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第17話 魔王様、騎馬隊を組織する②

 あれからさらに約一週間が経過した。

 メルベル牧場で用立ててもらった一般的な品種の馬であるアルドニア種500と山岳種300で、さっそく「人馬共に」訓練を開始した。


 騎馬隊を編成する際、人間の乗馬技術や馬上での槍や剣の扱いなどの訓練はもちろん必要だが、馬の方も軍馬としての訓練が必要になる。


 馬に求められるのは、戦場での太鼓や(とき)の声などの「大きな音に驚かない」

敵兵に向かってためらわず突進できる。血の匂いを嫌がらない、などなど様々だ。


「うーむ」


 俺は訓練の様子を見ながら、ついうめき声を漏らしてしまった。


 やはりというか、正直なところ、訓練の進捗は「思わしくない」


 特に山岳種300は、パメラさんの言葉通り「軍馬としての適性が全くない」

 体格もそうだし、温厚で穏やかな性格の馬が多いため、「馴らし」の段階ですでに脱落してしまう馬が続出だ。


 これなら荷馬として運用した方が遥かにましだろう。


 しかしアルドニア種だけでは馬の数が少ないので、それだと訓練の効率もよろしくない。


「へへっ、どんなもんだい」

 向こうの方で、ナユタが大柄な馬を自在に操っているのが見える。


 彼は新規加入組だが、基礎体力もすでに十二分についているため、特例で騎馬隊訓練に参加させている。


 さすがはダルタ人というべきか。乗馬技術も天才的だ。

 あれならば騎馬隊を組織しても、すぐにエースオブエースになれるだろう。


 だが、ナユタ一人がずば抜けていても、軍隊としては通用しない。


「アレク様、失礼します。長弓(ロングボウ)の訓練ですが、こちらも順調とはいいがたいですね」


 ルナが俺に報告する。

 手すきの兵たちを暇にさせておくわけにもいかないので、並行して弓兵隊の訓練も行っているが、こちらも芳しくない様子だ。


 長弓はクロスボウに比べ、飛距離が長く、連射も可能だ。反面、用いるのが難しく、取り扱いには熟練の技術が必要となる。


 ばね仕掛けで取り扱いが比較的簡単なクロスボウ隊を組織することもできるが、それだと万が一「魔道兵」に遭遇した際に一方的に蹂躙されてしまう。(魔道兵は射程も威力も連射速度もクロスボウ隊よりはるかに上だからだ)


 なので、せめて射程距離で魔道兵とも勝負ができる長弓隊はどうしても欲しいところだ。


 まぁ、弓兵隊の育成に関しては最初から時間がかかるのは判っていたことだが、ぼちぼち「大貴族派」たちにもきな臭い動きが見られるようになってきた。


 彼らも独自にそれぞれの「私兵隊」を強化し始めたとの報告を受けている。


 まだ当面武力衝突は無いだろうが、そうは言っても「時間的に余裕がある」ともいえない状況だ。


 仕方ない。

 万が一のために、別の手を講じておこうか。


「ルナ、接触はできたかい?」

「ハイ、向こうからも『シルヴィア私兵隊、隊長のアレク殿にはぜひ一度お会いしたいと思っていた』と返答を頂いております」


「国内で会うのはまずいだろう。どこかに会談の場所を用意できるかい?」

「隣国ケルン公国のバーデンの街、『子犬たちの輪舞(ロンド)亭』という宿で会えないかと打診が来ております」


「行こう。ルナも同席してくれるかい?」

「ハイ。喜んで!」


 こうして、俺とルナは「ある人物」に会うため、隣国ケルン公国へと向かうことになった。


「やぁ、テンペスト。久しぶり」

 俺は嬉しそうに擦り寄ってくる飛竜に挨拶をする。


 ルナの相棒、飛竜(ワイバーン)のテンペストだ。

 魔王国を脱出する際に負った傷は完全に良くなったようだ。


 今回の会談は「極秘」に行いたいので、ケルン公国には飛竜を使って密入国する。


「さぁ、アレク様。お乗りください」

 ルナに言われ、俺は飛竜に飛び乗った。





 8月の蒸し暑い夜。

 俺とルナはケルン公国、バーデンの街にいた。交易の拠点となる街で、小汚いながらも心地よい喧騒と活気があふれる街だ。


 ただ、道路が舗装されていないので馬車が横を通り過ぎるたびに凄まじい砂ぼこりが巻き上がるのは勘弁してもらいたいところだ。


 夜だというのに街は非常ににぎわっており、酒に酔った男たちが歌い、騒いでいる様子が伺える。



「ここですね」

 ルナが一軒の酒場を指さす。


 ちなみに今の彼女はローブを目深にかぶっている。「男避け」だ。

 あの美貌で酒場に突入などすれば、100%酔った男たちに絡まれるからだ。


 別に彼女ほどの実力なら絡まれたところで全く心配はないのだが、今回の訪問は「極秘」なので極力騒ぎを起こしたくはない。


 中に入ると、まさに男向け、冒険者向けの「ザ・大衆酒場」といった感じだ。店内は客でごった返し、酔っ払いたちの騒がしい談笑の声が聞こえ、たばこの煙がもうもうと漂っている。


 楽団によりフィドルやフルートの生演奏が行われており、村娘たちが民謡を踊っている。


「ええっと、二階席の一番奥まったところに……」

 ルナが案内する。


 店内は吹き抜けになっており、2階にも大勢の客たちがいる。


 一番奥まったところの丸テーブルで、ローブを被った3人の男たちが静かに煙草をふかしている。


「やぁ、今日は暑かったな。『故郷の様子はどうだい』?」

 俺が近づくと、一人の男が声をかけてきた。


「えぇ、おかげで『(ハヤブサ)の若鳥たちも元気に狩りをしていますよ』」

 俺が答える。


「なるほど、貴殿が新生エルトリア王国、『シルヴィア私兵隊』の隊長アレク殿か」

 男がフードを取りながら俺に言う。


「初めまして。私はグレゴリー。前王の御世、エルトリア王国騎士団の隊長を務めていたものだ」


 彼が握手を求める。


 そう、俺たちが国境を越えてわざわざ密会しに来た人物とは、エルトリア王国前王、エルドール三世の時代の騎士団の団長だった人物だ。


 彼は壮年の男性で、目つきやしぐさ、立ち居振る舞いのすべてから、「熟練の武人」であることが伺える。


「初めまして。シルヴィア私兵隊の隊長、アレクです」

「副長のルナリエです。よろしく」


 顔合わせが済んだところで早速本題に入る。


「国外に追放された我々エルトリア王国騎士団は、今も王国に忠誠を誓っている者たちだけで、『傭兵団』を結成し、各国を放浪しながら再起の時を伺っている」


 グレゴリー卿が俺たちに状況を説明する。


「数は100人程度にまで減ってしまったが、皆精鋭中の精鋭だ。アレク殿が逆賊ベルマンテ公・へクソン侯と対峙するなら、我らは喜んで貴殿のもとへ馳せ参じよう」


「ありがとうございます。精鋭と名高いエルトリア王国騎士団に加わっていただけるとは、これほど心強いことはありません」


「滅相もない。我々は前王と王子たちをお守りできなかった無能集団。せめて刺し違えても大貴族どもを滅ぼすことでしか罪滅ぼしができませぬ」

 グレゴリー卿が悔しそうに歯噛みする。


「前王と王子たちをお守りできなかったとは?」

 何か引っかかるものを感じた俺は、グレゴリー卿に尋ねる。


「前王と王子たちは、事故に見せかけて、大貴族派に『暗殺』された可能性が高いのだ」

 グレゴリー卿は俺に衝撃の事実を伝える。


「ベルマンテ公やへクソン侯は、かつては前王の右腕・左腕として本当に優秀な貴族たちであった。だが、徐々に目先の富や貴族特権に目が眩むようになり、民のことを第一に考える前王と次第に対立し始めたのだ。」


 ふと俺は、かつては忠臣であったはずのロドムスが、クーデターを起こし魔王国を乗っ取ってしまった自分の状況を思い出してしまう。


「彼らは事故に見せかけ、前王たちを暗殺し、末娘で政治経験の全くないシルヴィア姫を無理やり王位につけることで、政治を独占しようとしたのだ。もっとも、そんな姫様が突如どこからか『優秀な宰相殿』を見つけてくるとはさすがの大貴族どもも想像もつかなかっただろうがな」


 そういって、彼は煙草をふかしながらほんの少しだけ笑った。


「前王暗殺の事実を突きつけることで、大貴族たちを断罪することはできないのでしょうか?」

 ルナがグレゴリー卿に尋ねる。


「無理だろう。大貴族派たちは周到だった。前王暗殺の真実を調べていた我々騎士団を即座に国外追放し、その間にすべての証拠を隠滅してしまった。やはり権力闘争で正々堂々正面から叩き潰すしかない」

 グレゴリー卿が答える。


 俺は体が熱くなるのを感じていた。

 大貴族たちは私欲のためにシルヴィの家族の命を奪ったのだ。


 そのせいで彼女がどれほどつらく、苦しい目に遭ったと思っているのだ!


 すぐにでもエルトリア王国に戻って大貴族たちを断罪したいところだが、罪状も証拠もない状況で彼らを処断してしまっては王女派は一気に信頼を失ってしまう。


 やはり、大貴族派の方から仕掛けさせ、これを撃破するしかない。


 シルヴィの家族たちの仇を撃ち、かつ、彼女が愛するエルトリア王国を守るにはこの方法しかない。


 今こそ、彼女にとって大切な、本当の意味での「エルトリア王国」を取り戻す時だ!


 俺は決意を新たに、グレゴリー卿たちと遅い時間まであること(・・・・)について綿密な打ち合わせを行ったうえで、一旦エルトリア王国に戻ることにした。


 To be continued


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