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第18話 魔王様、従者とデートする

「アレク様、こっちで~す!」

「ちょっと待ってよ、ルナ」


 俺は満面の笑みで手を振るルナの方へ駆け出した。







―― 約一週間前。


「アレク様、最近シルヴィア姫とばかりイチャイチャして、全然私にかまってくれないですよね?」

 執務室でルナと私兵隊の今後の訓練について打ち合わせていた時、彼女が突如そんなことを言い出した。


「ブフッ!?」

 思わず飲んでいたお茶を吹き出してしまった。あぁ、書類が濡れてしまった。


「こないだも二人でピクニックされてましたし」

 ギクッ。こないだのシルヴィ手作りクッキーの件か。


「『民の話を聞く』とか言って2人でこっそりと街でお忍びデートもしてたみたいだし」

 ギクギクッ。いやでもあれは為政者としてシルヴィも学ぶところが大きいだろうと思って連れて行っただけで……。


「おまけに牧場で特製ソフトクリームまで食べたそうですね」

 ギクギクギクッ。な、何でそんなことまで知ってるんだろう。


「あーあ、私は最近、戦場で頭なでてもらっただけだなぁ~。こないだもバーテンの街まで二人で行ったのに、結局ゴハンも食べずにそのまま帰ってきちゃったもんな~」


 これはまずいぞ。非常にまずい。


 どれぐらいまずいかと言うと、「暴風警報」が発令されたぐらいまずい。


 早急に災害対策本部を設置しなければ、これは命に係わる事案だ。


「そ、そんなことないよ。ルナのことは本当に信頼しているし、いつも助かっているよ」


「本当ですかぁ?」

 ルナがじっとりとした目でこちらを見つめる。


 ここで目を逸らしたらアウトだ。


「あぁ、本当だよ。いつもありがとう」


「じゃあ、何か『ごほうび』をください」


「ご、ごほうび……」


 これまた難しい問いだ。

 落ち着け魔王アレクよ。ここは慎重かつ大胆に行動すべきだ。


 俺は彼女の両腕をがばっとつかむと、静かに、しかしはっきりと宣言した……。








 今日は約束の日。

 エルトリア城噴水広場に10時。


 あの日、俺はルナに「デートに行こう」と誘ったのだ。


 何か彼女が期待していた模範解答とは違った気がしないでもないが、あれから今日まで、思いのほか楽しみにしてくれていたようなので、そこはまぁ良しとしよう。



「アレク様、こっちです!」

 見知った女性が俺に声をかける


 今日のルナは白いフリル付きのブラウスと、赤チェックのミニスカート姿だ。

 夏ということもあり、少々露出度が高めで、思わずドキリとしてしまう。


「すまない。待ったかい?」

「いいえ、全然! それより早く行きましょう!」


 いうなり彼女は嬉しそうに俺に腕を絡めてくる。


「まずは西の通りに行きましょう。前から気になっていたお店があるんですよ~」


 エルトリア王国に来てからも、人気の店や流行のファッションなどをしっかりと研究しているみたいだ。


 こういうところはさすが女の子だなぁと感心してしまう。


 それから俺たちは買い食いしたり、美術館に行ったり、大道芸人のサーカスを見物したり、一日中デートを満喫した。


 気が付いたらすっかり夕方になってしまった。


「せっかくだから何か食べていこう」

 俺は彼女を夕食に誘う。


「いいんですか!?」

 ルナの瞳がぱぁっと輝く。


 俺が選んだのは小洒落た雰囲気のレストランだ。


 貴族向けのドレスコードがあるようなお高く留まった高級店という訳でもなく、かといって大衆酒場のような安っぽい店でもない。


 中に入り、注文をすると、程なく料理が運ばれてきた。

 カルパッチョサラダ、生ハム・チーズの盛り合わせ、合鴨スモーク、モッツァレラチーズとトマトのピッツァ、どれもおいしそうだ。


 お酒は俺がジントニックを、ルナがサングリアを注文した。


「乾杯」

 グラスが軽く触れ、心地の良い音が鳴り響く。


「今日行ったあのお店がさ……」

「サーカスショーがすごかったですよねぇ……」


 おいしい料理とお酒で会話も弾む。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていった。


「わたし夢みたいですぅ。まさかアレク様にデートに誘っていただけるなんてぇ」

 だいぶ酔いがまわってきたのか、ルナがテーブルに頬づえをつきながらトロンとした表情でこちらを見つめる。


 俺もだいぶ酔いがまわってきたようだ。


 あの、ルナリエお嬢様(・・・・・・・)とこういう関係になるとは、子どもの頃の俺たちからは想像もできなかった。


「わたくしは魔王の娘(・・・・)ルナリエ=クランクハイドよ。アナタ、名前は?」


 赤い髪の女の子が、高飛車な態度で俺に自己紹介を求める。


「ハイ、魔王城の庭師の息子、〇〇と申します。ルナリエお嬢様」

 俺が彼女に向けてぺこりと頭を下げる。







 ハッ、いかんいかん。

 酔いすぎてつい昔のことなど思い出してしまった。


 もうずいぶん遅い時間だし、そろそろエルトリア城へ戻らないと。


「ルナ、そろそろ帰ろうか」


「……」


「ルナ?」


「すぅすぅ」


 どうやら眠ってしまったようだ。

 彼女も一日中はしゃいで疲れたのだろう。


 起こすのもなんだし、おぶっていくとしよう。


 俺は会計を済ませて、ルナをおんぶしながら外へ出る。

 外に出るとムワッとした蒸し暑い夏の夜風が体に絡みついてくる。


 背中にまとわりつくルナの美しい肢体から発せられる熱を感じる。

 彼女が着ている白いブラウスの滑らかな肌触り、そして二つの柔らかな感触、彼女の心臓の鼓動さえ感じるほどに密着している。


 すぅすぅと静かな寝息が首筋にかかり、くすぐったい。



 暑い夜風と、熱いルナのカラダが、俺の理性を溶かしていくようだ……。


 い、いかんいかん。頑張れアレク、負けるなアレク。

 俺は自らに喝を入れると、彼女をエルトリア城まで運んで行った。


「ルナ、着いたよ」

 俺はエルトリア城にあてがわれたルナの自室の前に立つ


「すぅすぅ」

 ルナは相変わらず規則正しい寝息を立てており、全く起きる気配がない。


 仕方がない。

 俺は彼女を負ぶったまま、寝室のドアを開ける。


 室内は暗いが、基本的には俺の部屋と構造は変わらない。

 俺は彼女をベッドに運ぶと、ようやく一息ついた。


「う~ん」

 ルナの声が聞こえ、ガサゴソと動く気配がする。


「ルナ? 起きたかい? 冷たい水でも貰ってこようか?」


 俺は彼女の顔を覗き込む。


 グィッ!


 俺は突然、彼女にベッドに引きずり込まれた。


 彼女はそのまま俺を仰向けにすると、俺の上に跨った。


「ねぇ~、〇〇」

 彼女は魔王でもアレクでもなく、俺の本名を呼ぶ。

 幼いころはいざ知らず、俺が魔王に就任してからは一度も呼んでいなかった名前だ。


「アナタは(わたくし)のものよ。誰にも渡さないわ」

 彼女はそう言ってブラウスを脱ぎ捨てる。


 服の中に閉じ込められていた彼女の熱気が、ふわりと空中に漂う。

 美しい肢体はしっとりと汗ばんでおり、月の灯りに眩く照らされている。


「る、ルナ?」


「もぉ~、『ルナリエお嬢様』でしょう? そんなにお仕置きされたいの?」

 酔って意識が混濁しているのか、今の彼女は幼いころのルナリエお嬢様だ。俺の方が従者の〇〇。

 俺が魔王になる前の、「かつての二人の仲」に戻ってしまったようだ。


「従順な従者には、ご褒美をあげるわ」

 彼女はそう言って俺の胸に手をあてる。


 彼女の白く細い指が、優しく這い回りながらゆっくりと下半身の方へ移動していく。


「ふふっ、ビクビクして可愛い」

 彼女はそう言いながら結っていた髪を解く。


 ポニーテールがはらりと解けて、俺の顔にかかる。

 髪から漂う甘い香りが理性を狂わせる。


「好きよ。〇〇」

 彼女の艶やかに濡れた唇がゆっくりと近づいてくる。


「る、ルナ」

 俺はなすがまま、それを受け入れてしまいそうになる。


「……」


 ん?


 いつまでたっても「その時」が訪れない。


「あ」


 あ?


「ああああああああ! アレク様! いやこれは違うんですいやいや違わないですけどお酒に酔ってて正気じゃなかったといいますか」


 見れば、彼女はいつもの「従者ルナ」に戻っていた。

 シーツを引き寄せ、体に巻き付けながらアワアワと頭を振っている。


 顔が、赤い髪より更に真っ赤だ。


「よ、良かった……。お水をもらってくるよ」

 俺もドギマギしながら、とっさにそんな提案をしてしまった。


 もう「そんな雰囲気」は粉々に砕け散ったようだ。


 こくこく。


 彼女は無言でうなずいた。







―― 翌朝

「あの、その、アレク様、昨晩のことはなんと言いますかそのですね……」

「い、いや、俺の方こそ流されてしまって……」


 気まずい。非常に気まずい。


 だが、お互い平謝りに謝って、この件は和解と相成った。


「でも驚いたよ。ルナがまさか昔の『ルナリエお嬢様』に戻ってしまうなんて」


「あ、あれは酔っていただけです! 本当の私ではありません!!」

 午後には、そんな冗談もいえるようになっていた。


 本音をいえば、そりゃあちょっと残念だったけど、いつもの二人の関係に戻れたのは良かったと考えるべきだろう。


「でも、『本当の気持ち』も少しだけ伝えましたよ……」


「何か言ったかい?」


「な、なんでもありません!」


 こうして、ちょっとだけ進展したような、しなかったような、魔王と従者の休日な一日が幕を閉じたのでした。


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