である彼女も、国外の要人との会見や地方で行われる各種行事への参加、メアリ教に定められる「年末の儀」の段取りなどでほとんど城に戻っていなかったのだ。


 そして明日になれば、また、年明けの各種行事で、国内を飛び回らなければならない。


 せっかくだし、少しだけ彼女の顔を見たいと思い、俺はシルヴィの部屋を訪ねてみることにした。


 コンコンコン


 彼女の自室のドアをノックする。

「あら、セバスチャン? ちょっと待ってね。今開けるから」


 俺のことをセバスチャン殿と勘違いしたのだろうか。

 そんなことを言いながら、彼女はドアを開ける。


「あ、アレク様!?」

 部屋の外にいた人物が俺だったことに彼女はずいぶんと驚いたようだ。




 俺の方も「彼女の恰好」には驚いたが……。




 今のシルヴィは上下赤のジャージ姿。

 髪をお団子状に結っており、牛乳瓶の底みたいなメガネをかけている。




「あ、あのあのあの、これはですね、その、『りらっくす効果』が認められる魔法繊維で織られた特殊な衣服で『じゃーじぃ』というものです。決して室内でだらけていたわけではなくてですね」


 何も聞いていないのに、彼女は服の効能などについて解説し始める。


「そ、それより、ど、どどど、どうされたのですか? アレク様がこちらにいらっしゃるのは珍しいですね。い、いえ、全然嫌ではないですよ。むしろ嬉しいといいますか、ゴニョゴニョ……」

 

 後半はよく聞き取れなかったが、彼女は俺に尋ねてきた理由を聞く。


「えっと……」


 顔を見に来ただけと答えようと思っていたが、その時、室内の様子がチラリと見えた。


 机の上には、政治や経済や法律や歴史。様々な本が山のようにうず高く積まれ、細かい字がびっしりと書き込まれたノートが見える。


 年末も休まず一生懸命勉強していたんだなぁと感心する。


 ここまで来ておいて、「顔を見に来ただけだから、じゃあ、あとは勉強頑張ってね」とは、あまりにも野暮だ。


「いや、せっかくだから、二人で屋上に星を見に行かないかい?」


 俺は息抜きがてら、そんな提案をする。

 むろん、街では年越しイベントがあちこちで行われ、今日は街も非常ににぎわっている。


 が、彼女はここ数週間、そういったイベントへの参列で国内を飛び回っていたのだ。

「人疲れ」している彼女をにぎやかな場所へ連れていくのもためらわれる。(それに街へ出かけるとなればそれなりに時間もかかる。あまり勉強のお邪魔をするものでもない。ほんの少しの「息抜き」程度のお誘いだ)


「い、いいんですか! 行きます! すぐ行きます! あっ、でも、少し着替えてきますので15分、いえ、30分、いえいえ1時間だけお待ちいただいてもよろしいでしょうか?」


 彼女はバタバタと室内へ戻っていった。


 うん、準備にそんなに時間がかかるなら、「ちょっとした息抜き」ではなくなってしまうな……。





 23時過ぎ。


 エルトリア城の屋上。

 外はキリっと冷えて、空気が澄み渡り、満点の星空が光り輝いている。


 あたりはしーんと静まり返っており、時折、街の方からお祭り騒ぎの歓声が風に乗って聞こえてくる以外は、何の音も聞こえない。


「うわぁ、奇麗ですねぇ」

 白い息を吐きながら、シルヴィと俺は星を眺めている。


 ちなみに、俺と彼女は、現在同じ一つの毛布にくるまっている。


 毛布は2枚持ってきたのだが、「男女で星を見る時は同じ毛布にくるまるのがマナーです」とシルヴィに強硬に押し切られてしまったので、現在このような状況だ。


「でも、あったかいでしょう?」

 彼女が俺に体を寄せてくる。


 確かに、二人の体温で、毛布の中はポカポカだ。


「最高にしあわせです。まさか、年の終わりにアレク様と二人っきりで星を見られるなんて」

 彼女が俺にもたれかかりながら、そんな言葉を口にする。


 よかった、連れてきて正解だったみたいだ。


 いてて!?


 毛布の中でシルヴィが俺の腕をつねった。


 彼女の方を見ると、むくれている。


「もぅ! アレク様。こういう時はちゃんと言葉に出して『あぁ、シルヴィ、俺も君と二人きりの夜を過ごすことができて最高にしあわせだぜ』っていってくださいよ!」


 彼女は「あんまり似ていない」俺のモノマネをしながらそんなことを言う。


「ぷふっ」

「ふふっ、もう、笑わないでくださいよ」


 そんなやり取りをしていると、街の方で一斉に花火が上がり始め、大歓声が聞こえてくる。


 年が明けたようだ。


「明けましておめでとうございます。アレク様」

「明けましておめでとう。シルヴィ。今年もよろしく」


 毛布にくるまったまま、お互いぺこりと頭を下げる。


 こうして、魔王アレクがエルトリア王国の宰相となって最初の一年が終わった。


 そして、「激動の」第4歴1299年が始まったのである。









 今日は年が明けた第4歴1299年1月31日。


「街道整備計画」の大枠は成ったが、実際に着工するのはもう少し暖かい時期になってからだ。


 だがその前に、年明けから「ある実験」が行われている。

 シルヴィが提案した、「公営の宿泊所」と「馬の貸し出しサービス」に関する実証実験だ。


 年明けとともにバーク街道などの複数個所の主要街道で実験を開始し、ちょうど一か月程度経過したところだ。


 現時点での結果は「まずまず」といったところか。


 街道沿いの宿泊施設は利便性の面から言って非常に重宝されるようで、思った以上の反響だ。


 だが、ここで一つ、大きな問題が発生した。


 問題が起きたのは「馬の貸し出し」の方だ。

 なんと、借りた馬を返さず、どこかへ持ち逃げしてしまう事案が頻発したのだ。


 当たり前だが、旅人というのは外国人や冒険者がほとんどだ。

 中には素性の知れない怪しい人物も存在する。


 そう言った人物にまで貸し出しを行ってしまったのがまずかったかも知れない。


 今日は対策を協議するため、臨時で会議が招集された。


「ごめんなさい。ごめんなさい。私が思い付きで変な提案をしてしまったせいで……」

 シルヴィはすっかり落ち込んでしまっている。


 よし、こんなときこそ「宰相」の出番だ!


「そんなことないよ、シルヴィ。案自体はすごくいいよ」

 これは偽りのない本心だ。


「もう少しだけ、運用方法を検討してみよう」


 今回の失敗の原因は、「得体のしれない人物」にまで馬を貸し出してしまったことだ。「コレ」を防ぐことができれば、問題は解決するはずだ。


「補償金を取るのはどうだろうか? 借り入れの際に補償金を一旦預かっておいて、馬が無事に返却されたら、補償金を返金するのだ」

 モントロス伯が提案する。


「いい案だと思います。ただ、それだと利用者が減ってしまう恐れがありますね」

 俺が答える。


 仮に「あとで返金される」とわかっていたとしても、馬を借りる際に多額の「補償金」を支払わなければならないとなれば、利用をためらう人物や、そもそも補償金を払えない旅人も多いだろう。


 金銭を預かるとなれば、それはそれで、また別のトラブルが発生する懸念がある。

 いい案だが、「身元のはっきりした人物」にまで補償金を求める必要はない。


 そこで。


「『関所』で『身元確認証』を発行するようにしましょう。馬を借りたい場合は、『身元確認証』を提示して借入をした日付と場所を記載、返却の際も同じく日付と場所を記載するのです」


 俺が提案する。


 この方法ならば、関所を回避するような怪しい奴に馬を貸し出す心配はない。


「入りの関所で身元確認証を発行。出の関所で身元確認証のチェック。国内で馬を借りたのに、返却の記録がなければ弁償金を支払わせるのです」

 俺が詳細な運用方法を話す。


「身元確認証の発行の際、国内の人間であれば領主が発行する『領民証』、国外の人間であれば『貿易許可証』などの提示を必要とします」

 これで、入りの関所で身元確認証を受給し、出の関所を通らずにどこかへ逃げてしまうのも防止できる。「履歴」が残るからだ。


「流れ者などで、通行は許可するが身元確認証の発行ができないものについては、『通行許可証』だけを発行し、先ほどのモントロス伯のご提案通り、『補償金』を徴収し、あとで返金する方法を採用しましょう」


 まとめると……。


 関所を通り、「身元」がはっきりと証明できる人物については「身元確認証」を発行。「補償金」なしで馬を借りることができる。


 関所を通ったが、「身元」の確認が十分に取れない旅人や冒険者などについては「通行許可証」を発行。この場合は馬を借りる際に「補償金」の預け入れが要求される。


 この二段階の承認システムで、「馬の持ち逃げ」を防止しようという訳だ。


 この方法でも、「身元確認証の偽装」という犯行方法を取ることは可能だ。だが、そもそも「身元確認証の偽装」といった行為はどこの国でも結構な重罪となる犯罪行為だ。


 わざわざ馬を盗むために、「そこまでする」とはあまり考えにくい。



「あぁ、それは良い考えですな」

「うむ、それならば運用できそうです」


 そんなわけで、具体的な運用方法が決定した。






「……やっぱり難しいですね。『政治』って」

 会議が終わって、皆が退出し、二人きりになったところでシルヴィがポツリと呟いた。


「うまくいかないことの方が多いよ。でも、『失敗は成功のもと』だからね。失敗することはすごく大事だ」


「それに、今回のシルヴィの提案は、本当にいいものだったと思うよ。きっと、次は上手くいくよ」

 俺はそういって彼女の頭をポンポンとなでる。


「そう言ってもらえると嬉しいです。今回は凄くいい勉強になりました。これにめげずに、また頑張りますね!」

 そう言って彼女は笑顔になる。


 良かった。元気になったみたいだ。


 こうして、少しだけ波乱はあったものの、「街道の整備」は順調にスタートすることとなった。




 To be continued


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