第24話 クレイド平原の戦い④
第4歴1298年11月18日。朝。
霜が降りる寒さの中、エルトリア軍は進軍を開始した。
彼らは街道を進軍し、昼過ぎには「クレイド平原」に到着した。
平原にはすでに「大貴族派」の軍が先に到着しており、「地の利」のある地形のことごとくを占領されてしまっている。
だが、エルトリア軍は「お構いなし」といった感じでゆっくりと布陣を開始した。
両軍の布陣は以下のとおりである。
まず、大貴族派。
前列に重装騎馬隊1000。
後列に重装歩兵1500。弓兵隊500。
合計で3000。
一方の王女派。
前列に軽装騎馬隊800およびグレゴリー卿率いる精鋭重装騎馬隊100の混成部隊900。
後列に重装歩兵1200。
合計で2100。
「わっはっは! なんだ、あの貧相な騎馬隊は!?」
敵の布陣を見て、大貴族派の傭兵団長、オルデンハルト卿がバカにしたように笑う。
それもそのはず、大型のタイネーブ種で全騎完全武装する大貴族派に対し、王女派の騎馬隊はアルドニア種500、山岳種300から成る「非常に小柄な」騎馬隊なのである。
騎乗する騎士の装備も貧相。おまけに山岳種300に至っては「チンチクリン」すぎて、騎乗する騎士の足が地面につきそうなほどの「無様」極まりない様子である。
バカにしたくなるのも当然だろう。
もっとも、そう思ってしまったのなら、既に魔王アレクの術中にはまっているのだが……。
さて、第4歴1298年11月18日午後1時過ぎ。曇天。
冷たい風の吹く中、ついに因縁の両軍が激突した。
初動、王女派は微動だにせず、全軍ひたすら「待ち」の姿勢だ。
一方の大貴族派、30分ほど様子をうかがっていたが、なんと信じられないところから戦況を開始してしまった。
開戦からわずか30分で「切り札」「奥の手」であるはずの「重装騎馬隊」1000に突撃命令を出したのである。
重装騎馬隊は「決戦部隊」である。その運用は、戦況を十分に見極めてから慎重に。
兵法の基礎中の基礎である。
だが、大貴族派の初動は、「コレ」を全く無視した、無謀極まりない一手である。
「な、なにをしているのだ!? オルデンハルト卿!」
へクソン侯が慌てて自軍の傭兵団長のもとに駆け寄る。
「ハッハッハッ! ご心配なく、へクソン侯。私に考えがあります!」
「敵の騎馬隊は貧弱そのもの。見るからに練度も低い! だが、我が軍の騎馬隊のまわりをその『軽さ』でちょろちょろされるとそれはそれで鬱陶しい。よって、敵が動き出す前に、主力の重装騎馬隊で一瞬で勝負を決めるという作戦だ」
「まさか、流石のアレクとやらも、我々が『奥の手』の重装騎馬隊を『第一手』でいきなり繰り出してくるとは夢にも思うまい!」
オルデンハルト卿は豪快に笑うと、自ら重装騎馬隊を率いて出撃していった。
だが、これは完全に「アレクの予想通り」の展開であった。
アレクは最初から、「敵の第一手」が重装騎馬隊の突撃になるように仕組んでいたのだ。
彼はわざと軽装騎馬隊に貧相な装備をほどこし、山岳種300を最前列に配備するなどして「不格好な騎馬隊」を敵に印象付けたのだ。
「一撃で蹴散らせる弱そうな騎馬隊」、これを踏み潰すのはさぞかし快感であろう。
「相手を舐める」敵の心理を巧みに利用したのである。
とはいえ、いくら敵が弱そうだからといって、戦術的に下策中の下策である「開戦早々の重装騎馬隊の突撃」が予想通りに起きるだろうか?
今回に限って言えば、その可能性は十分に高かった。なぜか?
それはこの、「寒さ」に理由がある。
実は、大貴族派の軍は王女派に先行して「地の利」を得ようと今朝5時に起床。
寒さに震えながら、「朝飯」も食わずに空腹のまま進軍を開始し、朝10時前には戦場に到着したのだ。
昼飯も、既に布陣を終えてしまっているため十分なものを食べることができず、王女派の到着を警戒しながら「乾パンと干し肉」を少しかじっただけで、どうしようもなく寒さと空腹で「餓えて」いたのだ。
彼らは早々にクレイド平原に到着したものの、いつまでたっても現れない王女派の軍勢をイラつきながら待ち続けることとなった。
一方の王女派。なんと起床したのは大貴族派より二時間も遅い朝7時。
それからストレッチをして体をほぐし、炊き立てのご飯(今年二毛作で採れたエルトリア産の新米だ!)と熱々の汁物という「贅沢すぎる」朝飯を腹いっぱいかき込んでからのんびりと進軍を開始したのだ。
つまり彼らは、地の利を失った代わりに、体はポカポカ、お腹は満腹の状態で戦場に到着したのだ。
その状態でさらに「待ち」の戦術を仕掛けたのは王女派の軍。
餓えと寒さでイラつき、冷静さを失った大貴族派の傭兵団が、早々に決着をつけようと「無謀な突撃」を敢行してしまったのは、ある意味仕方のないことなのかもしれない。
さて、大貴族派の「重装騎馬隊突撃」を予想していた王女派であるが、なんとさらに信じられない挙動に出る。
大貴族派の重装騎馬隊突撃に対し、前列で横陣を敷いていた騎馬隊900が、ちょうど真ん中で左右に割れ、一目散に逃走を開始してしまったのだ。
「うわっはっは! 敵は戦いもせずに逃げていくぞ! アレクというのはとんでもない『腰抜け』だな!」
前列で突撃の指揮をしていたオルデンハルト卿は大興奮だ。
左右に逃げた騎馬隊は無視して、そのまま真っすぐに敵重装歩兵の横陣を狙う。
「なっ!?」
彼はようやく異変に気が付いた。
左右に割れて逃走した敵騎馬隊の後ろから現れたのは、何重にも組まれた、「馬防柵」である。
さらにその後ろに布陣する重装歩兵1200は、「クロスボウ」と呼ばれるばね仕掛けの弓矢を装備し、こちらを狙っている。
罠だ! 彼はそれに気づいたが時すでに遅し。千を超えるクロスボウが一斉に火を噴くように矢の雨を降らせる。
いくら完全武装した重装騎馬隊でも、馬防柵で脚を止められ、そこに矢を雨あられと打ち込まれれば「なすすべ」はない。
重装騎馬隊は一瞬で大混乱に陥ってしまった。
これこそが、今回アレクが何重にも仕掛けた、「必殺の策」である。
彼はなんと、大胆にも最初から軽装騎馬隊800を「おとり」として使うつもりで運用してきたのである。
騎馬隊を組織したのが8月後半。今は11月中旬。
騎馬隊が実戦で通用するレベルに「仕上がる」には通常は1年以上。どんなに急いでも「半年」はかかる。
だから、今回の戦いで騎馬隊を運用するのは「絶対に間に合わない」。そこで彼は信じられない決断を下したのだ。
彼は騎馬隊の訓練内容を、「逃げること」に徹底したのだ。
つまり、「敵が迫ってきたら左右に割れて逃げる」この訓練だけをここ数週間ひたすら行わせてきたのだ。
これだけの単純な動作なら、それこそ「山岳種」の軍馬に不適な馬でもなんとかこなすことができる。
そして馬防柵とクロスボウ。
これが、職人ギルドと商業ギルドに調達を依頼していた、「例の品」である。
細かく分解して持ち運べる特殊な馬防柵の作成を職人ギルドに依頼。
素人でも簡単に扱えるが、やや高価なクロスボウの調達を商業ギルドに依頼。
これをもって、大貴族派の重装騎馬隊を「嵌めた」のである。
(無論、最初に騎馬隊900を前列に配備していたのは、後ろの「馬防柵」と「クロスボウ隊」を敵から見えないように「隠す」ためである)
「何をしているのだ!?」
本陣で戦を見物していたベルマンテ公が怒声をあげる。
馬防柵に阻まれた重装騎馬隊は完全に勢いを失い、もはや「ただの的」だ。
そこへクロスボウを次から次へと打ち込まれ、なすすべもなく倒れていく。
彼はその様子を、歯ぎしりしながら見つめていた。
……そのせいで、彼は気付かなかったのである。
「魔王アレク」率いる必殺部隊が眼前に迫っていることに。
「敵襲! 敵騎馬隊100騎! 全速力でこちらに向かってきます!」
衛兵の報告でベルマンテ公は我に返る。
なんと、目の前に敵の騎馬隊が迫っているではないか!?
実は、先ほどの「おとり」の騎馬隊。
この中にもう一つ「仕掛け」が施されていたのだ。
つまり、前列に配備されていた騎馬隊900のうち、100騎はグレゴリー卿率いる前王時代の「エルトリア王国騎士団」、正真正銘本物の精鋭騎馬隊である。
彼らがおとり部隊の中に「紛れ込んで」いたのである。
おとりの騎馬隊は左右に割れて逃走した後四散したが、右に割れたおとりに紛れ込んでいた精鋭100騎だけはそのまま大きく旋回し、ベルマンテ公のいる敵本陣めがけて突撃を開始していたのだ。
敵が馬防柵とクロスボウ隊に気を取られ、指揮系統が麻痺した一瞬を突く、一撃必殺の電撃作戦だ。
さらに、突撃部隊には魔王アレク、四天王ルナ、ナユタ、グレゴリー卿、ダイルンといった「そうそうたる顔ぶれ」が揃っている。
「うぉおおおおおおおおお!!!! 何とかしろ!!!!」
ベルマンテ公は完全にパニックに陥る。
慌てて兵たちが防御陣を組み始めるが、もたつくばかりだ。
「お任せください!」
ベルマンテ公の護衛のために残っていた精鋭だろうか。
巨大な斧を持ち、タイネーブ種のなかでも特に大柄な馬に乗って、アレク率いる王女派精鋭部隊に突進してくる。
「ナユタ!」
「了解!」
アレクの合図と同時に「最強のクソガキ」が疾駆する。
敵の精鋭とナユタの「一騎打ち」だ!
「ふぉおおおおおお!! 死ねぇぇえ!!」
巨大な斧を横なぎに一閃。
この威力!
かすっただけであの世行は間違いない。
だが……。
いつの間にか、馬上にナユタがいない。
どこへ行った?
「なっ!?」
敵の精鋭は信じられない光景を目撃する。
なんとナユタが、空振った斧の上に乗っているではないか!?
「遅いぜ!」
ナユタは神速の剣技で、両手の曲刀をクロスするように振り下ろす。
敵兵の首が、空高く打ちあがる。
「よっと!」
ナユタはそのまま、倒れる敵兵の胴体を利用してジャンプし、自分がもともと乗っていた馬に着地した。
とんでもない芸当だ。
「ひ、ひぃいいいいいいい!!!!!」
今の光景を目の当たりにしたベルマンテ公が恐怖に目を見開き、必死で逃げようとする。
だが、死を運ぶ魔王の剣は、すでに彼を射程圏内に納めている。
もう、逃げられない……。
それからわずか1分後。
魔王アレクが高々と剣を掲げる。
その切っ先には、あの憎きベルマンテ公が「首だけ」になって戦場を見下ろしていた。
ついに、ついに、念願の「大貴族派撃破」が成った瞬間である。
王女派の完全勝利だ!
兵科紹介⑤
クロスボウ隊
クロスボウと呼ばれる、ばね仕掛けで矢を発射する特殊な弓を装備した兵科。
通常の弓矢との違いは、クロスボウの場合はトリガーを引くだけで素人でも簡単に矢を発射できる点にある。狙いを定めてトリガーを引くだけなので熟練の技術は一切不要。しかも矢はばね仕掛けで飛んでいくため、弓を引く腕力も必要なし(それでいて至近距離で当てれば敵重装歩兵のプレートさえ貫くほどの威力がある)という非常に強力な武器である。
反面、大きな弱点として「連射ができない」点があげられる。レバーを引いて矢を装填するのだが、これが相当に力が要り、かつ時間がかかる作業となる。手回し式ハンドルで矢を装填できるタイプのものも存在するが、機構が複雑で壊れやすく、いずれにせよ連射ができないという弱点は解消できていない。
また、「飛距離が短い」点も大きな弱点であり、通常の弓兵隊や魔道兵隊と「打ち合い」になった場合は、飛距離でも連射性でも劣るクロスボウ隊が一方的にやられてしまう。
さらにはクロスボウの機構が複雑なため、やや「高価な武器」であり、配備コストが割高なのも難点として挙げられる。
総合的にみれば「長距離攻撃部隊」としては結局は弓兵隊や魔道兵隊に軍配が上がる。が、しかし、あらかじめ数を揃えておけば、何らかの理由で突如弓兵が必要になった際に、通常歩兵や騎馬隊の騎士すらも、一瞬で「クロスボウ隊」として編成することが可能であるため、「持っているに越したことはない」装備ではある。
ちなみに今回の戦場でアレクは、クロスボウ隊1200を300ずつの4隊に分けて、1隊が撃ち終わったら次の隊が順次攻撃、その間に撃ち終わった隊が次発装填作業をする、という戦法によって「クロスボウを連射」している。
飛距離についても、風向きや高低差によってはクロスボウを有効に使えるケースもあるため、結局は長所や短所を十分に理解したうえで、「どう使うか」が重要なのである。