第22話 クレイド平原の戦い②
第4歴1298年11月11日。夕暮れ時。バルマ砦。
エルトリア軍王女派(シルヴィア私兵隊)本陣。
迫る開戦の時に向けて、続々と戦闘陣容が整いつつある。
完全武装した重装歩兵が、夕日を浴びながら、一糸乱れず整列している。
ひと際統率の取れた、精鋭と思われる部隊が城門をくぐり、砦の敷地内に入ってきた。
「エルトリア王国騎士団、グレゴリー隊、原隊復帰しました!」
「おぉ! グレゴリー卿! よくぞ戻られた!」
「ウォーレン伯! お久しぶりです!」
エルトリア王国騎士団元団長と、前王時代の元宰相は挨拶をかわすと、さっそく扉をくぐり、砦内に設置された「作戦司令部」へと向かう。
「エルトリア王国騎士団団長グレゴリー以下100名。シルヴィア王女と宰相アレク殿のもとに馳せ参じました!」
グレゴリー卿は兜を小脇に抱え、総司令官に敬礼する。
「よくぞ参られた。ともに戦えることを誇りに思う!」
総司令官であるアレクが敬礼でこれに答える。
「早速だが、卿にも戦陣会議に加わってほしい」
「ハッ!」
「さて、皆そろった。ルナ、始めてくれ」
「ハイ!」
こうして、状況が開始された。
「大貴族派は我々王女派の要求をことごとく無視し、現在テンレン領にあるベルマンテ公の私邸に傭兵隊を終結させつつあります」
ルナが報告を始める。
「数は3000強。構成は重装騎馬隊1000。重装歩兵隊1500。弓兵隊500から成ります」
「敵の傭兵団の団長は『オルデンハルト』という人物だそうです。グレゴリー卿、ご存知ですか?」
アレクがグレゴリー卿に問いかける。エルトリア王国を追放されてから、傭兵団として活動していた彼なら、同業者の情報を知っているのではと思ったのだ。
「いえ、六国の有名な傭兵団についてはだいたい知っていますが、その人物の名は聞いたことがありませんな」
グレゴリー卿が頭を振りながら答える。
「……」
アレクは何事か思案していたようだが、説明を続けるようにルナに促した。
「これに対し、我が軍は全軍で2000。構成は軽装騎馬隊800。重装歩兵隊1200から成ります。ここにグレゴリー卿率いる精鋭、重装騎馬隊100が加わり、合計で2100です」
これはつまり、初期加入組の古参兵800を軽装騎馬隊として運用し、バーク街道の戦い以後加入した新兵隊1200を重装歩兵として運用するということを意味する。
しかし、この運用には大きな懸念が付きまとう。
なぜなら、初期加入組の「兵」はともかく、軽装騎馬隊800が運用する「馬」は、数か月前にメルベル牧場で用立てたばかりだ。
おまけに、うち300は、軍馬としての適性が全くない「山岳種」の小柄な馬だ。
敵に数でも質でも劣る騎馬隊で、どうやって対抗するのだろうか?
その答えは、既にアレクの頭の中にあった。
「この構成で敵とまともにぶつかれば、敗北は必至です。そこで、『策』を講じます」
アレクが皆に説明する。
「そのための準備を、カスティーリョ伯とブレンハイム子爵に依頼し、それぞれ『商業ギルド』と『職人ギルド』に働きかけてもらっています」
「敵は短期決戦を仕掛けてくるでしょう。商業ギルドという後ろ盾を失い、資金的に余裕がありません。長期間傭兵隊を雇用する軍資金がないからです」
「しかし、それは我々も同じじゃ」
ウォーレン伯が付け加える。
「おっしゃる通りです。我々もメルベル牧場を破壊され、新規騎馬隊の編成および輸出品目として生産を開始したチーズの供給が当面不可能となりました。戦が長引けば資金難に陥る点は大貴族派と変わりません」
実際、これは相当な痛手だ。早急に大貴族派を撃破し、対策を講じなければならない。
「なので、両軍ともに『短期決戦』を望みます。恐らくは『野戦』になります。決戦の地はエルトリア城北西に広がる『クレイド平原』です」
眼前の地図には、エルトリア王国全土の地形が書き込まれており、そのうち王城の北西に広がる草原地帯に赤く丸印が付けてある。
クレイド平原は、ちょうどエルトリア城とベルマンテ公の領地であるテンレン領のほぼ中間地点にある、のどかな平原地帯だ。
これといった障害物もないので、騎馬隊の足が大いに生きるだろう。
反面、非常に見晴らしがいいので、前回のような「森を迂回しての不意打ち」といったような作戦は不可能だ。
さて、宰相アレクはこの状況でいったいどのような「策」を講じるのだろうか。
「報告します! ナユタ成功、成功です! バーノン氏の救出に成功しました!」
作戦司令部に一つの朗報が舞い込む。
ベルマンテ公の別邸に極秘潜入したナユタが、パメラさんの父親、バーノン氏を見事救出したようだ。
緊張に包まれていた司令部に、一瞬だが安どの空気が流れる。
「へへっ、どんなもんだい!」
帰還したナユタが早速司令部に入ってきた。
バーノン氏は現在、念のため病院で精密検査を受けているとのこと。パメラさんもそちらに向かったらしい。
これで一つ懸案事項が片付いた。あとは貴族軍を撃破するだけだ。
「よくやってくれた、流石ナユタだ」
「まーな。俺にかかればちょろいもんよ!」
「ゆっくり休んでくれ。と、言いたいところだが、劣勢な我が軍にとってナユタは絶対に外せない貴重な戦力だ。すまないが少し休憩したら、戦列に加わってくれ」
「もちろんだ! 休憩なんかなくてもすぐに戦えるぜ!」
こうして、王女派は順調に準備を進めているのであった。
―― 一方そのころ……。
「おぉ! 見事な騎馬隊だ!」
ベルマンテ公は、眼前に整列する傭兵団の騎馬隊を見て感心する。
兵たちは繊細な彫刻が施されたピカピカの鎧を身にまとい、大きくて立派な軍馬にまたがっている。
「どうですかな? 吾輩自慢の騎馬隊は? 馬はすべて『タイネーブ騎士団領』から取りそろえた一級品ですぞ!」
傭兵団長のオルデンハルト卿が、口髭をいじりながら自慢げに話す。
「何と! 騎士団の馬はすべて『タイネーブ種』なのですか!? それは凄い!」
へクソン侯が感心するように言う。高い金を払って雇ったかいがあったというものだ。
「砂漠の馬」に次ぐ名馬と名高いタイネーブ種だけあって、非常に屈強そうだ。
これにフルアーマーの重装兵が騎乗し、全速力で敵に突撃するというのだから、その破壊力たるや想像を絶するものだろう。
あの小生意気な宰相アレクの顔が恐怖に震える様子が頭に浮かぶようだ。
「ふっふっふっ。これでようやく我々名門貴族のもとに政権が戻ってくるという訳だ。アレク以下、生意気な私兵隊の連中は全員処刑してくれる」
ベルマンテ公が、熱に浮かされたようにブツブツと独り言をつぶやき始めた。
「シルヴィア姫は西の塔に幽閉しよう。前々から、あの美しい姫をモノにできないかずっと苦心しておったが、これでようやく手に入れることができそうだ。そう言えば、小僧アレクの従者に赤髪のたいそう美しい娘がいたな。アレも何とか殺さずに手に入れることができないだろうか?」
彼はもはやすっかり勝った気で、手に入れた「戦利品」でナニをしようかと下衆な妄想を膨らませているようだ。
「し、しかし本当に大丈夫だろうか? アレクは『バーク街道の戦い』にてムンドゥール軍に圧勝しておる。今回も何か仕掛けがあるのではないか?」
一方、憶病なまでに慎重なへクソン侯は、爪を噛みながら不安を口にしている。
「ハッハッハッ! 侯は心配性ですな! なぁに、すぐに『杞憂』であったと安心されるでしょう!」
オルデンハルト卿が豪快に笑う。
かくして、様々な思惑が交錯する中、両軍の戦闘陣容が整った。
エルトリア王国の歴史を大きく変える「クレイド平原の戦い」まであと5日である。
兵科紹介③
重装騎馬隊
エルトリア王国含む中央六国で広く採用されている兵科。
戦場の花形であり、かつ戦況を大きく動かす決戦部隊。鋼鉄製の槍、盾、鎖帷子、兜で完全武装し、タイネーブ種などの大型の軍馬にまたがる騎士で構成される。重量級の馬に重装備の騎士がまたがり全速力で繰り出す突撃の威力はすさまじく、並の歩兵隊ならば粉々に吹き飛ばされてしまうだろう。
反面意外と弱点も多く、射程外から矢や魔法を打ち込まれる。馬防柵や密集隊形の槍衾など「先の尖ったもの」への突撃を嫌がる。急な坂道が苦手。機動力の生かせない密集地では置物状態。など、対する兵科や地形、状況によっては全く役に立たないことも多い。(もっとも、馬防柵へためらわず突撃可能な騎馬隊や急な坂道を難なく駆け下りる騎馬隊も存在する。要は、「馬の訓練」でこれらの弱点を克服できるかがカギとなる)
また、当たり前だが攻城戦・守城戦・海戦の類では一切出番がない。
非常に強力だが、「使う場面を選ぶ」兵科である。戦場では弓兵隊や歩兵隊、軽装騎馬隊などを巧みに運用し、「重装騎馬隊が突撃できる条件」を整えてから彼らを全力突撃させて勝負を決める。というのがある種一つの「戦場におけるセオリー」である。
また、「騎士」および「馬」双方の訓練が必要になるため、育成に非常に時間がかかり、かつ馬の飼料、騎士の装備など非常に金のかかる兵科でもある。万が一戦場でこれが壊滅した場合、再編に非常に時間がかかるため、そういった意味でも慎重に運用すべき、「奥の手」の決戦部隊なのである。