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第21話 クレイド平原の戦い①

 第4歴1298年11月8日。冷たい雨の降る夜。


 極限まで高まっていた王女派と大貴族派の緊張状態は、「ある事件」をきっかけに急展開を見せることとなる。


 ドンドンドン!


「アレク様、いらっしゃいますか? アレク様!」

 夕食後、俺がエルトリア城の自室で読書をしていると、突如扉をノックする音と、俺を呼ぶ声が聞こえる。


「どうしたんだい?」

 扉を開けると、城の衛兵が困惑した顔で立っていた。


「夜分遅くに申し訳ございません。実はこの雨の中、傘もささずにずぶ濡れで『アレク殿に至急会いたい』という女性が城に尋ねてきておりまして……。流石にここまで通す訳にもいかないので、一旦別室にて身柄を預かっておりますが」


「何だって!?」

 全く予想外の報告に、俺は目を丸くする。


「わかった、すぐに行く」

 こんな夜更けに、しかも土砂降りの雨の中。「尋常ではない」と直感した俺はすぐに女性が待つという別室へと向かった。


「なっ!?」


 扉を開けて、俺は驚愕する。その女性は、俺が良く知る人物だったのだ。


「パメラさん!?」


 そう、俺を訪ねてきた人物とは、メルベル牧場の牧場主の娘、パメラさんだったのだ。

 見れば彼女はずぶ濡れで、なんと靴を履いていない。足は擦り傷だらけだ。


「アレクさん、牧場が……、牧場が……」

 彼女が俺に抱き着いてくる。泣きはらした目が真っ赤だ。


 俺は心臓を鷲掴みにされたような「嫌な予感」を覚える。


「アレク様! 何事ですか!?」

「えっ! パメラさん!?」


 騒ぎを聞いたのだろう。シルヴィとルナが部屋を訪ねてきた。


「ルナ! ナユタ・ダイルンはじめ10人前後の私兵隊員をすぐに緊急招集してくれ。大至急メルベル牧場へ急行する!」

 俺はルナに指示を出す。


「は、ハイ!」


「私も行きます!」

 シルヴィが俺に同行を求める。


「ダメだ! シルヴィ、危険だ!」

 まだ状況が確認できていない。戦闘能力のない彼女を連れていくことはできない。


「でも!」


「パメラさんのそばにいてやってくれないか? 憔悴しきっている」


「わ、わかりました……」


 こうして俺はシルヴィを城に残し、土砂降りの雨の中をルナ・ナユタ・ダイルンをはじめとする私兵隊の精鋭メンバーとともに、メルベル牧場へ急行した。





「なんだ……。これは……」

 牧場へ到着した俺たちの目の前に、とんでもない光景が広がっていた。


 完全に破壊されつくした牧場の建物。

 放牧地は踏み荒らされ、見るも無残だ。


 そして……。




 おびただしい数の、家畜の死体。


 牛、馬、鶏、羊、山羊……。


 この牧場で、パメラさん親子が大切に飼っていた動物たちが、変わり果てた姿でむごたらしく打ち捨てられている。


「ひどい……」

「な、なんだよ、コレ……」

「一体だれがこんなむごい真似を……」


 私兵隊の面々も、あまりの状況に言葉が出ない。


「ルナ、一旦城へ戻るよ」

 あまりの事態に怒りで震えながら、自分でもびっくりするぐらい静かな声が出る


「は、ハイ!」


「ダイルン、ナユタ。すまないが、現場の状況確認と、もし生きている動物がいれば可能な限り保護してくれ。通常訓練は停止していいから、ほかの隊員たちもここへ集めて」


「か、かしこまりました!」

「わかった……」


 彼らに指示を出し、俺とルナは一旦城へと戻る。


「アレク殿……。今、少しだけ落ち着いたパメラさんから、状況を確認していたところです」

 城へ戻ると、ウォーレン伯が俺に告げる。


 ほかにも、モントロス子爵・アルマンド男爵・カスティーリョ伯・ブレンハイム子爵、王女派の主要メンバー全員が集まっていた。


 シルヴィが呼んでくれたのだろう。


 パメラさんは、毛布にくるまり、執事のセバスチャン殿が淹れてくれた温かいハーブティーを口にして、ほんの少しだが落ち着いたようだ。


「夕方、ベルマンテ公爵様が、ご自身の傭兵を引き連れて牧場にやってきました」

 パメラさんは、何があったのかぽつぽつと語り始める。


「この牧場は、『国家転覆の大犯罪に加担している。よって、これより牧場の破壊と動物たちの殺処分を行う』と……」


「な、なんと……」

「おのれ、大貴族たちめ、そこまで腐ったか」

 王女派の貴族たちも、怒りをあらわにする。


「父がとっさに、身を挺して私を逃がしてくれました。私は必死で走って、先ほど城にたどり着いたところです。あの、父は! 牧場はどうなったのでしょうか!?」


 トラウマが呼び起こされたのだろうか、後半彼女はパニックになりながら俺に尋ねる。


「スリープ」


 俺はパメラさんに睡眠の魔法をかける。

 彼女に伝えるのは「今」はよした方が良いと判断したのだ。


 少なくとも牧場は壊滅していたが、彼女の父親のバーノン氏はあの場所にはいなかった。

 大貴族派に連行された可能性が高い。


「ルナ、バーノン氏の捜索隊を結成してくれ。至急」


「ハイ!」


 ルナが慌ただしく退出する。


「アレク様……」

 シルヴィが俺の名を呼ぶ。


「私、大貴族の皆さんを、許せません……」

 彼女は震える声で、しかしながらはっきりとした口調でそう言った。


「もはや我慢ならん! 逆賊ベルマンテ、へクソンを討つべし!」

「うおぉおおおおお! 戦うぞ!」

 王女派のメンバーも、大貴族派との「完全対立」を表明する。


 こうして、エルトリア王国は、「王女派」と「大貴族派」の内戦へと突入することになった。


 11月9日、朝。


 王女派全員の連名で、昨日の蛮行に対する「最大級非難決議」が大貴族派に向けて通知された。


 同時に、ベルマンテ公、へクソン侯に対する強制登城および本件に関する説明義務を通知。本日中に登城しない場合は、身柄の拘束および強制捜査に移行する旨も伝えてある。


 一方の大貴族派はこれを完全に無視。

 それどころか、彼らは「メルベル牧場において個人に対する軍馬の不正流出および特定品目の不正輸出」の懸念があり、これに対する捜査として牧場における一連の行為は正当であったと主張。


 さらに、それらの不正に「宰相アレク」が関与しているとして当該人物の身柄引き渡しを要求。


 もはや支離滅裂かつ意味不明な主張だが、要は「我々こそが正義であり、お前たち王女派の言うことは一切聞くつもりがない」と中指を立ててきたのだ。


 当然王女派は激怒。一週間後の11月16日までにベルマンテ公、へクソン侯の身柄を引き渡さない場合は、「武力行使」も辞さないと最後通告。


 これに対し、大貴族派も「武力行使の場合は応戦」する旨明言。つまり、一週間後の11月16日が両軍激突のタイムリミットとなる。


 今日は一晩明けた11月10日。

「アレク様、バーノン氏ですが、ベルマンテ公の別邸地下牢に囚われていることが判明しました」


 ルナが俺に報告する。パメラさんの父親がとりあえず無事だったのは何よりだ。


「ご苦労、さて、どうしたものか……」

 俺は思案する。


 正直、すぐにでも助けに行きたいところだが、俺やルナはこれから陣頭指揮で一秒たりとも前線を離れるべきではない。


 何千人という兵士の命を預かる身だからだ。


 とはいえ、開戦まで彼の身が安全との保障はどこにもない。至急救援に向かうべきだ。


「そうだ! ナユタに潜入・救出任務を通知してくれるかい?」

 俺はルナに指示を出す。彼なら適任だろう。


「ハイ! かしこまりました」


「それから、グレゴリー卿への連絡はどうだい?」


「ハイ、そちらも滞りなく。旧エルトリア王国騎士団約100名、恐らく2日後にはこちらに合流可能です」


 よし、作戦準備は順調だ。


「アレク殿、失礼するぞ」

 カスティーリョ伯が執務室を訪れる。


依頼の件(・・・・)、商業ギルドに頼んできた。何とかギリギリ、14日ぐらいまでにはかき集めてくれるそうだ」


「ありがとうございます」


「アレク殿、いらっしゃいますか?」

 続いて、ブレンハイム子爵が入室する。


「今大急ぎで職人ギルドに作ってもらっている(・・・・・・・・・)。15日までには何とか」


「よかった、間に合いそうですね」


 こうして、ある準備(・・・・)を整えつつ、両軍激突の時が、刻一刻と迫ってくるのであった。


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