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第20話 魔王様、特産品を作る②

「『中央六国の特産品』には何がありますか?」

 メルベル牧場への道中、俺は皆に問いかける。


「アルドニア王国の『アルドニアワイン』は世界的に評価が高いなぁ」

 モントロス子爵が俺の問いに答える。


「タイネーブ騎士団領は言うまでもなく軍馬だろう」

「ケルン公国は『海産物』だ。あの国のムール貝やロブスターは絶品だぞ」

 ほかにも様々な「特産品」の名前が挙がる。


「これらは各国の『主力商品』として世界中に輸出されており、輸出国に『巨万の富』をもたらしております」


「羨ましい限りだ」

 カスティーリョ伯がため息をつく。自国に主だった産業がないことを思い出したのだろう。


 エルトリア王国には主だった工業製品は無し。農業も、小麦やジャガイモなど「ありきたりなもの」の生産しか行っておらず輸出の核となる商品が存在しなかったのだ。


 俺はこの国に来てから、ずっと「ソレ」を探していたのだ。


 素晴らしい「素材」もしくはそれを利用した「何か」があれば、それを利用した貿易により、国内の産業は一気に潤う。


 そして、ついに俺は「ソレ」をメルベル牧場で見つけたのだ。


「ま、まさか!?」

 シルヴィが目を輝かせる。


 残念。


 今回は「特製ソフトクリーム」ではないんですよシルヴィさん。


「こんにちは。バーノンさん、パメラさん」

 俺は外まで出迎えに来ていた牧場の親子に挨拶をする。


「あっ、いらっしゃいませ~。アンナさん、王女さまだったんですねぇ」

「やややや、王女様と貴族の皆さま。こんなところまでよくお越しくださいました」

 我々の訪問は事前に伝えてあったので、「準備」も整っているようだ。


「ぱ、パメラさん。こないだは本名を名乗らずすみませんでした。本当は私、シルヴィアという名前なんです」

 シルヴィが謝罪する。


 前回俺と二人で牧場を訪れた際、お忍びだったということもあり、シルヴィは「アンナ」という偽名を名乗ったのだ。


「そんなこと気にしないでください、シルヴィア様。そうだ、今度お城に『特製ソフトクリーム』お届けしますね」


「い、いいんですか!」

 シルヴィが子供のようにはしゃいでいる。


「それで、アレク殿。今日牧場に訪れた理由というのは?」

 ウォーレン伯が改めて俺に尋ねる。


「はい。先ほどの話の続きになりますが、この国の輸出商品として主力となる『特産品』を探していたところ、メルベル牧場で素晴らしいモノを見つけまして、今日は皆さんに、それを『試食』してもらおうと思い、ご案内しました」


「ささ、皆さま。こちらにご用意しております。パメラ、準備を」

「は~い」


 そういってバーノン氏とパメラさんが用意してくれたのは、大小さまざまな形の、「ある乳製品」だった。


「これは! チーズですな」

 モントロス子爵が声をあげる。


 種類は白チーズ・ブルーチーズ・クリームチーズなどなど。

 原料も牛乳・羊のミルク・山羊(ヤギ)のミルクなど様々だ


「おぉ! うまそうだな!」

 アルマンド男爵が早速白チーズを口に運ぶ。


「うん! 濃厚でクリーミーだ! うまい!」

「このブルーチーズは中々に強烈な味ですな。だがそれが癖になる」

「山羊のチーズ。シェーブルチーズというのかね。初めて食べたが、独特の風味がいいな。白ワインが飲みたくなる」


 皆思い思いにチーズを試食している。


「これを輸出商品として世界中に売り出そうと考えております。いかがでしょうか?」


「うむ、絶品だ! これならいけるぞ」

「し、知らなかった……。こんな特産品があったなんて」

「ブランド名は『メルベルチーズ』などいかがでしょうか?」


 皆口々に賛成の意向を伝える。


「品質も味も申し分ない。輸出商品として十分に通用するでしょう。しかし、これをどうやって世界中に『宣伝』するかだな」

 カスティーリョ伯が懸念を伝える。


 さすがは商業ギルドに知識が深いだけのことはある。

「品質の高い商品」と「売れる商品」は必ずしもイコールではない。「売り出し方」がとても重要なのだとよく心得ている。


「カスティーリョ伯のおっしゃることはもっともです。そこで、『ある意外なもの』との組み合わせ(マリアージュ)でメルベルチーズをプロモーションしたいと考えています」

 試食を終えた皆に俺が伝える。


「な、なんですかな。それは?」

 ブレンハイム子爵が尋ねる。


「こちらになります」


 そういって俺が用意したのは、グラスに入った「ある飲み物」だ。


「これは、『お酒』ですかな?」


「正解です」

 ウォーレン伯の回答に、俺が答える。


「酒」


 (ライス)を原料としたアルコール飲料だ。魔王国では一般的だが、中央六国ではあまり知られていない。


「チーズに『お酒』って合うのか? 普通ワインじゃないのか!?」

 アルマンド男爵が目を白黒させる。


「いやいや、これが相性抜群なんですよ。ぜひ試してみてください」

 俺は自信をもってこの組み合わせを勧める。


「で、では試飲……」

 皆恐る恐るチーズとお酒を口に運ぶ。


「む、むむ! 確かに、お酒のほんのりとした甘みと、チーズの酸味が絶妙にマッチしますな」

「こっちの辛口の銘柄は白チーズに良く合うぜ! クリーミーなチーズのおかげで味がマイルドになるというか……」


 予想外の組み合わせに、皆目を丸くする。


「話を戻しますと、今回の『商業ギルド』の件は、この『チーズ』と『お酒』で解決したいと考えています」

 俺がタネを明かす。


「商業ギルドは、大貴族派と結託して日用品の値段をつり上げています。彼らに無理やり価格改定を迫るのではなく、彼らが自分から進んで価格を下げるように、王女派が彼らに『ある特典』を与えます」


「ま、まさか……」


「そうです。『チーズ』と『お酒』の貿易における『専売特権』を彼らに与えるのです。

代わりに、『日用品の価格を正常値まで下げさせる』契約を彼らと交わすのです」


「そうすれば商業ギルドの連中は、日用品の価格をつり上げて稼がなくても、巨万の富を生む貿易特権を手にすることができる。わざわざ町民たちから恨まれるようなあくどい商売は辞めるという訳か……」

 カスティーリョ伯が唸る。


「その通りです。新たな産業の発達で国内の経済も潤い、かつ、日用品の価格も正常水準まで下がる。民にとってはいいことずくめです」

 もひとつおまけに、商業ギルドが大貴族派に媚びる理由もなくなる。むしろチーズの生産を握っている王女派になびくだろう。


「さらに、今回は時間がなかったので他地域から銘柄を取り寄せましたが、『お酒』に関しても今後は国内生産が可能です。二毛作により米の生産が始まりましたから」


「あっ!?」


「うまく『ブランド銘柄』を確立できるようになれば、それこそエルトリア王国は『世界の酒蔵』になれるかもしれませんよ」


「う、うむ……」

「まじか……」

「こ、これは予想外、というか『予想以上』ですな……」

 皆が口々に感想を述べる。良さそうだな。


「シルヴィ、どうかな?」

 俺は最後に彼女にお伺いをたてる。


「……」


 あれ、反応がない。もしかしてイマイチだったのだろうか?

 予想外の反応に、俺は不安になる。


「ぷ」


 ぷ?


「ぷへぇぇえい!」

 様子がおかしい。耳まで真っ赤だ。


 ! しまった !


 彼女は「未成年」だ。

 つまり、飲酒経験のない女の子に、度数の強い「お酒」を飲ませてしまったのだ。


「いやぁ、あれくしゃんはいつもしゅごいですねぇ、あたしゃかんしんしますよぉ」

 彼女はケラケラと笑いながら、俺の背中をバンバンと叩く。


 ろれつが回っていないが、一応は「大賛成」ということで良さそうだ。


 どうやら彼女は、致命的にお酒に弱いらしい。


「ひ、姫さま!?」

「大丈夫ですかぁ?」


 皆が口々に心配しながら、シルヴィに駆け寄る。


 まぁ、大事には至らないだろう。





 こうして、メルベル牧場産の特製チーズを、エルトリア王国の輸出品として大々的に販売することが決定した。


 商業ギルドに顔が利くカスティーリョ伯が後押ししてくれたこともあり、輸出業者になりたい商人たちがこぞって日用品の価格を下げ始めた。

(すると、町民たちは値段の安い店で日用品を買うようになるため、価格カルテルを維持できなくなり、最後まで抵抗していた一部の商人たちも最終的には価格を下げざるを得ない状況となった)


 さらに、今はまだ米の収穫が終わったばかりだが、農家から米を買い取り、お酒を醸造する準備の方も着々と進んでいる。


 順調にいけば、来年の早い段階で「エルトリア産」のお酒も仕上がるだろう。

 うまくいけば、来年早々から早速こちらも輸出商品としてブランド化できるかもしれない。


 こうして、王女派は「商業ギルドを敵に回すことなく日用品の価格を下げさせる」という難事業を見事にやってのけたのだ。


 大貴族派の資金源も壊滅するだろう。








―― しかし……。


「おのれおのれおのれぇ!!! アレクめが! 図に乗りおって!!」


 ここはベルマンテ公の私邸。

 すっかり人数の減った大貴族派の会合が行われている最中だ。


 大声で喚き散らしているのはベルマンテ公本人だ。いつもの威厳はどこへやら、完全にブチ切れている。


「まずいぞ。商業ギルドまで懐柔されてしまった。我々にはもう抵抗能力が……」

「かくなる上は、資金が尽きる前に一発逆転狙いの軍事行動を……」

「し、失敗したらどうする!? 『国賊』として処刑されるぞ!」


 大貴族たちも動揺を隠せない。

 意味のない議論が行ったり来たりしているだけだ。


「皆さま。少し落ち着きましょう」

 声をかけたのは、へクソン侯だ。


 何かを企んでいるのか、嫌な笑みを浮かべている。


「今回の『王女派』の一手、凄まじい効き目であることは否定できません。しかし彼らは、同時に大きな弱点をさらけ出しました」


「な、なんだねそれは?」

 少し落ち着きを取り戻したベルマンテ公がへクソン侯に尋ねる。


「ここ数か月の『王女派』の動向を調べるに、連中は『軍の強化』および今回の『輸出品』の件を『ある施設』に相当依存していることが判明しました」


「なので我々は、ここに『強力な一撃』を加えます。そうすれば、今度は『王女派』の方こそ後ろ盾となる権力を失い、一気に弱体化するでしょう」


「お、おぉ! 確かに! へクソン侯のおっしゃる通りだ!」

「いいぞ、図に乗っている『王女派』を一気にどん底に落とし、そのままの勢いで攻め滅ぼしてしまおう!」


 大貴族たちも口々に、へクソン侯の案に賛成する。


「フ、フフ、フフフ。見ておれよ、アレクめ。我々大貴族の恐ろしさをたっぷりと教えてやる……」


 ベルマンテ公が、不気味な笑みを浮かべながら、アレクの名を呟いた。


 To be continued


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