第25話 魔王様、帰還する
第4歴1298年11月18日。午後3時過ぎ。
盟主、ベルマンテ公が討ち取られ、その一報が戦場全体に広がったことで大貴族派の軍はパニックに陥る。
「な、なんだと!? ベルマンテ公が討たれただと!?」
本陣で報告を聞いたへクソン侯は動揺する。
「すぐに全軍を立て直せ! オルデンハルト卿はどこへ行った!?」
「そ、それが、最前線で重装騎馬隊の突撃を指揮しておりまして、『敵の策』に巻き込まれてしまったのではないかと……」
兵士が報告する。
はるか前線を見れば、馬防柵とクロスボウによって嵌められ、壊滅した重装騎馬隊が見える。生き残りも捕虜となってしまった様で、こちらに戻ってくるものは一人もいない。
オルデンハルト卿も行方不明だ。
さて、ここで現在の大貴族派の戦況を俯瞰する。
大貴族派の切り札、重装騎馬隊1000は敵の策をうけ、すでに壊滅状態だ。
また、敵の「必殺部隊」100騎の突撃を受け、本陣の最前列に布陣していたベルマンテ公(彼は人を見下すのが大好きなので、戦場全体が見渡せるように、わざわざ本陣の最前列で戦を見物していたのだ)が討ち死に。
一方、憶病な性格のため本陣の最後列にいたへクソン侯と、彼を守る兵たちは、まだ「無傷」で残っている。
もし、彼が勇敢に兵たちを奮い立たせ、すぐに全軍の指揮権を掌握し、立て直しを図ることができれば、あるいは「仕切り直して」もう一戦、王女派と対峙することができたかもしれない。
だが、戦の素人であり、臆病者でもある彼に、そんなことができるはずがなかった。
「じょ、冗談ではないぞ! ワシは嫌だ! 死ぬのは嫌だ! 国外へ逃亡する!!」
彼は残っている兵たちを捨て置いて、さっさとどこかへ逃げおおせてしまった。
「報告! 敵軍全軍撤退! 撤退です!」
アレクのもとに報告が入る。
「撤退」というよりは「逃亡」といった有様だ。
総大将ベルマンテ公が討たれ、動揺が広がっていたところに、「大将代理」のはずのへクソン侯が真っ先に逃亡してしまったのだ。
大貴族派の軍は秩序もなく、散り散りになって四散してしまった。
こうして、長きにわたる王女派と大貴族派の闘争における最終決戦であった「クレイド平原の戦い」は、あまりにもあっけなく結末を迎えたのである。
結果は、
王女派
死者・行方不明者約100名。
戦死将校無し。
大貴族派
死者・行方不明者600名。捕虜300名。
大将ベルマンテ公、戦死。
副将へクソン侯、逃亡
傭兵団長オルデンハルト卿、クロスボウ隊の攻撃を受け落馬、重傷。そのまま捕虜となる。
王女派がほとんど損害を出すことなく圧勝する形となった。
「やりましたなぁ! 隊長」
小隊長のダイルンが嬉しそうに俺のところにやってくる。
「ありがとうダイルン。君が初期加入組800の訓練を指揮してくれたおかげで、今回の作戦はうまくいった」
「何をおっしゃいます。隊長と副長あってのことですよ!」
彼はカラカラと笑いながらそう答えるが、顔はとても嬉しそうだ。
「アレク殿、ありがとうございました。あなたのおかげで、ようやく前王の仇を討つことができました」
グレゴリー卿が頭を下げる。
「とんでもありません。グレゴリー卿。頭を上げてください。あなたが前王の死後も『忠』を失わず、エルトリア王国騎士団を存続させてくれたからこそ、今日、大貴族派に勝利することができたのです」
俺はそう言ってエルトリアの忠臣に声をかける。
「どうだ!? 俺の必殺『ジャンプ神剣』の威力は? 凄かったろ!?」
ナユタがドヤ顔で帰還してきた。
「あぁ! 凄かったぜ! ナユタ!」
俺がガッツポーズで彼に答えると、彼は「そーだろー、そーだろー」と満足げな様子だ。
「流石はアレク様です。見事な策でした」
ふと気付くと、ルナが俺の真横にぴったりとくっつくように立っている。
彼女はまるで自分のことのように、心底誇らしげな様子だ。
彼女には本当に感謝しかない。
魔王国を追われ、絶望的な状況に追い込まれていた俺を、ずーっと支え続けてくれたのだ。
彼女がいなければ、今の俺はあり得ない。
「あの、どうかされましたか?」
ルナがけげんな様子で頭をかしげる。
「ルナ。本当にいつもありがとう。俺がここまで来ることができたのは、すべて君のおかげだ」
そういって彼女の頭をやさしくなでる。
「は、はわ、はわわわわ……!?」
予想外の言葉かつ予想外のご褒美に舞い上がってしまったようだ。
彼女は真っ赤になりながら、完全に「昇天」している。
「さぁ、みんな! エルトリア城へ帰ろう!」
11月21日。
クレイド平原で快勝した王女派の軍勢が、エルトリア城に帰還した。
空は快晴。11月も後半に差し掛かる中、珍しく、穏やかで暖かい日だ。
「アレク様!」
一人の少女が、草原に立っている。
「シルヴィ!」
青年は馬を降りると、駆け寄ってくる少女の方へ走り出す。
「アレク様!」
「シルヴィ!」
秋晴れの高い空の下、吹き抜ける風に草原が波打つ。
駆け寄った二人は、そのまま強く抱きしめあった。
「よくぞ、よくぞご無事で……」
少女は青年の腕の中で泣いているようだ。
青年は、そんな少女の頭をやさしくなでながら、彼女に答える。
「ただいま、シルヴィ。『君のエルトリア王国』を取り戻してきたよ」
―― 第1部「エルトリア王国篇」完 ――
こんばんは。
モカ亭です。
いつもたくさんの方にお読みいただき、感謝・感謝です!
この場をお借りして、改めて御礼申し上げます。
さて、大貴族派を撃破したところで、第1部「エルトリア王国篇」
は完結となります。
当時は10話ぐらいで国内統一が成るはずだったのに、倍どころの
騒ぎではない長さになってしまいました(笑)
さて、次回からは「中央六国篇」ということで、魔王アレクが、
完全統一が成ったエルトリア王国の「正式な」宰相として、一癖
も二癖もある、中央六国各国の王たちと渡り合っていきます。
そして、圧倒的超大国である「四大勢力」も少しずつですが本格的
に動き始めます。
どうぞ、お楽しみに!