第14話 魔王様、長城を補修する①
今日は7月22日。
ある意味すっかりとお馴染みとなった「王女派」の面々が会議室にて、とある議題について検討している。
今回は新規加入者が2名ほどいる。
一人はカスティーリョ伯爵。
大貴族派であったが王女派への忠誠を公に表明し、ベルマンテ公・ヘクソン侯と完全にたもとを分けた。
国内において、商業ギルドに影響力を持ち、一癖も二癖もある大商人たちと渡り合うことが出来る人物だ。
続いてブレンハイム子爵。
彼はいままで中立派であったが、やはり先の戦勝を経て、正式に王女派への加入を決めた。
彼の場合は、大工や土木工事などを請け負う職人たちの組合である「職人ギルド」に顔が利く。
他にも秘密裏に王女派に接触してきている貴族は複数存在するが、大貴族派のスパイである可能性も残っている為、今回は身元が信頼できるもののみ、王女派の会議への参加が許されたというわけだ。
「南方、『キュレンダールの長城』の補修ですか。また難しい仕事を押し付けられましたな……」
モントロス子爵が頭をかく。
「キュレンダールの長城」
中央六国とダルタ人勢力圏の国境沿いに数千キロに渡り築かれた城壁のことだ。
六国のうち、南方に国境線を有するケルン公国、エルトリア王国、アルドニア王国の3国にまたがるこの巨大な防御壁のおかげで、これまで南方異民族は中央六国に積極的に侵攻してくることはなかった。
(騎兵隊を主力とする南方異民族たちにとって長城を超えるというのは、「結構面倒だから」という程度の理由だ。ダルタ人本隊が本気を出せばこんなものは板切れのごとく軽々と突破されてしまうが……)
それでも、城壁があることによってわざわざ面倒な中央六国に侵攻するのをためらい、それが存在しないメアリ教国やバルナシア帝国に「狙いがそれる」効果があったのは大きい。
ところが前回のムンドゥール軍侵攻の際、どうやら城壁の一部が破壊されてしまったらしい。
当面、南方異民族の侵攻はないと予想されるが、破壊された城壁をそのまま放置しておくのはあまりにも危険すぎる。
流石の大貴族派もそこまでバカではないので、城壁補修の予算については比較的すんなりと下りた。
ところが彼らは、「宰相アレクが現場の指揮監督を行うように」とわざわざ嫌がらせの条件を付けてきたのだ。
中央六国の人間たちにとって、「恐怖」以外の何物でもない南方異民族たちの目と鼻の先で何か月も城壁補修の土木工事など誰もやりたくないだろう。
もしかしたら敵の斥候隊が偶然押し寄せ、作業員や現場監督を皆殺しにしてしまうこともあるかもしれない。
目障りな宰相がそれに巻き込まれてくれれば大成功だ。
……こんなところだろう。大貴族たちの考えそうなことだ。
という訳で、これに対抗する策を協議するため、急遽王女派の会合が招集されたといった次第だ。
「全く、大貴族派たちの露骨な嫌がらせが日に日にエスカレートしておる。本当に大人げない連中じゃ」
ウォーレン伯が吐き捨てるように言う。
「私は職人ギルドには顔が利きますが、正直誰もやりたがらない仕事だと思いますよ。『よほどの金額』でもない限りはね」
新規加入組のブレンハイム子爵が言う。
へクソン侯が予算をケチっているので、国庫からは必要最低限の金額しか用立てることができない。
とても職人たちを満足させられるような金額は出せないだろう。
「ではムンドゥール軍の捕虜を労働させるか? 確か200人ほど捕らえた敵兵がいるだろう? 連中を働かせれば、修繕費も安くて済む」
これまた新規加入組のカスティーリョ伯爵がズバッという。
まぁ、「やるかやらないか」は別としてこういう意見を言える人物が議論に加わることは意義がある。
例えば、軍略において「焦土作戦」というものがある。
敵に侵攻されそうな地域の村や畑を自ら焼き尽くしておいて、侵略してきた敵軍の補給を困難にするという作戦だ。
「やるかやらないか」は別として、「非人道的な作戦だから絶対にやってはいけない」と頭から決めつけてしまえば、それだけ自分から視野を狭める結果になる。
それも選択肢の一つとして十分に吟味・検討した結果、「やはりできない」と結論付けるプロセスが大事だ。(後々、「やはりあの時焦土作戦を実行していればよかったではないか!」と言われないためにね)
さて、今回の提案はどうだろうか?
「まじめに働かないで逃げちまうんじゃねぇか?」
アルマンド男爵が思ったことをそのまま口にする。だが、彼の懸念はもっともだ。
「だが捕虜には奴隷歩兵も多い。逃げたところで彼らに行く当てはないだろう? まじめに働いたら、エルトリア王国の『市民権』を与えるというのはどうだ?」
ありかもしれないが、これにも問題がある。
奴隷歩兵は、攫われたり売られたり捕虜となった人々で構成されている。南方異民族同士の抗争で発生する場合もあるが、中には中央六国の人間や「神聖メアリ教国」の人間も含まれている。
中央六国同士は小規模な戦争をすることがあるが、「宗主国」であるメアリ教国には六国すべてが「絶対の忠誠」を誓っている。
そのメアリ教国が、「教国人を保護した場合、温かい食事と丈夫な衣服を与え、万全の態勢で護衛し教国まで送り届けなければならない」
というお触れを六国すべての国に出しているのだ。
そんな状況で、万が一メアリ教国の人間を強制労働させ、後々「エルトリア王国で捕虜として虐待された」などという話になれば、これはこれで非常にまずいことになる。
という訳で、捕虜となった奴隷歩兵の扱いは丁重に行わなければならない。(ナユタのような極めて特殊なケースは除く)
だがこれを利用して「自分はメアリ教国人だ」と嘘をつくものも多い。
なので、捕虜の身元は慎重に特定しなければならず、現在ムンドゥール軍の捕虜については、その「特定作業」の真っ最中である。
そう言ったわけで、四大勢力の一角、宗主国「神聖メアリ教国」もダルタ人勢力圏とは全く別の意味で「非常に厄介な存在」なのだ。
「となると、捕虜を労働させるのは難しいか……」
カスティーリョ伯爵がため息をつく。
「そうすると、やはり国内で職人を雇う必要があるわけだが、資金をどうするかだ」
背に腹は代えられないか。
俺は手を挙げて意見を述べる。
「その件に関しては、ムンドゥール軍撃破の報償として頂いた『宝物と金貨』がありますので、私が用立てておきましょう」
私兵隊に報奨金として分配した残りだ。本当は積み立てておいて、今後の軍備増強用に使うつもりだったが仕方ない。
「金の工面はついたな。それで工期はどれぐらいかかりそうかね?」
「報告によればかなり大規模に破壊されてしまったようですね。3か月はかかるかと」
ブレンハイム子爵が述べる。
3か月……。
貴族たちが呻く。
今は7月下旬。3か月というと、秋の収穫期までに城壁が補修できないということになる。そんなことになれば、それこそ秋の収穫を終えて「宝の山」となっているエルトリア王国に今度こそ大規模侵攻を許す恐れがある。
「何とか早く修理する方法はないのでしょうか?」
シルヴィが困ったように呟く。
よし! こんな時こそ宰相の出番だ!
「わかりました。では私が、『キュレンダールの長城』をわずか一か月で見事に修繕して見せましょう」
「何だって!?」