第19話 魔王様、特産品を作る①
「牛さんですかぁ~。もちろんうちの牧場にはたくさんいますよぉ」
パメラさんが、いつものんびりとした口調で俺たちに告げる。
「ありがとうございます。少し牛舎をみせていただいてもよろしいですか?」
なんか前にもこんなやり取りがあった気がするが、今回は騎馬隊とは全くの別件だ。
今日は9月20日。
ついに待望の稲刈りの日がやってきた。
初めての栽培であったが、天候にも恵まれ、見事に豊作だ。
これならば、大貴族たちの重税により苦しめられていた民の生活も大いに向上するだろう。
このあと少し土地を休ませてから、また小麦の生産を開始することになる。
二毛作が上手く軌道に乗ってこれば、国全体の生産力も大きく伸びるはずだ。
さて、俺は農地改革という大きな仕事がひと段落したのを見届け、次の事案に取り掛かることにする。
改めて、現在の各勢力の動向を確認してみよう。
まず、四大勢力の動向だ。
初めにメアリ教国は、現時点ですでに秋だがバルナシア帝国への「神聖十字軍」派遣の号令を中央六国に出していない。(彼らが魔王国への大規模侵攻作戦、通称「神聖十字軍」を派遣する際は属国である中央六国も参戦義務があるため、通常は何か月も前に各国に戦闘陣容が通知される)
寒さの厳しい冬に軍事的行動を起こすことは基本的にはないので、現時点でメアリ教国から何らかの下知がない以上、少なくとも来年の春までは神聖十字軍の派遣は無いだろう。
続いてダルタ人勢力圏。
こちらも夏に下部組織ムンドゥール軍を撃破し、続いて国境沿いの「キュレンダールの長城」の修復も終了しているため、侵攻される心配は少ない。念のためルナにテンペストを駆って上空から偵察任務に行ってもらうこともあるが、国境線数十キロ圏内に大規模部隊の展開は見られない。
次に北に広がる死者の国アモンドゥール帝国。
こちらはそもそも一切の国内情報が入ってこず、状況は全く不明だが、例年通り軍事行動の兆候はなし。油断はできないが、中央六国に侵攻してくる可能性は極めて少ない。
最後に魔王国バルナシア帝国。
こちらからは実は一つ「嫌な報告」がある。俺が魔王であった頃は人間界との交流を促進し、国家間貿易も盛んであったが、参謀長ロドムスがクーデターを成功させてから、中央六国のすべての国に対し一方的に、「一切の交流破棄」の通知を送り付けてきてたのだ。現在、魔王国と中央六国をつなぐすべての関所は封鎖されており、物流も人の流れも完全に遮断されてしまっている。風の噂で、帝国は現在大陸南東の「ガドガン海峡」でダルタ人と小競り合いをしており、そちらに軍を派遣していると聞いた。すぐに六国に向けて軍事的行動を起こす可能性は低いとは思われるが、彼らが人間界に対する態度を硬化させている点は良くない兆候だ。
続いて国内の情勢だが、いよいよもって王女派と大貴族派の対立が先鋭化してきた。
王女派が、農地改革・バーク街道の戦い・キュレンダールの長城の補修など、民に支持される様々な成果を出すにつれ、大貴族派の劣勢が目立つようになってきた。
大貴族派から王女派へ寝返る貴族たちも増える一方である。
このままおとなしくやせ細ってくれれば良いのだが、ベルマンテ公やへクソン侯はひそかに大量の傭兵をかき集め始めている。完全に力を失ってしまう前にどこかのタイミングで「宰相アレク」討伐のための軍事的行動を起こす可能性が高まってきた。
しかし、「落ち目」の大貴族派がどこから大量の傭兵を雇う資金を得ているのだろうか?
これについては、グレゴリー卿など国外の協力者の情報もあり、徐々に連中の「金の流れ」を解明できてきた。
今回の議論は、大貴族派の資金源を破壊し彼らの戦争能力を削ぐことが目的だ。
エルトリア王国会議室。
「いつものメンバー」が集まった。
「『商業ギルド』が大貴族派の資金源ですか」
ウォーレン伯が俺の顔を見ながら言う。
商業ギルド。
もともとは商人の自治団体であり、商人同士の相互扶助や情報共有、領主に対する団体交渉などのために組織されたものだ。
だが組織が肥大化するにつれ、腐敗が加速してしまったようだ。今の彼らは、同業者で結託して不当な価格カルテル(ギルドが決定した値段でしか商品の売買を許さないという同業者間での協定。主として不当に商品の値段をつり上げるために行われる)の形成やギルドに加入するのを拒む商人の締め出しなど、「公正な取引」を阻害する行動を日常的に行っている。
そして、そうやって得た不当な利益を大貴族派に賄賂として流すことで、彼らはその既得権益を守っているようだ。
特に夏以降、これまでも高かった日用品の物価が、さらにとんでもない勢いで高騰し始め、民からの「生活が苦しくて仕方がない」との嘆願が増えている。
せっかく米の二毛作が上手く行ったのに、これでは民の生活が全く豊かにならない。
おまけに、先ほどの商業ギルドから大貴族派へ送られている賄賂が、ベルマンテ公やへクソン侯たちの「傭兵を雇うための資金」となっているのだ。
この流れを断ち切ることは、「民の生活向上」および「大貴族派の軍事的資金源の壊滅」を意味する。
王女派としては絶対に商業ギルドの不正を糾弾したいところだ。
しかし……。
「難しいぞ。確かに今の我々の勢力なら強制的に商業ギルドに日用品の価格改定を迫ることはできるだろう。だがそうすれば、ギルドの連中は大貴族派に助けを求めるだろう。商業ギルドが大貴族派に完全に『取り込まれる』危険性が高い」
新規加入組のカスティーリョ伯が反対の意を表明する。
彼自身の商業ギルドに対する影響力も大幅に低下するだろう。
「商業ギルドは武器の流通も担っています。彼らを敵に回せば、私兵隊の武器調達も難しくなりますぞ」
良識派のモントロス子爵ですら難色を示す。
だが、もちろん会議で難色を示されるのは「想定済み」だ。俺はゆっくりと、頭の中にあった「秘策」を話し始める。
「皆さまの反対はもっともです。私も、商業ギルドを敵に回すことは『下策』と考えております」
「じゃあどうするんだ?」
アルマンド男爵が俺の次の言葉を待つ。
「はい、商業ギルドが、『自ら日用品の価格を下げる』ように仕向けるのです」
「そんな上手い方法があるのかね?」
カスティーリョ伯が疑問の声をあげる。
「もちろん、ただ『価格を下げろ』といっても商業ギルドは言うことを聞きません。なので価格を下げてくれた場合には、我々『王女派』が彼らにメリットを与えるのです」
「ど、どんなメリットだね?」
「はい、日用品の価格を下げる代わりに『あるもの』の独占的な販売権を彼らに与えようと考えております」
「それで、『あるもの』とは一体……」
それはこれからご案内いたします。
俺はそういうと、一旦会議を中断し、皆とともに「メルベル牧場」へと向かうことにした。