第15話 魔王様、長城を補修する②
「い、一か月で『キュレンダールの長城』を補修するだって!?」
一同が驚きの声を上げる。
「そ、それで今回はどのような策を考えて見えるのですか?」
モントロス子爵が俺に尋ねる。
「はい、せっかくなので、作業を組み分けして、賞金を出そうと考えております。」
「おっ、それなら俺も知ってるぜ!」
アルマンド男爵が口をはさむ。
「作業をブロックごとにチーム分けして、一番頑張ったところに賞金を出すんだろ? 昔なんかの本で読んだことがあるぜ!」
彼は嬉しそうに言う。
「正解です。アルマンド男爵。ただ、それだけだと一か月での修繕は難しいので、ある工夫が必要です」
「工夫とは?」
新規加入組のブレンハイム子爵も身を乗り出す。
「はい、アルマンド男爵が言われるように一番頑張ったチームに賞金を出す。いいアイデアなのですが、比較的『長期間の作業』の場合には弊害が発生します」
「どんなだね?」
「例えば、A・B・Cというチームがあり、Aが作業が速いチーム、Bが普通のチーム、Cが遅いチームだとします。『一番頑張ったチームに賞金を出す』というやり方だと、どこのチームが賞金をもらいますか?」
「それはもちろんAだ!」
アルマンド男爵が答える。
「その通り、なのでB・Cのチームは頑張りません。『どうせ俺たちは賞金がもらえないんだ』と思うからです」
「まぁ、そうだろうなぁ」
「さらに長期間の作業だと、各チームの差はどんどん開いていきます。B・Cチームは賞金ももらえないため、やる気もなくダラダラと作業が伸びる。これでは全く効率が良くありませんね」
「で、では『一週間ごとの進捗』で区切って賞金を出してはどうかね? それならば、毎回違うチームが賞金をもらえるかもしれないぞ。『先週は負けたが今週こそは俺たちが!』と頑張るだろう」
「各チームの実力が伯仲している場合はそうでしょう。しかし多くの場合は、『毎回勝つ』チームが固定化されてきます。先の例でいけばAが優秀なチームなので、毎週Aが勝つ。そうなれば、B・Cチームはやはりいずれ働かなくなります」
「Aの皆さんがB・Cに『速いやり方』を教えてくださればよいのに……」
シルヴィがぼんやりと考えを口に出す。
鋭い。
「正解です。シルヴィア姫。」
「えっ!」
俺の返事に、彼女はきょとんとした表情でこちらを見る。
「ようはAのメンバーに『速いやり方』を、B・Cのメンバーに教えさせればいいんです」
「ど、どうやって?」
「まず先ほどの、『一週間ごとに賞金を出す』という案を採用します」
「だが、それだと毎週Aが勝ち続けてしまうのだろう?」
カスティーリョ伯が俺に尋ねる。
「ハイ。なので、一週間が経過したら、『チーム分けをリセット』します。まぁ、メンバー入れ替えとでも言いましょうか」
「あっ!?」
一同が驚いた表情をする。
「つまり新しいチームには『元Aのメンバー』がいるわけです。この状態で、また一週間よーいドンで競争を開始する。どうなると思います?」
「前回優勝者のAのメンバーは、今回も勝つために新チームのメンバーにどうやったら速く作業できるか教えます」
シルヴィが興奮気味に答える。
「その通りです。そしてまた一週間たったらチームをリセット。これを繰り返します」
「な、なるほど……」
モントロス子爵が呟く。
「いいアイデアだとは思うが、それだけでうまくいくだろうか?」
ブレンハイム子爵が不安を口にする。職人ギルドに知識が深いため、彼らの「頑固な職人気質」を知っているのだろう。本当にちゃんと教えあうか、まだ不安要素があると考えているようだ。
「えぇ、なのでダメ押しでもう一工夫しておきます」
俺がその不安に答えるように回答する。
「賞金の出し方を二パターンにするのです。一つは先ほどからあるように、『一週間で最も作業が進んだチームに』そしてもう一つは、『一週間の全体の作業進捗に』です」
「どういうことですかな?」
ウォーレン伯が興味深そうに聞いてくる。
「ハイ、つまり『一週間で城壁補修〇キロメートルを達成できたら賞金を出す』など、全体の目標も別で設定しておくのです。これは達成できれば全チームに均等に報酬を支給します」
「おぉ、そうすれば、もし『教えないチーム』が一つだけあってそこの作業が遅れても、他の速いチームが『全体目標』を達成するために自発的に行動し、それをカバーすることができるという訳ですな」
「そうです。そして一週間でチームをリセットするので、『ほかのチームがやってくれるからいいや』とサボる固定チームが発生することも防げます」
「さ、流石です」
「今回もすげぇアイデアだ」
「うむ、よさそうですな」
皆に反対がないことを見て取ったウォーレン伯が合図を出す。
「それでは、資金面についてはアレク殿の提案通りということで、ブレンハイム子爵?」
「心得ております。職人ギルドへの声掛けはお任せください」
ブレンハイム子爵が引き受ける。このタイミングで彼が王女派へ加入してくれたのはかなり大きい。
「警護には私兵隊の面々を貸し出します」
俺が提案する。
国境付近で大規模な部隊を展開すれば、ダルタ人勢力圏から警戒される恐れがある。今回は俺・ルナ・ナユタ・ダイルンなどといった少数精鋭メンバーで護衛を行おう。
「それではこれで行きましょう。解散!」
―― 約二週間後。
「違う違う、そうじゃねえよ。先にこっちをだなぁ……」
「今週の目標は一週間で〇キロ、そうすると一日当たりこれぐらい進めないといけないから……」
「明日は天気悪いようだ。今日はちょっと多めに作業して、明日はゆっくり休むぞ」
南部の国境付近で、職人たちの活気のあるやり取りが聞こえてくる。
作業は順調そのものだ。
「いやぁ、アレク殿。流石ですなぁ。御見それしました」
視察に訪れたブレンハイム子爵が目を丸くする。
「いや、ブレンハイム子爵が腕のいい職人をよこしてくれたおかげですよ」
俺は彼に答える。
「ナユタたちが偵察から戻ってきました。周囲に敵の気配はありません」
ルナが俺に報告する。
この分なら、当初予定より更に速く完成するかもしれない。
そしたらまぁ、職人たちに酒でもおごるか。
こうして、難工事が予想された「キュレンダールの長城」の補修はわずか一か月で終了した。これで南方から異民族たちが攻め寄せてくる心配は当分なくなるだろう。
「王女派」がこれを見事にやってのけたことで、「大貴族派」はさらに苦しい立場に立たされるはずだ。
だが……。
それにより追い詰められた大貴族派が徐々に強硬手段に訴えてくる危険性が高まってくる。
まだまだ先の話だろうが、そろそろ「大貴族派との戦争」を意識して軍隊を強化していく必要があるな。
俺はエルトリア城のバルコニーから空を眺めながら、そんなことを考えていた。
To be continued