第26話 新章プロローグ「四天王と魔剣」
エルトリア王国から東へ東へ……。
隣国ケルン公国を超え、タイネーブ騎士団領を通り抜け、天にそびえるような、鉄壁の「イカルガ城塞」を抜ける。
平原を通り、沼地を通り、「世界の屋根」と呼ばれるオーラル山脈を越えると、ようやく「その都市」が見えてくる。
ここは魔王国バルナシア帝国、帝都エルダーガルム。そびえ立つ山脈にへばりつくようにして、大小無数の建物が所狭しと建ち並んでいる。
そしてこの都市で、もっとも高い場所に建つ、もっとも巨大な建造物こそが、「魔王城」である。
その城内……。
大きな円卓と、その周りに豪華な椅子が「6つ」設置されている。
座っているのは4人。2席は空座となっている。
「やはり『魔王』は生きている可能性が高いな……」
その中でも一際豪華な、「魔王の椅子」に座る男が静かに口を開く。
彼がもともと座っていた「参謀長の席」は空座となっている。
男は黒いローブを目深にかぶり、一切その顔を確認することはできない。
「俺はどっちでもいいぜぇ。ロドムスさんよぉ」
隣に座る男が、黒ローブの男に話しかける。
「隣の男」はいわゆる「細マッチョ」で「イケメン」とでも言おうか?
だが、男の耳にはいくつもピアスが入り、腕には大きなタトゥーが見える。
「『前の魔王』の時代は平和すぎてボケそうだったぜ。やることといやぁ『酒を飲む』か『女を抱く』ぐれぇしかなかったからなぁ。戦争で人を殺してぇ。殺しがしたくてたまんねぇぜ!」
彼はそう言ってドカッと円卓に足を投げ出す。
こんな場面だというのに、両脇には美女をはべらせている。
この男の名は、ジオルガ=ギルディ。
全オーク種の族長にして、魔王軍四天王の一角だ。
オークの突然変異体なのか、「筋骨隆々で醜い見た目のオーク」とはとても思えないような整った顔立ちだ。
それでいて「単純なパワー」だけなら四天王随一であり、なおかつ計算高くずる賢い戦いも得意という規格外の実力者だ。
ハイオーク歩兵団「鉄の拳」を中心に構成される「魔王国陸軍」の最高司令官でもある。
「アタシはちょっと困るなぁ、魔王ちゃんとは『愛しあった仲』だし、フフッ」
絶世の美女が意味深なセリフを吐く。
薄い水色の髪に、同じ色の瞳。
白く透き通るような肌。
しなやかであり、かつ抜群のプロポーションを誇る魅惑のカラダ。
が、
その先。
足が続くはずの部分には、魚の尾びれがついている。
「でもぉ、ロドムスちゃんが、アタシのことを満足させてくれるなら、『あなたのモノ』になっちゃうかも」
彼女はイザベラ=ローレライ。四天王の一角を担う「人魚姫」だ。
先に断っておくが、この女の言葉を本気にしてはいけない。
彼女は人間の姿に変装し、中央六国や神聖メアリ教国の若い貴族や王子たちと、「燃えるような恋」をして、男を本気にさせたあと「すべてを奪いつくす」行為でこれまで数知れない男たちを破滅に追いやってきた。
彼女にとってこの一連の行為は、「ただの娯楽」だ。
ゆえに非常にたちが悪い。見た目の清楚さからは想像もできないような「腹黒人魚姫」なのである。
その一方でマーメイドやサハギンなどの海棲種の魔物で構成される「魔王国海軍」の総督でもある。
ケタ外れの魔力を有し、津波やうず潮を自由自在に引き起こし、敵船を完膚なきまでに叩き潰す。
彼女がいるせいで、「海上からの魔王国への侵攻」は不可能となっている。
「あなたが『魔剣の所有者』であるならば、ワシらはそれに従うまでだ。それが魔王国の『鋼の掟』」
白い髪、白い髭の老ケンタウロスが静かに話す。
まさに「規律が服を着て歩いている」ようだ。背筋をピンと伸ばし、一切の油断も隙もない。
「もっとも、ルナリエ=クランクハイドは『それ』を破って現在行方知れずだがな。『四天王』の一席、いつまでも空座にしておく訳にはゆかぬ」
この年老いた騎士の名はダンタリオン。
魔王アレクのさらに先代の魔王の頃から四天王を務める老練の名将だ。
四天王の筆頭にして、魔王国最強部隊、「魔王親衛隊」の隊長でもある。
彼を語るうえで、魔王軍とダルタ人が激突した、「イデオポリスの戦い」は決して外せないだろう。
彼は圧倒的劣勢の状況で、ケンタウロス騎士団を率いて大陸最強の「ダルタ人騎兵隊」を巧みに翻弄。
そして最後は、なんとあのダルタ人歴代最強の将「デアルマジード」と三日三晩一騎打ちを続け、この戦を「引き分け」にまでもっていったのだ。
知識も経験も積み上げた歴戦の老将。魔王国にとっては最も頼もしく、かつ列国にとって最も厄介な将と言えば、彼以外には考えられないだろう。
そしてここにはいないが、ダンタリオンが仕えていた「先代魔王」の娘にして、飛竜騎士団の団長および「魔王国空軍」の総司令官を歴任するのが、通称「焔の舞姫」ことルナリエ=クランクハイドである。
彼女は現在、魔王アレクとともに逃亡中である。
以上4名が魔王軍四天王である。いずれも一癖も二癖もある実力者ぞろいだ。
そして……。
「私の『魔王位承継』は正当なものであった。この通り『魔剣』もある……」
再びローブの男が抑揚のない声で発言しながら、彼の横に浮く「半透明の剣」に触れる。
彼が「魔剣」に触れた瞬間、ソレは実態を伴った本物の剣となって、凄まじい魔力を放出し始める。
「でも、『ヴァンデッタ様』は認めてないんでしょう?」
イザベラが茶化すように言う。
そう、今、魔王国では「前代未聞」の承継問題が発生しているのだ。
魔王国では「魔王」イコール「魔剣の所有者」である。
この「魔剣」は別名「不可触の剣」とも呼ばれ、魔王以外のものは「触ること」ができない。
逆にいえば、これに触ることができたものが、その瞬間から「魔王」となり、魔王国のすべてを支配する地位と権力を得るのだ。
通常は、先代魔王から次代魔王へと「承継の儀」と呼ばれる儀式を通じて、「魔剣」が譲渡される。
一旦「魔剣」の譲渡が成ったら、例え「先代魔王」といえど、もはや「魔剣」に触れることはできない。
つまり、同時代に「魔剣」に触れることができるものは「世界でただ一人」なのであり、その者だけが「魔王」を名乗ることができるのだ。
そして、すべての魔物は「魔王」に「絶対服従」だ。
これは決して揺らぐことのない、魔王国の「鋼の掟」である。
魔物は「魔王」のどんな命令にも絶対に従わなければならない。例えそれが「つい先ほどまで『魔剣の所有者』であった先代魔王の首を取れ」という命令だったとしても……。
だが、ここでとんでもない問題が発生する。
先ほど、イザベラが発言した「ヴァンデッタ」なる魔物が「当代の魔王」つまりアレクが現時点でも「魔剣」を所有しており、「承継の儀」は成っていないと言い出したのだ。
一介の魔物風情が魔王の「承継の儀」の如何について口を出すなどあってはならないことだし、仮に口出ししてみたところで、鼻で笑われ、相手にもされない。
だが、この「ヴァンデッタ」という魔物に関してだけは別だ。
なぜなら、彼女は第4歴よりもはるか昔の「創世暦」と呼ばれる時代に、その「魔剣」を作成した張本人だからである。
これにより、魔王国に激震が走る。
よもや、参謀長ロドムスの所有している魔剣は偽物ではないか? とのうわさがまことしやかにささやかれるようになり、現在魔王国はロドムスを新魔王と認めるか、認めないかで世論が真っ二つに分かれているのである。
だが、今しがた見た通り参謀長ロドムスは間違いなく「魔剣」を所有しており、その魔力もどう見ても「本物」だ。
「……それに関しちゃあ、結局『間違いなく本物だ』って話になったじゃねぇか。今更まぜっかえすなよ。『アバズレ人魚』が」
ジオルガが不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「あら? 私は事実を言っただけよ。『子豚ちゃん』。そんなにブーブー鳴いてると見苦しいわよ?」
イザベラがやり返す。
「あんだと!? テメェぶっ殺してやろうか!?」
「あら、子豚ちゃんがそんな汚い言葉を使っちゃだめよ。立派な豚になれないわ」
「黙らっしゃい!!!!!」
雷が落ちたかと思うほどの一喝が室内に鳴り響く。
「ソレ」がダンタリオンの発したものだと気づくのに数秒かかったほどだ。
「ジオルガもイザベラも見苦しい。四天王としての矜持と自覚を持て!」
「……わーってるよ」
「ごめんなさーい。以後気を付けます」
あの二人が大人しく引き下がった。「四天王筆頭」は伊達ではない。
「ヴァンデッタ様が何故そのようなことをおっしゃられたのかは分からぬ。だが、『魔剣』は間違いなくここにあり、その力も本物である」
ダンタリオンが皆に言い聞かせるように語りだす。
「ならば我々は、ロドムス様を主としてお仕えするのみ。これが本物の「魔剣」である限りはな……」
最後、彼はほんの少しだけ何か「含み」を感じさせる物言いをしながら、チラリとロドムスの隣に浮く「魔剣」を盗み見た。
―― 一方そのころ。
「ふぅ、今日はこんなもんか……」
アレクはエルトリア城の訓練室で、夕食後の「剣のトレーニング」を終えたところだ。
今日は珍しく、アレクのほかに誰もいない。
「……一応、試してみるか」
彼はいままで訓練に使っていた、隼の紋章が彫られた剣を一旦しまうと、魔力を集中し始める。
すると、
何もなかった空間が歪み、彼の前に「半透明の剣」が現れる。
彼はそれにゆっくりと指を近づける。
指が触れた瞬間、それは実態を持った「本物の剣」となり、ズシリとアレクの手に収まった。
同時に、剣から「信じられないほどの魔力」が放出し始める。
「…………」
アレクは数秒、何事か思案していたようだが、やがて剣を手放すと、魔力を拡散させる。
「半透明の剣」はほんの少しの間ふわりと宙に漂っていたが、やがて蜃気楼のように消えてしまった。