第29話 魔王様、街道の整備を行う①
今日は年の瀬も迫った12月20日。外ではしんしんと雪が降り積もる中、今年最後の「会議」が始まろうとしていた。
「街道の整備……ですか。確かに、早い方がいいかもしれませんな」
左大臣となったモントロス伯が俺の提案に頷く。
来年度の予算を決定するにあたり、俺は一つ「大規模プロジェクト」の構想を早々に固めておきたいと思い、今回の議題として提案したのだ。
「現在、メルベル牧場の復旧が急ピッチで行われております。まだしばらく時間がかかると思われますが、チーズの生産が再開された時のために、早めに『交易用の街道』を整備しておきたいと思いまして」
俺が理由を説明する。
エルトリア王国の特産品として、チーズとお酒を生産することが決まった。
牧場が破壊されてしまったため、この計画は現在一時凍結中だが、再開されれば、「メルベルチーズ」と「エルトリア酒」をブランド化し、世界中に輸出したいと考えている。
その際に、どうしても必要になるのが、「輸送経路」つまり「街道」だ。
中央六国は、ケルン公国を除いて海に面している国はない。
よって、荷物の運搬および人の往来は、すべて陸路によることとなる。
「街道」は国家にとって血管だ。
これが上手く流れないと、ヒト、モノ、カネが効率よく循環しない。
さらに、街道が整備されていることによって、有事の際、迅速に軍隊を戦場へ輸送することもできる。
むろん、国内には既に「バーク街道」のような主要幹線道路がいくつも作られている。
が、エルトリア王国が今後、交易立国を目指すつもりならこれではまだまだ不十分だ。
中央六国各国へ素早く移動できるように、秩序的かつ計画的に街道を整備していく必要がある。
また、バーク街道もそうだが、国内の多くの街道が「舗装されていない」
酷い地域では、雨が降ってぬかるみ、まともに通行できなくなってしまう道路も多数存在する。(ムンドゥール軍との「バーク街道の戦い」の時は、これを利用して、「敵をぬかるみに嵌める」作戦を実行したが、そんなことのために、街道を舗装せずに放置しておくわけにもいかない)
せっかくなので、この機会にすべての幹線道路を整備しなおしたいところだ。
「それならば、道路の舗装に関して、私から提案があります」
国土交通大臣に就任したブレンハイム子爵が切り出す。
「これは職人ギルドで考案された新しい舗装技術なのですが、道路を3層構造に分けて舗装することで、水はけが非常に良くなるというものです」
「へぇ、どんな技術ですか?」
俺がブレンハイム子爵に尋ねる。
「まず、地盤となる未舗装の道路の上に、『大きめの石』を敷き詰めます」
彼が説明を始める。
「その上に、砕石や砂利などの『中ぐらいの石』、さらに上を砂と粘土を利用した『小さい石』で固めます」
「最後に表層部に敷石を敷き詰め、セメントで固めます。こうすることで、道路の水はけが非常に良くなるのです」
「さらにこの時、道路の中央部をやや盛り上がるように作っておきます」
「な、なんでそんなことするんだ?」
アルマンド子爵が疑問を口にする。
「これも水はけを良くするための工夫です。道路の中央がほんの少し盛り上がっていることによって、雨が降った時に、水が路肩に流れやすくなるのです。当然路肩には側溝を作り、水がたまらないように工夫します」
「な、なるほど……」
アルマンド男爵が感心するように呟く。
「いかがですかな、アレク宰相。当然手間暇がかかるため、通常の工法よりも工費が割高になってしまうのが難点ですが……」
「私は多少工費がかさんでもそちらの方が良いと思いますが、どう思われます? カスティーリョ伯?」
俺は新たに財務大臣に任命されたカスティーリョ伯に意見を求める。
「それに関しては、街道を整備しなおすということですから、当然関所も設置しなおすことになるでしょう。そこで通行税を徴収するということであれば、問題ないかと……」
カスティーリョ伯が答える。工費を通行税に上乗せしてペイしようという考えのようだ。
「いい考えだと思います。しかし、通行税が高すぎると、誰も街道を利用しなくなってしまいますから、料金の設定が難しいところですねぇ」
俺がさらに意見を述べる。
せっかく街道を整備しても、通行税が高くて誰も利用しないとなれば本末転倒だ。街道整備により物流を加速させるという目論見からしても、通行税は無し、もしくは極力低い方がいいだろう。(だがそうなると国庫からの工費負担額が莫大なものになってしまう)
さて、どうしようか……。
「街道沿いに、公営の宿泊施設を設置し、宿泊料という形で旅人さんからお金をいただくのはどうでしょうか?」
シルヴィが提案する。
あぁ、それいい案だなぁ……。
「えっ!?」
俺は驚いてシルヴィの方を見る。
「宿泊所には馬の貸し出し施設も併設します。馬はレンタル方式で、国内のどこの宿泊所で借りて、どこの宿泊所で返してもいいようにするんです」
シルヴィがさらに続けてアイディアをだす。
お、おやおや? これもすごくいいアイディアだぞ。
「宿泊所の運営と馬の貸し出しまでは公営で行いますが、それ以外の、例えば宿泊所での物販や食事処の運営は民間でも可能とします。そうすることで地元の人たちも潤いますから」
ま、またもや超ナイスアイディア。
何かシルヴィさんが神がかっている。
「ひ、姫様!?」
「えっ、今の提案は王女様が!?」
予想外の人物からの神提案の数々に、一同目をパチクリさせる。
「あっ、ご、ごめんなさい! 私つい、政治の経験もないのに偉そうなことばかり……」
シルヴィは我に返ったようにアワアワと慌てだす。
「い、いえ……。しかし驚きましたな。姫様、一体どこでそんな知識を?」
ウォーレン侯がシルヴィに問いかける。
「あ、それは……」
彼女は俺の方を見ながら顔を赤らめる。
「アレク様が『宰相』として私の相談に乗ってくださり、これまで難しい問題を次々と解決してくださったのが、本当にかっこよくて……」
「私もいつか、アレク様みたいになりたいなって思って、それで一生懸命勉強したんですけど……」
最近、彼女が自らの執務が終わってから、自室にこもって政治や経済に関する勉強を夜遅くまで必死で行っているという話は、執事のセバスチャン殿からそれとなく聞いていた。
しかし、まだ14歳の女の子が、国の代表として数々の職務をこなしながら、わずか数か月で「ここまで」知識をつけたのか。
本当に頑張ったんだろう。「並の努力」ではなかったはずだ。
しかも頑張った動機が、「俺に追いつきたい」と言われてしまうと、なんだかとてもこそばゆい気分になってしまう。
「あの、アレク様……。私の提案は、やっぱりまずい部分があったでしょうか?」
彼女は恐る恐るといった様子で、俺に意見を求めてくる。
「す……」
「す?」
俺の言葉に、シルヴィは首をかしげる。
「すごい、すごいよ! シルヴィ! 本当にいいアイディアだと思う! ぜひその案で行こう!」
「ほ、本当ですか!?」
シルヴィは心底ほっとした様子だ。
「す、素晴らしい提案です! さすが姫様!」
「姫様のご提案だ! 早速国内に『お触れ』を出して作業の準備に取り掛かろう!」
彼女の提案に、皆大賛成のようだ。シルヴィの提案は、満場一致で可決される。
こうして、「シルヴィア姫の案」に基づいて街道整備計画が開始されることとなった。
……アレ? 今日は俺、何もしてない?
※ 三層構造の道路については「全ての道はローマに通ず」でおなじみのローマ街道を参考にしました。が、モカ亭は土木工学については全くのド素人なので、この辺はだいぶガバっている可能性が高いです。「ちげーよ」って部分がありましたら、コメントでご指摘いただければ幸いです。(参考にさせていただきます。)